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バランスをとってる、バランスの悪い不思議な光景 『ポニイテイル』★30★

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オレンジジュースとカフェオレが運ばれてきた。

7月の日差しから隠されるように、マカムラに書いてもらったあどのナノベは、レミ先生に見せられないまま、元友だちのジャマイカクッキーみたいに、机の下で待たされ続けていた。

「先生、今日はずうずうしく電話しちゃってホントごめんなさい」

「わたしね、嬉しかった! 初めてだよ。人から今すぐ会いたい! って感じで電話もらったの。ありがとう。一生忘れないと思う」

「そんな! ウチなんかにメモリー使うのもったいないです。思いっきり忘れちゃってください!」

レミ先生は、ストローを開けて「いただきます」と手を合わせてていねいに言ったあと、カフェオレをチュチュウっと一口吸った。

「友だちとケンカしちゃったんだ。そっちが一番の相談だったり」

「あ、違います。だってヒドいんです。ホントの作家はこんなウマのために文章を書いたりしない的なこというんですよ」

「え? そうなの?」

「作家になりたければ、もっと有名な文学賞に出した方がいいって。それでいつか有名になって、ヨユウができたらこまってる人とか助けられるって」

「うーん、そうかもしれないけど、なんだか、遠回りに思えるね」

「あ、ふうちゃん、そんなことも言ってました。自分は獣医になりたいけれど、獣医になるために勉強することが、なんだかメッチャ遠回りしてるみたいって」

「なるほど」

あどは、レミ先生の真似をしてオレンジジュースをチュチュウと吸ってみた。

「小学生はフツー物語なんて書かないし、自分の好きなことを好きなように勝手に書いちゃダメ、たくさんの人が読んで、感動できるような大きな話じゃないとダメ的なことも言うんです。ウチ、どうしていいかわかんなくなって」

「それはこまったね」

「超こまります! テキトーに……好きな架空動物とか、思いっきりオリャアア! ってつづきを書けばいいって思ってたら、ゼンゼンなんです。原稿用紙に向かうと、ちっとも文章にならなくて。ていうより、文字がまず書けないという……」

「たしか途中まで書けたんだよね? どのくらい書けたの? もし良ければ見させてもらえるかな。今、持ってる、その原稿?」

「タイミングよく、こんなとこにあります!」

鈴原風の誕生日プレゼントにならなかった物語。ユニコーンとやせパンダのアシストで書かれた原稿は、あどのヒザの上から、机の上、そしてレミ先生の手へと移動した。

「わあスゴイ! 読んでいいかな?」

「も、もちろんです。お願いします!」

たったこれだけの距離を原稿が移動しただけで、世界は一転し後戻りはできない。 あー、読まれちゃった。恥ずかしいなぁあ。うれしい気もする。でもやっぱ恥ずかしい……。あれれ? 恥ずかしいが勝ってる。なんで?

たった一歩、ガケから足を踏み出しただけで、人は落っこちて死んじゃう。ほんのちょっと。ホントにちょっとの数センチ。たとえばこのおいしいオレンジジュース。ふざけてこれをいきなり先生にかけたら、すべてがメチャメチャになっちゃう。

さっきの「電話しよう!」っていう気持ちを引っ込めてたら?こんなラッキー、なかったんだよ、どこにも。悲しみの壁の前で、リンリンを見捨てて帰ってたらどんな運命になってたのウチ。この物語を書いたのはあの城だし。じゃあその前の、ユニコーンの角をゲットできなかったら?マカムラッチを尾行しないで帰ってたら今ごろどこで何をしてたのウチは。

記憶はブラックフォールにすむ黒竜のようにどんどんさかのぼる。怖い……。怖いよ。そんなの、一瞬一瞬で運命が決まっちゃうじゃん。ひとつ道を間違えたら、今とそっくり同じ未来はないんだ。

もしかしたらウチ、今までいっぱいチャンス逃してた?

トイレでマンガを読んでる間に。

ぼーっと空想のハナロングロングゾウを想像してる間に。

みんなが勉強してる間に、ウチはずーっと遊んでた。

いろんなことスルーして、逃げまくって。

気づくとレミ先生は原稿を読み終えていた。

「面白いよ! すごい! 読んだことないよ、こんなの」

「あ、ありがとうございます。でも……」

「これ、マカムラくんの字でしょ? 相変わらずすごい字」

「はい! ウチ、ちゃんと字が書けないから」

「このお話、あどちゃんが考えたの? それともマカムラくんと2人で考えたの?」

「ウチです! と言いたいとこですが、考えたのは、ええと、ウチでもマカムラッチでもなくて……ウチは物語を声に出しただけで、マカムラッチはそれをサラサラ書いただけで、考えたのは、信じてもらえるかわからないですけど……コレです」

