日本橋“蔦カレー”にはなぜ常習性があったのか? 問題

まぼろしの名店のカレーを再現したい、と思うカレーファンは、意外と多いと思います。野球選手のバッティングフォームを真似したり、ミュージシャンの声色や歌い方を真似したくなるのと同じで、好きだから近づきたいんですね。カレー店の場合、「あの店のカレー、なんであんなにうまかったんだろう?」と考えたときにその理由を明確にするのは結構大変です。

かつて、日本橋に蔦の絡まるカレーの店がありました。印度風カリーライスと控えめに看板が出ていて、みんなは“蔦カレー”と呼んでいました。シャバシャバの黄色いカレーソースに豚肉、にんじん、じゃがいも、たまねぎがゴロゴロしている何の変哲もないカレー。これに毎日、おびただしい数のサラリーマンが行列していました。カレー店のシェフにもコアなファンがいるほど。何十年も続いた老舗ですが、いまは閉店してしまっています。

ある別の老舗カレー店の社長と「蔦カレーの味の秘密はなんだったのか」と議論したことがあります。結論は、「化学調味料だね」ということになりました。正解はもちろん知りません。そして、その社長も僕も化学調味料を毛嫌いするような感覚は持っていません。僕は自分でカレーを作るときに使うことはありませんが、カップヌードルとか大好きですし、強硬な否定派ではない。化学調味料と言っても“白い粉”を直接入れているかどうかはわかりません。ブイヨンの素や調味塩など、間接的にあの味が入るアイテムは世の中にたくさんあります。要するにそれくらいしか、蔦カレーの常習性を説明できなかったんですね。

何度も何度も蔦カレーの再現に挑戦しているメンバーがいます。最近、彼らに作り方を教えてもらう機会がありました。鍋に湯を沸かしてたまねぎ、にんじん、じゃがいもをぶち込んで煮る。豚肉はフライパンでちょっと炒めて鍋へ。そのあと、ガーリックパウダー、カレー粉、ターメリック、チキンブイヨンの素、調味塩、しょう油、ソースを次々と加えます。味をみながら、白い粉をぱらり。1人前1振りだそうです(笑)。ものの20分で完成しました。ルールやセオリー無視のレシピなのに食べてみると、まさにあのときの味。しみじみ懐かしく、うまい。衝撃的な体験でした。

おいしいカレーってなんだろう? 僕はよくわからなくなりました。

蔦カレーの思い出を聞いていると、味について詳細に語る人はあまりいません。「食べたらすぐに出ていかなきゃいけない雰囲気なんだよ」とか、「コーヒーがメニューにあるけど怖くて頼めないよね」とか、「盛りつけが雑だからお皿のふちがカレーでビシャビシャなの」とか、客観的には決して肯定的な意見として聞けないようなものが多かったりします。でも、最後にみんな「好きだったなぁ」と言う。

そういえば僕の友達に「ズクナシ」というバンドのspicy maricoさんというベーシストがいます。彼女はその名の通りカレー好き。全国各地をツアーで回るのですが、行く先々でカレー店に入ると思い出したように僕にレポートメールを送ってくれます。その内容がとにかく魅力的なんです。つい最近も、豊橋で入った店のカレーの写真と一緒にレポートがありました。

「お店のお母さんはミュージシャンが好きみたいで一緒に写真を撮り、お土産にブラックサンダーをたくさんくれました。最後は雪の中、見送ってくれました」

……と、こんな感じ。どんな材料でどんな技術でどんな料理をベースにした、などのウンチクはない。それがいいんですよね。メールの文面には書いていないけれど、最後に「好きだったなぁ」がにじみ出ています。それで僕も「食べてみたいなぁ」となる。

理由の分からないことをどう受け止めるのかにその人らしさが問われるのかもしれません。今週末、1月22日の“カレーの日”に蔦カレーを再現するトークイベントを開催します。さて、僕は、あのカレーをどう解釈してどのスタンスで再現カレーをつくるべきか。今週はずっと悩み続けることになりそうです。

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水野仁輔

スパイスを通じて刺激的な体験をお届けする「AIR SPICE」代表。カレーにまつわる大小さまざまな問題についてウジウジと実験したり考察したりします。 http://www.airspice.jp/

カレー

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