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69. 煮込み完了は「オイルがセパレート」でOKか? 問題

ミャンマーにいる。ミャンマーに向かう飛行機の中でふと沸いた疑問について、考えている。それは、「油戻し煮」という手法についてだ。「地球の歩き方」を読んでいて目にした。ミャンマー料理の説明ページにこんな記述があった。

ミャンマー風カレーは、タマネギをスパイスで炒めたものに具を加えて油で煮込み、水分を蒸発させて具の表面が油で覆われるように仕上げる。「油戻し煮」と呼ばれる調理法だ。

油戻し煮という耳慣れない言葉がキャッチーで興味を持ったのと同時に、その言葉が、調理法と説明されていることに疑問を持った。そんな調理法があるのか。ネットで検索してみると、いくつかのサイトに確かにそれをミャンマーカレー独自の調理法として紹介しているものが見つかった。でも、おかげで余計に僕は疑問を持ってしまった。
それは本当に調理法なんだろうか? 調理法ではなく、現象なんじゃないのか?

油と水を加えた鍋中を煮込んでいくと水分が蒸発し、油が残る。残った油は煮込まれが具の表面を覆うから、結果的には一度消えたように見えた油が戻ってきたように見える。これは、加熱によって起こる現象だ。これをミャンマー人はカレーを作る時のテクニックとして意識しているということなんだろうか。

インド料理でカレーを煮込むとき、特にそれが肉のカレーの場合、多くのシェフが、「オイルがセパレートしたらオッケーよ」と説明してくれる。確かにインドカレーは、調理を見ているとボコボコと音を立てて煮込んでいる鍋中の表面に、ある瞬間、油が浮きあがるタイミングがある。そのとき、鍋中にある具はおいしく煮込まれていることになる。
中火で45分などという、正確に見えて実は曖昧なレシピ表記に比べれば、オイルがセパレートは目の前で起きている現象の説明だから、煮込み完了の合図としてはとてもわかりやすい。でも、僕はこの手法に昔も今も疑問を持っている。どう解釈していいかわからないのだ。

とあるフレンチのシェフにこれを説明したところ、キョトンとされたことがある。「まるでわからない」という反応だった。確かに油と水分を結びつける乳化についてはさまざまな手法が存在するくらいだから、油が分離するという状態は、失敗だと判断されることもありそうだ。「じゃあ、煮込み完了は何で判断するんですか?」と聞くと、「肉のやわらかさと味わいで」と、なんの反論もできないごもっともな説明をしてもらったことを思い出す。
僕が「煮込むときは弱気(弱火)で」と提案しているのも、オイルがセパレートしない煮込み方のほうがおいしくなると実感しているからだ。とはいえ、弱気で煮込んでもある瞬間にオイルはセパレートしてしまう。だから、わからない。

ミャンマー料理における「油戻し煮」は、実は、ミャンマー語に由来している。「スィー・ピャン・チェッ(油・戻し・煮)」というそうだ。言葉として存在するのだから、直訳すれば油戻し煮となる。それが調理法であるか現象であるかは突き止めようがないがミャンマー人には通用する言葉のようだ。
ミャンマーで「CURRY」と表記された料理に山ほど出会っているけれど、それは、現地の言葉では今のところ、2種類の料理に分類される。「ヒン」と「スィー・ピャン」である。たとえば、「鶏肉」のことを「チェッター」というので、「チキンカレー」は「チェッター・ヒン」か「チェッター・スィー・ピャン」となる。両者の違いは、油の量だと説明してくれたミャンマー人がいた。前者は油少なめのスープ、後者は油たっぷりの煮もの、というニュアンス。基本的に油が大好きで油の使用量が極めて多いと言われるミャンマー料理だが、最近はヘルシー志向の人が増えているというコメントも加えてくれた。

いずれにせよ、油はうまい。油を多く入れる理由は、できあがった料理を長持ちさせるとか、おいしくするとか、ぜいたくにいただくとか、食べ応えを強めるとか、いろいろとありそうだ。カレーを最もおいしく煮込む方法がどうなのかは別として、少なくともオイルがセパレートするまで煮込めば食べられる準備が整うのよ、ということはわかりやすく、その現象が料理名(調理法?)としてミャンマーでは浸透したということなのだろう。
で、じゃあ、結局、僕はカレーを煮込むときにはどうしたらいいというんだろうか。それを考え始めると、弱気で煮込む前に、僕自身が弱気になってしまう。

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