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84. スパイスの風味は多層構造にすると深まるのか? 問題

スパイスカレーのゴールデンルールを解説するときにずっと「いまいちしっくりこないなぁ」と思っていたことがある。それは、構造の比喩表現だ。
スパイスカレーでは、ひとつの鍋に「香り」と「味」を交互に加えていく。そうすることで風味が重層的になり、結果的にカレーがおいしくできあがるという構造になっている。具体的に言えば、「1.はじめの香り(香り)」→「2.ベースの風味(味)」→「3.うま味(味)」→「4.中心の香り(香り)」→「5.水分(味)」→「6.具(味)」→「7.仕上げの香り(香り)」となる。

だから、「香り・味・味・香り・味・味・香り」といった具合に。このときに僕はこう付け加えるのだ。「サンドイッチみたいに」。言いながら自分で自分に突っ込む。サンドイッチはちょっと違うよな。
サンドイッチというのはイメージ的にパンとパンの間に卵とかハムとか単一の素材が入っている印象だからだ。「A・B・A」という構造だから、スパイスカレーとはちょっと違う。仮にハムときゅうりが挟んであったとしたら、「A・B・C・A」になるけれど、それでもちょっと足りない。もう少し重層的になっているイメージだから、説明しきれている気がしないのだ。

腑に落ちないことに気がついているから、たまに違うものでたとえてみたりもする。「ミルフィーユみたいに」。言いながらこちらの場合も自分で自分に突っ込む。ミルフィーユもちょっと違うんだよな。
ミルフィーユというのは重層的ではあるけれど、繰り返し重ねていくものが単調な印象があるからだ。「A・B・A・B・A・B・A・B・A……」とずっと続くけれど、スパイスカレーの場合は、素材としてもう少し別のものが重なっていく。「A=香り」、「B=味」とすれば、「A・B・A・B・A」だから、サンドイッチよりはミルフィーユのほうがマシか。でもなぁ。

そんな僕の悩みに一筋の光を差し込んでくれたものがある。ハンバーガーだ。つい最近、フレッシュネスバーガーでスパイスカリーチキンバーガーという商品を開発させてもらった。試作の段階で最も意外だったのは、カレーソースをハンバーガーに合わせると、カレーが負けるという事実だった。
カレーが負けるはずがない、と僕は思っていたから、カレーソースを挟んで初めてハンバーガーを試食した時、「あれ? カレーのフレーバーはどこへ行った!?」というほどハンバーガー自体の味が強いことに衝撃を受けた。これじゃあ、カレーバーガーとしては物足りない。

あれこれと考えた結果、たどりついたのは、スパイスを重層的に香らせるために、3段階にわけて活用することだった。メインのカレーソースにはAIR SPICEの基本のチキンカレーをベースにしたスパイスを、サブのヨーグルトソースにはガラムマサラをベースにしたスパイスを使った。そして、チキンを揚げるときの衣にアジョワンシードをまぶしたのだ。
結果、あのスパイスカリーチキンバーガーは、食べると3層から別々の香りが漂う設計となった。それもこれもバーガーの味とスパイスの香りのバランスを取るための工夫だったのだ。あのバーガーに使用したスパイスを全量使ってカレーソースを作るよりも3か所に散らしたほうがスパイスの香りを強く感じる。スパイスの香りはあえて混ぜずに別々の場所に忍ばせたほうが風味に幅が出るということかもしれない。

ゴールデンルール的な切り口であのバーガーを解釈するなら、ヨーグルトソースのガラムマサラがはじめのスパイス、カレーソースのスパイスたちが中心のスパイス、衣のアジョワンが仕上げのスパイスということになるのだろう。
そして、ずっと悩んできた「香り」と「味」を交互に重ねる比喩表現もハンバーガーが最もしっくりくるのではないか。一番下にバンズがあって、その上にレタス、玉ねぎ、パティ、トマト、チーズ……といった具合に味も香りも違ういくつかのものが重なって食べるときにひとつの味に仕上がるのがハンバーガーという料理だからだ。

でもなぁ。スパイスカレーのゴールデンルールはハンバーガーのように味と香りを重ねていくんです、だなんて、どこの誰が納得してくれるというんだろう。比喩してわかりにくくなる、みたいな残念な結果になってやしないだろうか。
そもそもたとえというのは、できるだけ遠いものを例に出したほうがいい。カレーの構造をたとえるのに料理を使っている時点でたとえのレベルが低いじゃないか。サンドイッチでもミルフィーユでもハンバーガーでも大差ないんだよな。やっぱり、やり直しだな。

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