水戻し

119.ホールスパイスを水で戻すと香りは強まるのか? 問題

乾燥シイタケは、水で戻すと風味がぐんとアップする。それはもう、生のシイタケを直接使うよりも明らかに強い香りや味に出会えるのだ。ドライトマトだってだし昆布だってそうだ。農作物の中には、生を乾燥させて脱水し、もう一度、水を含ませて元に戻すと美味しくなるものが多い。
スパイスだって、農作物だよな、と思ったわけである。しかも、カレーに使ういわゆるホールスパイスは、乾燥させたものだよな、とも。水で戻したほうがいいんじゃないだろうか。“人は悲しみが多いほど人には優しくできるのだから”という、海援隊の「贈る言葉」みたいな現象が、ホールスパイスでも起きたら面白い。見た目は変わっていないのに「あのスパイス、一度乾燥させてつらい思いをさせてから水で戻したら、パワーアップしたよね」みたいな。

ウェットマサラといってパウダースパイスを水で溶いておく手法があるけれど、それはどちらかといえば、温度が上がった鍋中に粉状のスパイスを投入しても香りがたつまで一定時間、焦がさずに加熱するために(鍋中の温度コントロールのために)水が活躍しているパターンだ。でも、ホールスパイスを水で戻すのは、ちょっと目的が違うように思う。
ホールスパイスは油で炒めるのが定跡、というイメージがあるから、何の疑問もなく炒めてきたけれど、やってみようと思ったのだ。ちょうど、週末にCURRY & MUSIC JAPANというフェスのバックヤードでアーティスト向けにカレーを作る機会があった。100人分のチキンカレーとキーマカレーを仕込むときに実践してみた。
チキンカレーに使うホールスパイスは、「グリーンカルダモン、クローブ、シナモン」の3種。キーマカレーに使うホールスパイスは、「ブラウンマスタードシード、クミンシード、フェヌグリークシード」の3種。シード系とそれ以外で2グループに分けて、それぞれどのくらい香りに影響するのかをやってみる。仮に実験失敗に終わったとしても、それなりに香りが出るようにあえて多めにスパイスは準備した。

チキン用……グリーンカルダモン 50g、クローブ 30g、シナモン 20g →合計100g
キーマ用……ブラウンマスタードシード 50g、クミンシード 30g、フェヌグリークシード 20g →合計100g

それぞれ、400mlの水に2時間30分ほど浸す。ざるにあげてスパイスの重さを量ってみると、どちらもぴったり倍の200gになっていた。カルダモンやクローブは明らかにぷくっとふくらんでいるが、シード系スパイスたちはそれほど見た目には変わらない。水で戻すことによって香りが出やすくなるのだとしたら、油で炒める必要はない。ただ、多くのエッセンシャルオイルは油に定着する性質を持つので、スパイスたちが投入されたときに鍋中に油が存在している必要がある。
玉ねぎを蒸し煮してから脱水し、油を加えて焼きつけていった後にホールスパイスを加えた。結果、チキンカレーの方は、スパイスの香りが十分すぎるほど出て「ちょっとカルダモンが強くなりすぎたな」と途中で取り除くことも考えたほどだったが、キーマカレーは、「まあこんなものか」という程度になった。

実験結果だけを言えば、シード系はそれほど効果はなさそうだが、それ以外のスパイスは、水で戻すと香りが強く出やすいかもしれない、という印象を持った。たとえばカルダモンを油で炒めるのは、(昔、僕が説明していたように)「油に香りを移すため」ではないと思っている。「油で香りが出やすい状況を作るため」だと思う。加熱して炒めることで、カルダモンが膨らみ亀裂が入り、中の種まで水分や油分が浸透しやすい状況を作る。そのことによって香りが出やすくなる。
要するに香りを出すために油で炒めるのではなく、香りを出しやすくするために炒めているのである。今回、水で戻したカルダモンは、ふにゃふにゃに柔らかくなっているから香りの出やすい状況は整っている。あとは、加熱した時に油と融合するタイミングで鍋に加えれば、必ずしも油で炒める必要はないのだと感じた。

シード系スパイスにも同じ考え方が当てはまるはずだが、それほど効果がない感じがしたのは、おそらくシード系スパイスの場合、油で炒めることでスパイス本来の香りとは別の香味を強める狙いもあるから、その香味部分が足りていない印象を持ったからかもしれない。
まあ、香りを出しやすくするだけなら、炒めても水に浸してもどっちでもいいということかもしれない。最終的にはホールスパイスは鍋の中で水分&油分によって一定時間、加熱されるのだから。
本当は水で戻すことによってスパイス本来の香りが増幅するかどうかについて知りたかったが、これは香りの計測器(そんなものあるのか?)でも使って、エッセンシャルオイルの含有量が増えるかどうかなどを調べないとわからない。誰か調べてくれないかなぁ、スパイスの「贈る言葉」を。

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