抜けたいミヅキーナは秉燭夜遊モード 『ヴィンセント海馬』漢検篇★5★

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そのド派手な頭よりもまず身体へ目が惹きつけられる。

文学好き――海馬くんからそう聞いていたから、ものすごくやせている男の人を想像していたけれど、こんなガタイの人見たことない。少なくともこれまで同僚になった男性教師陣にはいなかったタイプ。半袖からのぞく上腕。

ピクっ

うわぉ! 筋肉がいきなり動いた! 

すっと伸びたその背筋については、思わずこちらも姿勢をただしてしまう。

This is パナポヘ先輩。

昨日の夜からずっと――こうして会う前にだいぶ想像を巡らせたから「パナポヘ」という奇妙な語感にも慣れてきた。その由来である「パイナポゥヘア」もなかなかに南国チックで素敵だ。刈り上げ部分は金髪。頭頂部はグリーンを基調としてトロピカル。カラフルなオウムやフラミンゴをいっぱい招き寄せそうだ。

そんなパナポヘ先輩と初めて来たカフェで二人きり。
この若きオーナーは、わたしと話すために店を貸し切りにしてくれた。

ん? 

オーナーだから貸し切りという表現はヘンかな

水野美月先生は窓の外に目をやる。

花粉もそろそろ収束、春から夏へ向かう大好きな季節。駅からだいぶ歩く落ち着いたカフェは樹々に囲まれ、その葉っぱたちを見ているだけでこちらも元気が出る。

普段教えている高校生の子たちなんてまず来ることなんてないだろう、シックな大人なカフェで、唯一トロピカルなのはその頭だけかと思ったら、店の奥のエメラルドの花瓶が結構ド派手で、そこに活けてある花々がパナポヘ先輩の髪を思わせて、その対称性はなかなかに愉快だった。

「で、結局、わたしは何をすればいいんですか?」

聴きたいことは山ほどある

クロアチアからくる少女の名前。
その子とヴィンセント海馬くんとの関係。
その前に海馬くんとパナポヘ先輩との関係。
あ、そうそう、今どきなぜ幸田露伴なのか

――ん?! 山ほど、というわけでもないか。

国語教師は脳内にある質問のかけらを整理する。
店内のBGMはショパン。
『ノクターン』が静かにかかっている。

どうしてそんな髪型? 
コーヒーが好きなんですか? 
さっきから何でずっと黙っているんですか? 

あ、そうそう、漢検のこと!

このパナポヘ先輩は、海馬くんによるとあり得ない程の漢字ギークで、海馬くんも「奕棋」というレアな単語をこのトロピカルなパイセンから教わったとか。

漢字検定1級取得。そんな恐ろしいレベルにどうやったらたどり着けるのか。たぶん、生まれて初めて目にする漢字検定1級取得者。生まれて初めて目にする筋肉モリモリの幸田露伴マニア。

「あの・・・パナポヘ先輩、ちょっと質問していいですか?」

若干ナーバスな声に、筋肉質なヴォイスがマウントする。

「センパイ? ていうか美月先生の方が年上ですよね。センパイとかつけないで呼び捨てでイイっス。ヴィンセントから聞きましたよ。先生の生年月日

「うっ!」

ヴィンヴィンめ・・・

それにしても――

改めて観察する。

同じくらいの年齢かと思ったけれど、年下かぁ。ていうか三十前なのに、喫茶店のオーナーって! しかも何軒も!!

Tシャツにジーンズというラフな格好だけれど、お金もなんだか相当持ってそうだね。ジーンズもシューズもビンテージっぽくて、時計もめっちゃ高そうだし。

あれ? 何で私、お金とかのこと考えている?!

意識が高い、違う世界の人

みたいなカテゴリーに彼を入れちゃっているのかな?!
大学を卒業してすぐに教師を始めたから、同い年の、普通に社会で働いている男の人を正直あまり知らない。

「ちなみにオレの方が1か月年下」

「ん?!」

たった1か月!

「まぁ、そんなのいいや。ミヅキッチにリクエストがあるんだけど」

ぬ ぉ !

い き な り タ メ 口 !


「ちょっ、なにミヅキッチって!」

「クロアチアっぽくね?」

「やめてよ、ていうか、なんとかッチって男の人の名前に付けるんじゃなかった?!」

たしか、そんなことを何かで読んだ気がするんだけど、いつものように出典に確信がもてない。

「マジで?! ヤベっ、もうミコちゃんに伝えちゃったよ」

「ミコちゃん? クロアチアから来るって子?」

八 面 玲 瓏

海馬くんはクロアチアからやってくる少女をそう形容していた。ミコちゃんは四字熟語でハチメンレイロウ。

どこから見ても曇りがなく、美しく輝いているさま。また、心が清らかに澄みきって、何のわだかまりもないさま。

「そう。ミコっていうんだ」

「ミコちゃん! かわいい名前だ」

「うーん。じゃあ、ミヅキッチはなしでミヅキーナにしようか。バレリーナみたいだし」

「ちょっと待ってよ。わたし、まだ・・・なんていうか、ミコちゃんと会うとかそういうの、決めてないよ。そもそもどんな話かぜんぜん知らないし。話が見えないのに――」

「ミヅキーナは国語の先生だよね。イッコ質問していい?」


ぎゃあ!

