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35. 油を使わなくてもカレーはおいしくなるのか? 問題

カレーを作るときに最も大切な道具はなにか? 鍋? ま、鍋がなきゃできません。次はなんでしょう? 木べら? 木べらはなくても片手鍋を左手に持ってふればカレーは作れます。それよりも大切な道具は、油です。“キベラ”よりも“アブラ”。油はスパイスの香りを引き立てたり、食材に適正な加熱を促したりするのに欠かせません。ただ、脂肪分がそこそこあるカレーを作った時、完成時に鍋の表面にキッチリ浮く油脂分の量を見て、「こんなに油が必要なんだろうか」と考えるシェフは、少なからずいます。特に想像を絶する量の油を使うインド料理なんかは特にそう。

インド料理では、マトンカレーで完成後に浮いた油脂分をローガンと言います。そのまま器に盛るケースもありますが、あまりの量なので、すくって捨てるか、別に取っておいて、飾り油のように盛りつけに使うか、別の料理に使うかなどする。取っておいて別に使う、というのは、明らかに酸化しますからちょっとためらいが生まれます。かと言って、すくって捨てるなら、最初から使う油の量を減らせばいい、という気がしてしまう。でも、そんな単純な話でもないんですね。

インド料理は油を道具として合理的に使う感覚があるのだと思います。スターターの油の量はたっぷりないとイメージ通りににんにく、しょうが、玉ねぎに火が入らない。だから息をのむような量をしっかり使う。でも煮込み終わって食べる時に油が不要になる。だから捨てる。合理的。でも、細かいところがやっぱり気になります。たとえば、捨てる油脂分にうま味が含まれているじゃないか、とか。こういうことを突き詰めたくなるのは、日本人ならではの性格なのかもしれません。シェフたちと話していると、たいていこの手のことで延々と議論が続きます。

そもそも、油という道具を使わないとおいしいカレーはできないんでしょうか? 僕がやっている「カレーの学校」の懇親会でビーフカレーを作ることになりました。アウェイ感が少ないこの場で生徒さんたちに甘えてトライアルしてみることに。油を一切使わずにカレーを作る。まず、玉ねぎや香味野菜の加熱は、「玉ねぎを炒めなくてもおいしいカレーができる」トライアルが過去にあるため、問題なくベースができます。肉はワインでマリネしてリソレすると、脂肪分がにじみ出る。ここにパウダースパイスを絡め合わせて、ベースと一緒に煮込む。なかなかうまく進みました。

そろそろ仕上げかな、という時点で、味見。ん!? いまいち、おいしくない。あ、いや、まあまあおいしいのですが、僕がイメージしている味にはなっていません。実験結果だから、とこのまま出そうと思ったら出せる出来ではありましたが、やっぱり、もっとおいしくしたい。最終的に別のフライパンで油を熱し、ホールスパイスを数種類炒めて、煮込み鍋にジャーッとやりました。テンパリングというやつです。あのときの敗北感たるや。実験は失敗です。おいしいカレーには適度な油が必要なんです。

その油は“加熱の道具”としての存在もさることながら、ダイレクトに“うまみの素”としての存在が大きいんですね。油を使ったカレーはうまい。油はすごい。油は偉大だ。なくてもカレーはおいしくなるんじゃないかと思った僕が間違ってました。油に謝ります。

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