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獅子女はスフィンクス『ヴィンセント海馬』漢検篇★1★

4月27日金曜日19:00。20人近く入れる店内に客の数は自分を含めて3人。みんな「おひとり様」なので静かだ。

BGMはショパンのピアノ。

22:00まで営業しているカフェで、水野美月先生は食後のホットコーヒーを楽しんでいた。

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明日は土曜日で、本来は授業がある日だったけれど、いきなり「明日は休みです」という通達があった。きっと校長室にあるAI『校長ロール』が、いろいろな状況を鑑みて「この日は休み! 」と判断したのだろう。学校の頭脳であるAIが休みが最善であるという判断をしたら、理由がわからずともそれに従うのが最善手である。

人間である美月先生は、常識的な感想を抱く。

『年間スケジュール』で決まっていたものを変更したら、みんな迷惑じゃないか

ついついそういう発想になる。いきなり仕事が休みになるのは嬉しいは嬉しいけれど・・・。あれ? 休みを嬉しがるってことは、自分のやっている仕事に価値を見出していないってこと?

余計な自己嫌悪まで頭をもたげる。いきなりの予定変更は、こういう点でも迷惑な気がするんだけど。

迷惑、迷惑、迷惑。

みんな迷惑している——

銀髪の少年の発言を思い浮かべる。
あの子と出会った日。入学式の次の日。
あの子は言ってた。

「おれ、きっとあり得ないくらい迷惑かけまくると思うんです」


ヴィンセント・VAN・海馬くん。海馬くんと行動をともにしてから『迷惑』という感覚が圧倒的に薄れている。そして1つの結論めいたものが見えてきた。

自分の好きなように生きないくせに、人に合わせて不満げに生きている――そんな生き方の方が迷惑なんだな、きっと。

海馬くんはすがすがしい。自分の好きなように生きていて、それでいて周りを幸せにしてくれる。本人はそう感じているのかわからないけれど、少なくともものすごく自由に見える。

好きなように生きよう。休みの前日だし、やりたいことだけをやろう。ということで今宵はカフェでリラックス。連休は思いっきり自由に過ごそう。

さて。
カフェでくつろぎながらやることといったらもちろん一つだよね。

漢 字 検 定 1 級 の お 勉 強


もうね、何年勉強しているのかもはやわからないです。漢検1級の難しさを知らない生徒は軽く言うかもしれない。

「美月先生が本気で勉強すればワンチャンいけますよね?」

でも試しに漢検のサイトで1級の過去問を見てみて。

あ た ま お か し い 


たとえば今さっき、斜面を滑る『ソリ』の漢字を問われた。梶基次郎の小説からの出題だ。正解は『橇』。その次は『ただれる』。これは『爛れる』と書く。そしてこれらがメチャクチャ簡単なレベルというね。こういうイージーな問題を落とすとまず合格は不可能。『壁蝨』と書いて『ダニ』、『獅子女』と書いて『スフィンクス』なんて、簡単すぎてもし出題されたらガッツポーズするレベルなんだよ。

美月先生は漢検1級の問題集に目を落とす。

公民館の教室でエキキを楽しむ

エキキって何だろう。

そこを考えるのが面白い。まず「公民館の教室」っていう場面設定がよく分からない。おじいちゃん向けの囲碁教室とか?

ん?! イイ線、いってるかも!

エキキのキの1つは将棋の『棋』かも! 

じゃあエキってなんだろう。易しい将棋で『易棋』?

うーん、でもそしたら「公民館の教室で」というフレーズとの組み合わせがちょっと合わないような。

自分の知っている「エキ」や「キ」の字をたくさん思い浮かべる。脳内を探りまくる。

そして——降参。

美月先生は自分のルールとして、答えをチェックする前に自分でネットで検索する。検索するという行為の大切さを感じているからだ。主体的に検索することで予想もしていなかったことが学べる。答えにたどり着くまでに少しでも多くの勉強をするのが美月スタイルで、その結果、問題集を解く進捗状況が遅れて、何年も先に進まないという事態になってはいるのだけれど。

・ ・ ・

ちょっとは予感していたんだけれどね。『エキ棋』で検索しても、それらしい漢字はヒットしない。

問題の文脈も踏まえて『エキ棋 公民館』で調べても変わらず。google先生も教えてくれないという状況は、漢字検定1級の問題にはよくあることだ

うーん。仕方がない。じゃあ答えを見るか、というタイミングで美月先生のLINEに珍しくクーポン券以外の通知があった。ヴィンセント海馬くんからだ。

海馬 『美月先生、今、どこにいますか?』
美月 『今、ひとりでカフェだよ』
海馬 『ひとり? なるほど』

なるほどって・・・どういう反応。

美月 『ちょうどよかった。あのさ、いま漢字の問題を解いてるんだけどさ、エキキを楽しむのエキキってどんな字を書くか知ってる?』
海馬 『エキキ? ああ、奕棋ですね』


そ く と う ! !


ミルクの入っていない少し冷めたコーヒーに、美月先生の表情をなくした獅子女フェイスが映っていた。

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『ヴィンセント海馬』漢検篇★2★へつづく


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