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ボーイズバーのバイトで体を売らされそうになった話

当時大学2年生で、バイトをクビになりまくっていた私は苦しんでいた。

金銭的な余裕のなさに。

飲み会の予定が入ったら、派遣のバイトをするというその日暮らし的な生活を続けていた。

そろそろ安定した収入が欲しい。

そんなフリーターみたいな悩みを抱えた私に声をかけてきたのは、一人の美女だった。

「お兄さん、ボーイズバーやらない?」

新宿駅の改札をでたところ。金髪でスラッとした彼女の一声に、私はハッとした。

…ボーイズバー、いい!

だってバーテンダーってかっこいいし、お仕事で女の子としゃべれるし、稼げるし、何で今まで気付かなかったんだろう。

「興味あります」

そう即答した私は早速彼女とLINEを交換した。その日たまたま用事のあった私は、後日面接を受けに行くことになった。


1週間後。夜7時に新宿駅で待ち合わせた。しかし待てど暮らせど彼女は来ない。

しびれを切らし、LINE電話をかけると、「新宿2丁目のセブンイレブンにきてー」と言う。

そのセブンイレブンはめちゃ遠かった。徒歩20分くらいかかった。

セブンイレブンで待っていると、昔やめたサークルの面々がベロベロに酔っ払って横断歩道を渡っていた。

あいつセブンイレブンの前でなにしてんの?

そう確かに聞こえたが、私は無視をすることにした。

さらに10分くらい待ったところで
「いしださんですか?」
と声をかけられた。

声の主はパジャマみたいな汚い格好をしたおじさんだった。

は、はい。

と返事をすると、どうやらそのおじさんがボーイズバーの副店長らしかった(店長は美女)。

お店に案内するということで、ついてこいと言われた。

バーがあるのは、一見すると何の変哲もないアパートだった。

階段をのぼっていき、「ここです」とおじさんが指をさす。そこはアパートのドアに「A club」と表札をかけただけの部屋だった。

しかし、ガチャリとドアを開けると、中に広がっていたのはちゃんとしたバー。隠れ家みたいだな、と私は思った。

じゃあ、そこにある用紙に必要事項記入してって。

私は指示通りに住所、生年月日を書き込んでいく。

契約書にも目を通す。
大丈夫、変なことは書いてない。
従業員同士の連絡先交換禁止とか、退職前の1か月前に申し出るとか、そんな些細なことだった。

じゃあ面接をはじめます。

契約書を書いたあとに面接って変な感じだな、と思いながらおじさんの質問に答えていく。聞かれたのは大学のこととか、今までやってきたバイトのことだった。面接と言うより、雑談みたいな感じだった。

最後に、バイト料の話になった。

「うちは開店時間が8時から12時の間なんだけど、4時間はいれば一万円。
お客さんから指名が入って横でお酒飲めばさらに一万円。
閉店したあと、アフターの要望があれば追加で二万円。

つまり、一日で四万円入るのね」

おお、と私は思う。

「めちゃ稼げるでしょ?
あ、あとこれは言ってなかったんだけど、うちのお客さんって女性より男性が多いのね。
それでお願いしたいのが、男性からアフターでホテルに誘われたとき、キスとフェラは割り切ってほしいの」

キスとフェラは割り切ってほしいの?

「大丈夫?」

は、はい。と思わず承諾してしまい、面接が終わる。
今日から頑張っていこうと、汚いおじさんと固い握手をする。
キスとフェラは割り切らないといけないのか、と脳裏にちらつく。

「ちなみに彼は昨日、四万円稼いだよ」

カウンターでグラスを磨いていたのは、山崎賢人似のガチのイケメンだった。

この人も割り切っているのか、と私はショックを受けた。

その後、宣材写真を撮りに店の外に出た。きっちり顔写真まで撮られてしまったのだった。

カウンターに入ってボーッと突っ立って時間をつぶす。
お客さんとして来ていたのは、どこにでもいそうなおじさん1人だった。
山崎賢人がおじさんのつまらない世間話に付き合っていた。

チリンチリン、店のドアが開く。
入ってきたのは、石川遼をマッチョにしたかんじの爽やかな青年。
客なのか?と思いきや、
「面接しに来ました」
と威勢の良い声で言う。

汚いおっさんと石川遼の面接がはじまる。
「大学はどこなの?」
「筑○です」
「頭良いんだね。サークルはやってる?」
「ボート部で副部長をしています」

おいおいまじかよ、と私は思う。

「君みたいな体格いい子は人気出るから、がんばってほしいな」
「はい、期待に応えられるようがんばります」
「あ、これは言ってなかったんだけど、アフターでホテルに誘われたら、キスとフェラは割り切ってほしいの。石川くんはそういうの大丈夫?」
「はい、期待に応えられるようがんばります」

おいおいまじかよ、と私は思う。

石川遼の面接が終わり、写真撮影をするため、店の外に出る。
汚いおっさんがいなくなり、店の人間は山崎賢人だけになる。

バーカウンターには、私の書いた契約書が無造作に置かれていた。

逃げ出すなら、今しかない。

契約書を鞄につめた私は、急いで店の外に出た。階段で写真を撮っているおっさんと石川遼に見つからないよう、忍び足でアパートをあとにする。そして私は、一心不乱に新宿駅を目指してダッシュした。

無事、山手線に乗り込んだところで、美女店長のLINEをブロックした。

唯一、私の写真が店に置き去りになってしまったが、これはしょうがない。個人情報はおおむね回収できたからよしとしよう。

それ以来、私はボーイズバーのバイトに興味を持つことはなくなった。
基本、ボーイズバーのバイトは、供給過多のため、紹介でしかはじめられないのだと、後々知ったのだった。
歌舞伎町の裏の顔を見られてとても良い経験になった。
ボーイズバーのバイトと聞いたら、まずはじめに客層の話をちゃんと聞き出そう。

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