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72. 五種類のカレーをひと鍋で煮込んでもいいのか? 問題

タイトルのつけ方を間違えたような気がする。もともとは、「五種類のカレーをひと鍋で煮込んだらどうなるのか? 問題」だった。「煮込んでもいいのか?」と聞かれても、ねえ。「は? 煮込めば!?」ってことですよねぇ。こんなことを書いているということは、五種類のカレーをひと鍋で煮込んでみた、ということである。

発端は、ふとしたことだった。街の中華屋さんで“五目焼きそば”というメニューを目にしたとき、そういえば……と考えたのだ。カレーの世界にはなぜ“五目カレー”というものがないんだろうか、と。五目の定義は知らないが、五品目みたいなことから来てるんだろうか。肉、野菜、魚介類が具として混在しているものを指す言葉だと理解している。

だったら、豚肉とエビとにんじんが三つ巴となったカレーがあってもいいじゃないか。鶏肉とイカとなすが混然一体となったカレーがあってもいいじゃないか。それぞれの具からだしやエキス、風味が生まれて混ざるのだからうまいに違いない。現に五目中華飯も五目炒飯もそうやって成立しているのである。中華屋さんで僕は考え込んでしまった。

考えてばかりいても始まらない。僕は、早速、五目カレーにチャレンジしてみることにした。ちょうど冷凍庫には、AIR SPICEの新作レシピ開発のために試作した20種類以上のカレーがストックしてある。それぞれ湯煎して温め、ひとつの鍋に次々と加えていった。ちゃんとメモしなかったから記憶があいまいだが、以下の5つのカレーだったはず。

ビーフブーナカレー、きのこキーマカレー、ミックスビーンズカレー、ケララフィッシュカレー、エビとトマトのカレー。今思えば野菜カレーが足りなかった気がするが、ま、それぞれのカレーに野菜は使われているからよしとしよう。AIR SPICEでは12カ月のメニューはカレーソースの色が12種類になるようにレシピ設計しているから、色とりどりのカレーが鍋中で次々と混ざっていく光景は、それはまあ、なかなかのインパクトだった。

全体が混ざり合い、ソースがひとつの色に溶けあったところで、食べてみる。うまい。ちょっとだけフィッシュカレーの魚の風味が気になったが、それ以外はまるで文句のないおいしいカレーだった。なるほど、五目カレーは、成立することがわかったのだ。しかし、この実験には決定的な落ち度がある。

“五目〇〇”という料理は、そもそも、海のものも山のものも含めて五品目の具を使い、ひとつの料理として作り上げたものである。僕がやったのは、5種類の出来上がったカレーをひとつに混ぜ合わせている。アプローチが間違っているのだ。ただ、感覚としては、前者のほうがやりやすい。ケララフィッシュカレーの具に牛肉と豆ときのこを入れるほうが味はまとまりやすい気がするからだ。

銀座の老舗インド料理店「ナイルレストラン」の名物メニュー、“ムルギランチ”は、複数種類のカレーや惣菜を全面的に混ぜてから食べることが推奨されている。インド料理のターリーやミールスだって同じだ。だから、複数種類のカレーを混ぜたらおいしくなることは証明されているのだ。ただし、混ぜることを前提で個別のカレーが調理されている点は、僕の実験と違う。

僕は、自分の試作したカレーを混ぜ合わせているとき、一抹の寂しさが脳裏をかすめた。いけないことをしているような罪悪感が顔をのぞかせたのである。だって、個別のカレーをおいしくしあげるためにああでもないこうでもないと試作をしてきたのだ。そこには自分なりの計算がある。それらを混ぜるなんて行為は、侮辱と言えなくもない。僕は自分で自分を辱めたのである。「2種類のルウを混ぜるとうまくなる」と言われたメーカーの商品開発者の気持ちはこんなだろうか。

もともとうまいものは、混ぜてもやはりうまいのだ。そういえば、スパイス番長のバラッツはインドで過ごした高校時代、学食のカレーがまずすぎて、とにかくあれこれと混ぜて食べていたそうだ。「混ぜたら少しは食べられる味になった」と言ってたっけ。もともとまずいのも、混ぜたらまずくなくなってしまう。混ぜるとは全く不思議な行為である。

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