9. カレーはふたをして煮込んだほうがうまくなるのか? 問題

カレーの煮込みは、まるで蜃気楼のようにどこまで追いかけても正解が見つかりません。特に肉のカレーを煮込むときにふたをするかしないのか、という疑問とは、もう長いこと向き合っています。ただ、自分の中で一応の結論は出ています。基本的に僕は、カレーを煮込むときに鍋のふたはしません。経験上、そのほうがおいしくなると思っているから。厳密に言えばケースバイケース、というつまらない回答になってしまう。

過去の著書でもふたをする、しないに関して、バラバラのレシピを提案してきました。たとえば、「カレーの教科書」では、ふたはしない。でも「スパイスカレー事典」ではふたをする。「AIR SPICE」のレシピでもふたはするように進めています。でもそれは、レシピの難易度に関係しています。本当はふたをしないほうがおいしいけれど、蒸気が逃げていくから鍋中の水分量をコントロールするのが難しい。「適宜、水を足しましょう」となるとどのくらい減ったらどのくらい足せばいいのかを説明しきれない。ふたをすれば蒸気が逃げない分だけたくさんの人が作った時に仕上がりの量がぶれにくいんですね。

とはいえ、「中火で30分煮込む」としたら、中火の感覚が人によって違います。違う火力で30分も煮込んだら、仕上がりにはかなりの差がつきます。本当に悩ましい。火力でいえば、僕は、基本的に煮込むときは弱火に限る、と思っています。よく料理教室でも「強火で炒め、弱火で煮込む」とか「強気で炒め、弱気で煮込む」とか言っています。ふたを開けた状態で、ソースの表面が“グラグラ”でも“ボコボコ”でも“ポコポコ”でもなく、控えめに“フツフツ”とか“コトコト”とか“ユラユラ”する程度がいい。

一度、家庭のコンロで最も弱い火にしてふたをして煮込んでみてください。5分くらいたったあたりでふたを開け、その瞬間のソースの表面をチェックしてみましょう。ふたをする前はフツフツしてたはずなのにポコポコとなっているのを発見できるはず。ふたをすると鍋中の温度が上がってしまうんですね。感覚値として、フツフツなら温度は80度未満、ポコポコは90度以上。

肉質だけのことを考えたら流行りの「低温調理」がいいかもしれませんが、カレーでそれをやるのは難しい。理論上は、(肉の部位にもよりますが)コラーゲンのゼラチン化、タンパク質の変化などを考慮すると70度台をキープして煮込むとおいしくなるはずです。だからふたはしないほうがいい。急いでいたら早く火が入るからふたをしちゃいますけどね……。

ふたを開けると雑味がこもらないというメリットもありますが、逆にカレーの煮込みの場合、ふたを開けて煮込むとスパイスの香りが逃げていきやすい、というデメリットもあります。知り合いのインド料理シェフは、「マトンカレーのときだけふたをする」と言ってました。香りが飛ばないように、とのことでした。確かにそれもある。あー、難解だ。でも、ふたは開けたほうがいいわけだから、逃げていく香りの量を踏まえてスパイスを使う、もしくは仕上げにスパイスを足すなどするのがオススメです。

ともかく、煮込みについて自信を持って言えることは、「煮込めば時間が解決してくれるんだ」ということだけです(笑)。目の前に置かれた鍋中のカレーを煮込むとき、火加減と時間とふたをするしないの設定を決めてしまえば、後は何もすることはありません。煮込みの間は静かな湖畔に佇むように、ただ完成を待つのみ。だからこそ、いつか初期設定の完全な正解を見つけたいですね。

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