No.55 重圧と微笑

笑うだけで全てが許されるような感覚がある。どんな憂鬱な状況にあっても、無理のない微笑があれば僕はやっていける。そんな風に生活してきたお陰か、僕の周りは笑いで溢れているし、沢山笑わせて貰っている。ユニークな言葉遣いをする人たちや独特な思考回路を持っている人、発想の転換が素早い人やその他エトセトラで溢れていて、いつでも懐かしさと新しさを教えてくれる。

と言っても僕はいま、笑える状況下にはなかった。簡単にいうと難聴である。音で気分を害するというのは、好きだった音楽やテレビやお笑いや映画から離れるということで、もっと言えば誰かの話し声さえ喧しく感じるものだから、中々笑みの溢れる瞬間には立ち会えない。部屋にこもって換気扇や空気清浄機の電源を消し、ぼやぼやと一人、本のページを捲るだけの日々の中から笑いを拾い上げることは難しい。やがて文字を追うことにも疲れ、無音の空間の中、何もせずに忙しない日々の向こうにある空虚を見つめた。

こんな生活をするのは初めてのことだった。どうやら僕は、常に何かをやっていないと落ち着かない性格をしていたらしい。思い返してみても、学校に通っている頃は授業を受けてから部活やサークルに明け暮れ、帰宅途中も音楽を聞き流して、家に着けばご飯を食べ風呂に入り、寝る直前まで本を読んだりテレビを見たりしていた。何なら眠りながらスピーカーで流した音楽を聴いていたくらいだから、無音と暇に晒されることはなかった。社会人になっても多少の入れ替わりがあるだけで、殆ど変化はない。起きてから寝るまで、パツパツにやりたいことを詰め込み、それを限界まで行なっていたのだ。

何かをやっていないと不安になる。多分それが理由だ。時間は止まってはくれないという当たり前の事実が、僕にとっては強迫観念のように思えていた。大学生の時に、授業もアルバイトもなかった平日の街中の中心で、あの車、人、車、車、人、その全ては目的を持って走っているのだと気付いた時、用事もなくふらふらしようと街に出てきた自分を呪ったことがある。「俺は一体ここに出てきて何をしたかったんだ?」答えは何もなく、空のいろはすのペットボトルみたいにぐりぐりと潰してゴミ箱に捨ててあげるしかなかった。

自分が止まっている間も世界は着実に動いていて、仕事やタスクの為に車を走らせるか足を動かす。ビルの中で見えない人たちも指先と目線でやるべき事を進める。その同心円が広がる真ん中に僕は立ち尽くし、どうしようもないやり切れなさを感じたのだった。

空虚を見ながらそんなことを思い出し、僕は少し変わったのだなと気がついた。何もない時間も素晴らしいものだと僕は知ったのだ。こんな日々は倦怠感しか及ぼさないと思っていたが、こうやって心を落ち着かせると、自分の視野が随分狭まっていたと知ることが出来た。仕事に精を出しすぎたし、周りの変化についていく為、歯を食いしばりすぎたようだ。見てみろ。部屋は散らかっているし、向こうの山は既に緑を携えている。耳の付け根に出来物が出来ているし、世界はどうやら美しい。新聞はいつまで経っても同じことを繰り返し、珈琲豆は遥かケニアの匂いを連れてくる。

落ち着きがあると言われることが昔から多かったけれど、一番落ち着きが無かったのは僕だ。対面した僕の外側は落ち着き払っていても、心に余裕を含んでいなければ、それは本当の落ち着きとは言わない。張りぼてでできていたのだ、僕は。

なんだかうんざりとした気分になった。だから、質量のある日々に、愛を込めて罵声を飛ばしたい。仕事など忘れろ。そんな物がなくても死にはしない。死にそうな祖父を忘れろ。しかし愛だけは忘れるな。大切な友人を忘れろ。時期が来ればまた顔を合わせられる。やるべきことを忘れろ。生きる為の活動だけ止めなければ、多分死なない。

そうして、心は少し軽くなり、重い鉛に潰されそうだった気持ちも重圧から逃れた。ストレスと人は呼ぶが、今の僕にはそれすら愛おしい。世の中の大事なものを大事にしすぎることも、負担になると知れたのだから、こんな空白のような時間も無駄ではきっとなかったのだ。そう思いながら、僕は少しだけ微笑んだのだった。

最後に、僕の好きな歌人・石井僚一さんの素敵な歌を一つ記しておく。

生きているだけで三万五千ポイント!!!!!!!!!笑うと倍!!!!!!!!!!
〈石井僚一「死ぬほど好きだから死なねーよ」より〉

#エッセイ #コラム #微笑 #愛

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10

藍笠

文字捨て場。

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