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#26 等価は本当か

たまには,まじめなことを書いてみよう.(誰にも読まれない可能性が急上昇するけれど,たまには?いいでしょう.)

”E=mc2” 「イー イコォール エム シィ― スクゥエァードォ」
多分これが,高等教育を受けたかどうかの世界共通の”リトマス試験紙”だと思う.理解できているかではなく,一度は目にしたことがある,あるいは聞いたことがあるとすると,それは高等教育を受けたことがある証(あかし)だと思う.これを知っていることがエライとかではない.日常生活で感じることができない世界を,仮定して理論を立てて未知なことを予測するトレーニングをしたことがあるかの題材の一つだと思う.

 この式を昔は”なんとなく分かったつもり”でいたのに,あらためて読み返すと,特殊相対性理論にたどり着くまでに,何度も考え方の”大ジャンプ”がある事に気づく.さすが天才は違う.後からアインシュタインの考えた道筋をたどれば,「○○の仮定をすれば○○の実験結果が説明でき○○の結果が予測され実際に観測された.」と読めば,わかった”気”になる.「じゃあ,同様にこちらの問題も新しく,理論を立てて説明できるように考えてください.」と言われると,ハタと困る.教科書を”飲み込む”勉強は,「複写機」のような能力をもって脳に刻めばできるかもしれない.しかし,教科書を”作り出す”能力は,「ドラえもんの4次元ポケット」のような,常識の外の考え方ができる天才(変人)でないと,たぶんできない.

 「質量とエネルギーは,”等価”と考えることができます.」という文章を数式で書くと,「E=mc2」となる.エネルギーEと,質量の変化量m,光の速度cの二乗がここで,等号で左右に並ぶ.イーコォール(等号)は使う分野で,意味が少しずつ違う.算数(数学)では「A=B」は「AとBは等しい」という意味だが,電子計算機(コンピュータ)のプログラムでは「BをAに代入する」という意味で使う.簡単な記号に普段と違う意味を持たせて使うので,プログラミングを初めて習ったときは,両辺からxを引きたくなり,「x=x+1」を誤って「0=1?」などと考えて頭の中が”???????”で満たされてしまう学生さんが時々いる.「右にある古いxの入れ物に1を足して,新しいxの左の入れ物に入れる」という意味をプログラミングでは表している.記号にどう意味を持たせるかは,分野によって大きく違う.

 最初の「E=mc2」は,右端の2は「c×c」の意味(二乗)を表している.上付きで書くべきだけれど,みんな”二乗”の意味を「察して」くれている.もし二倍の2なら,普通文字記号の前に数字を書く.ここに書くということは”事情”があると「察して」くれている.等号は二本線で描くけれど,本によっては「E≡MC2」と書いてあることがある.三本戦は図形の問題では”合同”の意味を表す.数学以外の物理分野などでは,「等価である」「定義する」という意味で使うことがある.「価値が等しい」と「同じ」は,似ているけれど微妙に違う.例えば,「この組み立て作業10時間の労働」は「1万円の日本銀行券(お金)」と同じ価値である.というとき,労働とお金が,同じもの(等しい)のではない.

 アインシュタインがあの有名な式を考えたのは,高速に移動する人から届く光の速さと,地球で”静止”している人からの光の速さが同じであるという実験結果が,それまで知られていた”相対速度”で変化するという予想と矛盾したために,新しい理論を考えた.”結論だけ書くと”(途中式は複雑なので,料理番組の出来上がりだけ見るのに近い),「エネルギーと質量は保存する」ということを言っている.”当たり前のことじゃなぁーい.”という声が聞こえてきそうだけれど,これは新しい考え方.「エネルギーは保存する」「質量は保存する」は,日常生活で普通みんなが体験できて,「当たり前のこと」として「わかった」つもりでいる.わかったのではなく,本当は経験しているというのが正しい.一方,光の速度に近いロケットに人間が乗ることはまずできない.地球を1秒間に7週半くらい周ることができる光の速度の1/7くらい,すなわち1秒間で地球を一周りする速さにならないとアインシュタインが唱える式の効果は目に見えて事ない.人間がまずふつうは体験できない世界の理論をアインシュタインは、仮定をもとに唱えた.先ほどのロケットの例でいうと,それぞれのエネルギーをE1,E2,質量をm1,m2とすると,今までの考え方は「E1=E2」「m1=m2」となる.だれも驚かない.アインシュタインは,「E1+m1=E2+m2」と結果的になると言っている.言い換えると,「⊿E=E1-E2」「⊿m=m1-m2」とすると,「⊿E=⊿mc2」となる.変化分を⊿(でるた)とあらわすのは,引き算した結果(差分)をdifferenceと英語で言い,ギリシア文字の⊿がアルファベットのdに対応しているから.「⊿E=⊿mc2」の⊿を省略すると「E=mc2」E=mc2となる.アインシュタインが最終的に書いた式は「エネルギーの変化分は,質量の変化分に光の速度の二乗をかけたものと等価である」という意味なのだけれど,デルタが消え,三本線が二本線となり,私を含めた多くの人が勘違いをしている.「エネルギーと質量は光の速度の2乗をかけると”等しくなる”」意味が全然違う。

 世の中には,いろんな「記号」がある.いろんな,「一言でいえば」がある.「等しい」と言われたら疑いなさい.と昔物理の授業で先生がやたら熱く語っていたのを思い出す.「仮定」や「前提条件」がたくさんある中でのみ分かったことを,説明のわずらわしさから逃れるために「エイヤアッ」と結論だけを”乱暴”にも見せているだけの説明が,やたらと多い.私の授業でも,「E=mc2,説明は省きますが興味のある学生さんは自分で天才の”足跡”に挑んでみてください.わからなければ質問に来てください.一緒に挑みましょう.」と言ってから”結論””だけを説明している.

 「等価である」と言われたら,是非「本当か?」と腕まくりして正しいことの確認を自分でしてみて欲しい.ほとんどの場合,とても難しい.(難しいから先生たちは,説明を省いています.)本気で取り組んだことは,なんでも楽しい.たとえ,途中で投げ出したとしても,”ゴリアテ”に立ち向かったことが自分の”勲章”となり,次回の挑戦の糧(かて)になると思う.

 今週の講義で「E=mc2」の考え方のイントロと,途中の成果と,最終結果を”つまみ食い”しながら学生さんたちに説明しました.さて,何人腕まくりして考えているか楽しみ.来週の講義で,「興味のある人は質問に来てください.」毎年恒例の一言を告げ,もう一つの大きな山である”量子力学”に分け入っていこうと思う.(うーん,まじめなことを書いていると,まったく面白くない.たまには,こんな日もありますね.次回は柔らか頭に切り替えた文章を書きます.)

(写真: アインシュタインのマグネット.米国スミソニアン博物館を訪れたときにおみやげショップで買ったもの.研究室のホワイトボードにいつも貼り付けているもの.彼は普段はこんな舌出しをしない物静かな人だそうです.印象とは,作られるものですね.)