国語の先生だよね、という枕をつけられてからの質問。

やめてくれ、緊張する!


「ヘイショクヤユウって言葉、知ってる?」

ん!!

「ヘイショクヤユウ・・・」


おお!

ナイス海馬くん!

知っている!

昨日海馬くんが教えてくれたからね。ドンピシャだ!

「もちろん、知ってるよ」

もちろん、とかつけてみた。

「とことん、遊ぼうってことだよね、簡単に言うと。人生遊んだもの勝ちっていうか」

「さすが国語の先生だね」

「いひ。覚えたばかりだけどね、ホントは」

「知ってる。ヴィンセントは予想してたよ。たぶん先生、もちろん、とか付けて返してくるよって。しかも生真面目に覚えたばかりって白状するって」

「はっ!」

ど こ ま で も

さ き ま わ り


「ミヅキーナは、何年も勉強してるんだってね、漢検1級の勉強を」

「あ、うん、まぁ・・・ね」

何年も、というのが恥ずかしい。

「それじゃダメだよ。露伴先生はおっしゃってる。同じ自己からは同じ自分しか生まれない。そこを抜けたかったら、他の人の力を借りろって」


そして――パナポヘ先輩は目を閉じ、口を開いた。

いつでも曖昧模糊なミヅキッチ改めミヅキーナとは違う。

敬愛する人物の言葉を、どこまでも精確に並べていく。


他力によつて新しい自己を造るといふ道の最も重要な點は、自分は自分の身を寄せて居るところの人の一部分同樣であるといふ感じを常に存する事なので有つて、決して自己の生賢しい智慧やなんぞを出したり、自己の爲に小利益を私せんとする意を起したりなんぞしてはならぬのである


「オレは世界中の誰よりも露伴先生に寄せている。同じだよ。ミコのダンスの動画を見て一発で分かったよ。いろんな人やものに半端なく寄せまくったから、トップバレリーナになれたんだなって」

BGMは『雨だれ前奏曲』。
手前は暗く、遠くだけが明るいイメージ。
途切れ途切れ。ループする不幸と幸福。
生賢しさのない、実直な、前奏曲。

抜けないと

同じ毎日から抜け出さないと――

ゴールデンウィーク。

独りで漢字のお勉強をしている場合じゃない!


「ミコは本気の本気だよ。頭の先から爪先まで、きっとミヅキーナに寄せてくる。あらゆることを学ぼうとしている。だからオレはヴィンセントの話を受けた。リクエストってのは、ミコにとっての露伴先生になって欲しいってこと」

「うん」

「先生に最高の他力になって欲しい。これはオレとヴィンセントの二人のお願いです」


いきなり、丁寧な言葉遣いに。

そして。

ぼんやりとしているところもたくさんあるけれど――

うん、と強く思った。

「うん。わたしで良ければ。ミコちゃんか! どんな子だろう。さっき言ってた動画ってYouTubeで見られる?」

「見られるは見られるけど」

「ちょっと怖いけど、でも・・・知らない国に来る方がずっと勇気いるもんね」

まだ見ぬバレリーナへ想いを馳せる。異国に学びに来る。十代半ば。不安だろう。きっとめっちゃ寂しい。全力で支える一択だよね。自分、ヒマなんだし。バレエなんてとてもムリだけど、でも日本文化のさわりくらいなら紹介できる。ヒントになるかはわからないけど、自分なりに・・・ミコちゃんに最高の体験をさせてあげたい。ねぇ、どこに連れて行ったらいいと思う? わたしが思いつくのは――

美月先生のナーバスさのかけらもない口調にパナポヘ先輩は表情を緩める。

「やっぱり。ヴィンセントの言ったとおりだ」

「え?」

トロピカルなパイセンは、店員にごめんなさいときちんと謝ってから、冷めているコーヒーを下げてもらい、新しいものをお願いした。

「ヴィンセント、言ってたよ。美月先生もミコと同じ、切ないくらい八面玲瓏なんですって」

漢検篇★6★につづく


『ヴィンセント海馬』はこちら。


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藍澤誠 AIZAWA Makoto

ノーター(noter)です。小説・ストーリー・エッセイを書いています。東京で小学生から高校生を対象とした私塾も開いています。1974年生まれ。2018年4月から月間マガジン『AI the world』(500円)をスタートしました。

『ヴィンセント海馬』漢検篇

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