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40. にんにくが酸化するとカレーはまずくなるのか? 問題

憧れの人である、将棋の棋士、森内俊之さんにカレーを食べていただく機会がありました。僕は20年後のジャパニーズカレーのニュースタンダード(笑)を目指して開発しているチキンカレーを作ることにしたんです。イベントで作るので、試食の量で100食近くを一度に仕込みます。四つ割りの玉ねぎを大量に大鍋に入れて蒸し焼きにし、途中でホールスパイスを加える。玉ねぎが色づいてつぶれ、適度なタイミングでにんにくのすりおろしを加える。しばらくして、事件は起こりました。
鍋の中が、みるみるうちに緑色に変色していく。
それはそれは恐ろしい光景でした。いや、にんにくが酸化して緑色になることは知っていました。すりおろしておいておくとほんのり緑になるのは経験もあったので。ところが、今回は緑のレベルが違ったんです。食べ物ではないものが鍋の中に生まれているような……。20年以上カレーを作っていて、ここまで変色するのは初めてのことでした。しかも、憧れの人に食べてもらいたいカレーを作っているときに限って……。さすがに動揺しました。
にんにくが緑色に変色するのは、ちょっと調べたところ、どうやらにんにくの成分であるアイリンがつぶす(すりおろすなど)ことでアリシンという物質に変化し、時間の経過によって酸化してアルキルサルフィド化合物へと変化し、にんにく自体に含まれる鉄分と結合して緑色に変色するんだそうです。食べ手も人体には影響がないとのこと。そういえば、現場にたまたまあったから使うことにした鍋はフッ素樹脂加工が剥げていて、素材である鉄がむき出しになっている状況でした。
通常よりも強い火を長めに入れていけば解消されるだろう、と必死で炒め続けたのですが、水分が飛んでねっとりしてきても、色は緑のまま。味見をすると、青臭さがぬぐえません。水を追加してさらに炒めてみましたが、完全にリカバーすることはできませんでした。
みじん切りにしてこんがり揚げるように火を入れていけば、ここまで被害は受けなかったのかもしれません。にんにくをすりおろすかみじん切りにするかは、投入するタイミングと関連付けて“システムカレー学”的に言えば、仕上げたい風味やテクスチャーによって変わります。長くなるので説明は避けますが、大量のにんにくをすりおろしで入れる時は水と一緒にミキサーを回すことが多い。このときに油を一緒に入れると変色を防げるという説もありますが、今回はそのレベルではありませんでした。
水と一緒にミキサーを回してにんにくジュースにすると、鍋に加えて炒めた時に「水分が飛んだ状態=にんにくの青臭さが飛んだ状態」という目安がわかりやすいのでお勧めします。水を加えることによってにんにくが焦げるまでの時間を長引かせ、適性の加熱を促す。要するに水を浸かって時間のコントロールをするんですね。これは、ウェットマサラと呼ばれるパウダースパイスを水で溶いておく手法と考え方は同じです。ウェットマサラについてもいつか「問題」で取り上げたいと思います。
仕上がったチキンカレーは、なんとかおいしくなりましたが、個人的には全く満足できる味わいではありませんでした。憧れの人が食べるというのに。ま、そういうものなのかもしれません。森内さんとの対談が始まりました。写真撮影は、途中のカレーを食べているときだけ、という設定だったせいか、半ばでカレーが運ばれてきた直後から、参加者が一斉に立ち上がってスマホで写真を撮りまくる(笑)。
森内さんからは後日、メールをいただき、「写真撮影に動揺してしまい、カレーのコメントができず、すみませんでした」とありました。イベント終了後もすごい勢いで完食してくれたようですし、持ち帰ったカレーも翌日、家族に大好評だったそうです。嬉しい。それにしても、森内さん、優しい……。僕の方こそ「にんにくが酸化してイメージした味になりませんでした」と謝りたい気持ちになりました。
にんにくの酸化はカレーの敵。人体に影響がなくても味わいに影響するのだから気を付けなければなりません。
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