スパイスカレーはルウカレーよりもおいしいのか? 問題

2010年、僕が「かんたん本格! スパイスカレー」というレシピ本を出版した時、世の中に“スパイスカレー”という言葉は存在しませんでした。当時、編集者と一緒にこのタイトルで本を出して大丈夫なのかという議論をさんざんしたのを覚えています。誰も使っていないし、意味が伝わらないかもしれない。カレーはスパイスでできているんだから、そもそも表現としておかしいんじゃないか。「頭痛が痛い」みたいなことになってるんじゃないか。
僕は当時、カレールウで作るカレーのことを“ルウカレー”と呼んでいたから、それに対してルウを使わず、スパイスだけで作るカレーを“スパイスカレー”と呼んでもいいんじゃないか、と思ったんです。著者の造語をタイトルにするのは勇気が必要です。そもそもあの当時は、スパイスで作るカレーのレシピ本自体、「売れるはずがない」という認識があったから、そんなチャレンジングな提案を持ちかけてくれる出版社は、ほかには一社もありませんでした。結果、あの本は予想以上の売れ行きを見せ、翌年以降、書店には毎年のようにスパイスカレーの類書が並ぶこととなりました。
スパイスカレーの魅力は、なんといっても香りにあります。スパイスの香りで素材の味わいが引き立つおいしさ。このおいしさは、従来のルウカレーとはちょっと違う。ルウカレーのおいしさはコクとうま味に集約されます。人が何かを食べた時に感じる抗えないおいしさが、ルウの中に身をひそめている。対してスパイスカレーのおいしさはちょっとストイック。スパイスカレー(スパイスで作るカレー)のテクニックのベースはインド料理です。とはいえ、たっぷりの油と塩でがっつりおいしさを担保しているインド料理よりもヘルシーなレシピが多いから、そのおいしさはますますわかりにくい。それでも、そんなスパイスカレーのファンが確実に増えています。
僕が始めたAIR SPICEというレシピ付きスパイス頒布サービスのユーザーからは、毎月さまざまなレビューやコメント、お便りをいただきます。「一回で天才になった」とか「魔法にかかったようだ」とか、何度も反芻したくなる嬉しい言葉が多い。“香りで引き立つ素材の味わいの魅力”は確実に届いています。でも一方で、一度だけ「味がしませんでした」という人がいました。同じスパイスセットでカレーを作り、魔法にかかった人と味がしない人の差が出る。わからないでもないけれど、不思議な現象です。
要するにルウカレーとスパイスカレーはおいしさのベクトルが違うんですね。コクとうま味を重視するか、香りと素材の味を重視するか。どっちを取りますか? という二者択一ではありません。これらは共存もできます。スパイスカレーをベースにしてコクやうま味を加えていく手法を採用すればいいんです。ストイックなおいしさのカレーにわかりやすいおいしさを加えて行けばいい。カレーをおいしくするのは簡単です。手法は無尽蔵にある。ただ、コクやうま味にも様々な要素があります。最も野蛮な方法は、スパイスカレーを作って仕上げにカレールウを隠し味に入れるパターン。おそらく、スパイスへの入り口はこれが一番広い。
最近、僕が料理教室やトークイベント、カレーの学校の授業なんかで話すことがあります。最もシンプルなスパイスカレーのレシピを紹介し、そこに何をどう加えればコクやうま味が増強されていくかを解説するんです。ただ、この場合に大事なことは、作る人、食べる人が自分のおいしいがどこにあるのかを認識することです。それがないとこの話は有効活用できない。究極的には医師が診断書を出すように、1人ひとりと僕が話をし、カレーのどこにおいしさを求めているかを探し出し、その人に最適なスパイスカレーのレシピを提案できるようになることが理想形です。
そう、来年は、問診票のようなスパイスカレーのレシピ本を出したいなぁと思っています。それができれば、すべての人が自分のおいしいを発見できる。「おいしいカレーを作るために自分を知ることが大事だ」なんて、ずいぶん、インチキ臭い話に聴こえますが、それが事実なんですね。
今夜放送のNHK-Eテレの番組「趣味どきっ!」では、「香りが決め手!極上スパイスカレー」と題して、スパイスで作る簡単でおいしいカレーのレシピを紹介します。NHKで「スパイスカレー」というキーワードが登場すること自体に感慨を覚えます。2010年の不安だった自分に教えてあげたいです。
★毎月届く本格カレーのレシピ付きスパイスセット、AIR SPICEはこちらから。http://www.airspice.jp/

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水野仁輔

カレー

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