拾ったあの日から、ずっと持ち歩いている金色の棒を、リュックから取り出してテーブルに置いた。

「あ! それはユニコーンの角!」

「あれ? 何で一発で分かったんですか?」

「わかっちゃうよ。これって、もしかしてホンモノ?」

レミ先生は、写真を4ギガ分くらい撮りたい、キラキラなスマイルで言った。

「よくわかりましたね、ユニコーンの角って」

「この物語に書いてあったもの」

「あ! そうでしたっけ?」

「あまり覚えてない? 書いてあること」

「ええと、ウチ、ユニコーンの背中に乗っていただけなんです。だからウチは全然……作家じゃないです。もう一度書いてみろって言われたら書けないし、実際、続き書けてないですし、ゼンゼン」

「いやいや、これだけ書ければ、立派な作家だよ」

「ダメダメです。ホントに声を出していただけです。それに作家ってことでいうなら……あ、先生、飲みながら聞いて下さいね」

レミ先生はカフェオレに口をつけず、あどに負けない大きな目をクリクリさせて話の続きを待つ。

「ふうちゃんなんてこの話の続き最後までわかっちゃいました。ウチはまったくわかんないのに。あの子が作家になればいいのに」

「続きがわかっちゃったって?」

「ふうちゃんがくわしく教えてくれたんですけど、この物語、そのあとにスケールがナノレベルのオチが待ってるんです。略してナノベ。そして読んだ人の気分はもう、ペコペコのベコベコになるという……」

ハムスタはバンビが語った、1人の受験生しか救えないナノレベルの架空のストーリーを、バンビから聞いたまま、そっくりそのまま語った。ついでに現実派に思い出させてやった、2人で作ったはずの、思い出のハナロングロングゾウの物語も……。

* * *

「すごい! あどちゃん! 超すごい記憶力!」

「すごくないです。それよりホント、ふうちゃんの病気にはこまった」

「病気なの?」

「かなり病んでます。ゼツメツキグシュとかサツショブンのことで頭がいっぱいなんだって」

「あらら! それは大変」

「学校も休んだりしてるんです。塾もサボってるし」

「うーん、何とかしてあげなくちゃ」

「この物語の題名も……ユニコーンはポニイテイルって言ってたんです。言ってたというかそう感じたっていうか。そしたらそのサイトに出会って、そのサイトもポニイテイルって名前だっていう超ミラクルが発生したんです。これはゼッタイ書けってことなのかもって思ったけど、ふうちゃんとケンカしてからはちっとも何も思いつかない……」

「こまったね」

「超こまっちゃいますよねー。最近、こまっちゃうことだらけ」

あどはユニコーンの角をおでこに真っ直ぐのせて、アシカのようにバランスを取り出した。

「あは! 何それ」

「この遊び、最高記録20秒なんですよ!」

「もしかして、あどちゃん今、超こまってる?」

「こまってますよ! だから遊んでるんじゃないですか」

「こまってるから遊んでるの?」

「あの病人は、妄想とか逃避してる場合じゃないって言ってたけど、ウチは角でもつけなきゃ、いろいろ怖くて死んじゃいそう」

レミ先生は「それ貸してくれる? 」と子どもっぽく言った。

「このヘンに乗せるの?」

「え?」

「おっとっと! ケッコーむずかしいね! ほら、数えてて!」

妖精は、金色の角をおでこにのせて、バランスをとった。
栗色のくりくりヘアーがゆれる。あどはカウントしながら、店内を見渡す。
カフェにいるお客さん、店員さん。
全員が角の生えたオルフェを見ていた。
バランスをとってる、バランスの悪い不思議な光景。
物語を読んでいるときに感じるような、夢の中にいるような感じ。

「10、11、12」

12まで数えたところで、金色の角がレミ先生のおでこからパタリと倒れて離れた。

「わわわ、すごいこの角! ええと、あどちゃんは20秒だっけ」

「あ、はい。今朝の記録です。もし20秒いったら——思い切って先生に電話しようって思って」


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ポニイのテイル★30★ ふざけながら進む

みんなのフォトギャラリーから借りたのはTome館長の「ロボ子」です。自分なんだけど自分じゃない感覚。自分が運命に翻弄されてしまっている。どうしてうまく生きられないんだろう。どうしてこうなっちゃったんだろう。

記憶はブラックフォールにすむ黒竜のようにどんどんさかのぼる。怖い……。怖いよ。そんなの、一瞬一瞬で運命が決まっちゃうじゃん。ひとつ道を間違えたら、今とそっくり同じ未来はないんだ。

noteに投稿するとき、少し緊張する。その気持ち。誰かに自分の物語を読んでもらうときの、もう後にはひけない感覚。

ほんのわずか1歩で運命が変わってしまう。

でも逆にいえば、少しの勇気で人生を変えられる。

迷いながらも、一歩一歩。

ユニコーンの角をつけて。今日もふざけながら進もう。

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