スパイス問題

115.スパイスの投入タイミングはどこがベストか? 問題

スパイスでカレーを作るとき、鍋にスパイスを投入するタイミングは大きく3つある。はじめのスパイス(最初)、中心のスパイス(真ん中)、仕上げのスパイス(最後)である。合間合間に玉ねぎやトマト、鶏肉や水分などがはさまって、構造としては「香り」と「味」を交互に重ねていくことでカレーはおいしくなる。これをゴールデンルールと僕は呼んでいる。あくまでも基本ルールだから、イレギュラーなことはいくらでもあるし、意図的にルールから離れたり、ルールを破ったりすることもある。
そこで、大胆にルールを無視してみようと思った。カレーに使うスパイスをすべて最後の最後に持ってきたらどんな味わいになるのかを試したくなったのだ。こういうことをしたくなるのは、中学、高校と、割と真面目に校則を守って学生生活を送ってきたことの反動だろうか。校舎の窓ガラスを割ってみたりしていれば、カレーを作るときくらいはルールを守ろうとしたはずだ。
たとえば、スパイスを使わずにチキンカレーを作ったら、スパイスの香りはしないが料理としてはおいしく仕上がる。カレーの香りのしないチキンシチューができることになる。できあがったチキンシチューに後からカレーの香りを加えればチキンカレーになるはずだ。そこで、ごく一般的なチキンカレーからスパイス類を取り除いて調理をスタートさせることにした。鍋を前にしてふと悪戯心がむくむくと沸き起こってきた。
油を入れるのをやめてみようかしら。鍋に油を入れてホールスパイスを炒めるところからたいていのカレーはスタートする。でも、ホールスパイスは最後の最後に使うのだ。それなら油だって後回しにすればいい。だいたい、カレーを作ろうというときにまずは鍋に油を入れるところからスタートしようだなんて、いったい誰が決めたと言うんだ。油とスパイスは一心同体。初めに鍋に加えるのはやめてみよう。こういうことをしたくなるのは、学生生活を……。盗んだバイクで走りだしてみたりしていれば、カレーを作るときくらいはルールを守ろうとしたはずだ。
鍋にスライスした玉ねぎと水、塩、トマトピューレ、別のフライパンで皮面から焼いた鶏肉をぶつ切りにして加え、火にかける。そのまま1時間近く、しつこくことことと煮込んだ。超簡易的なチキンシチューのできあがりだ。鍋を脇に置いてコンロの上にフライパンを置き、油を熱してスパイスを炒める。ホールスパイスを数種類ほど加えてシュワシュワ、パチパチとしてきたところでフレッシュスパイス(にんにく、しょうが、グリーンチリ)を加えて炒め、全体的に青っぽい香りが飛んだところで火を止め、パウダースパイスを加えて混ぜ合わせ、余熱を使って香りを発たせる。フライパンからは予想通り、いい香りが立ち上っている。
スパイスのエッセンシャルオイルは十分に揮発し、油に定着しているのがわかる。この“香り油”を煮込み鍋にジャーッと加える。いわゆるテンパリングなのだが、通常、インド料理なんかで用いられる手法との違いは、そのカレーに必要なすべてのスパイスがフライパンの中にある点だ。鍋の中をグルグルとかき混ぜて、火にかけずにそのまま完成。ご飯と共にチキンカレーを盛り付け、食べた。結果、どうだっただろうか。
チャレンジ失敗……。香りは申し分ない。おいしそうなカレーの香りが生み出されている。ところが意外なところに落とし穴があった。玉ねぎだ。炒めずにいきなり水と一緒に煮込んだ玉ねぎは、1時間ほどグツグツとしても溶けてとろみに変わることなく、具として鍋の中に存在している。そのせいか、チキンカレーというより、チキンカレー風スープといった形状でとろみはなく、シャバシャバとしている。結果、カレーを食べているという感覚が極めて薄い味わいに仕上がった。水の代わりにココナッツミルクや生クリームでも入れればカレー感は強まったかもしれない。
玉ねぎを炒めなかったことがこれほどカレーの味に影響するとは思ってもみなかった。スパイスの投入タイミングは、すべてのアイテムを最後に回しても温かい油と融合させてさえいれば、香りが足りないこともなく、粉っぽい仕上がりになることもない。そこはよかった。でも、ほんの出来心で油まで最後に回してしまったのが失敗だったのだ。スパイスの投入タイミングは変えても問題ないが、油のタイミングも一緒にずらしてしまってはならない。いい経験になった。校舎の窓ガラスは割ってもいいけれど、バイクは盗んじゃいけないということなのだな。


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