わたしと彼と夏祭りと
夏祭りに心惹かれる理由なんて、挙げればキリがない。
だけど、あえて言葉にするのならば、その夜だけはありふれた日常が、見知らぬ非日常になりすまし、何食わぬ顔してそこに存在しているからなのかもしれない。
人でごった返した改札。
軒を連ねる屋台の出店。
居酒屋の前にたむろする鮮やかな髪色の若者たち。
威勢良く飛び交う店員の声。
どこを見渡しても目に飛び込んでくる、明かりの灯った提灯。
そして不思議なことに、どこもかしこも、お互いの身の上話や恋愛の話でもちきりだ。
まったく、一体この町はどうしてしまったのだろうか。
そこは、もはや私の知っている高円寺じゃなかった。
提灯の明かりにぼんやりと照らされ、よく見知ったはずのお店の輪郭やビールの看板の文字までもが、なんだかぼうっとぼやける。
まるで異国の地へ迷い込んでしまったかのよう。
お酒のせいか、夏祭りのせいか。
町全体にムワッと溢れかえる高揚感に、身も心もすっぽり包まれる。
狐に化かされた気分、というのがどういうものなのか、もちろん化かされたことなど無いので知らないが、おそらくこういう気分のことを言うのだろう。
変わり果てた町の風景に心を奪われ、口も聞けずにただ立ち尽くす私を見て、彼は「良かった。僕たち同じくらいびっくりしてるね。」と笑った。
たまには化かされてみるのも、悪くないものかもしれない。
そんなことを、ぼんやりとした頭で考えた。
来年も、また彼と、高円寺という都会の狐に化かされに来よう。
わたしたちは、約束したのだ。
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