最終回:舞鳳の長い長い初日 『あら?!マドリ』★27★
★1★から読む / ★26★へ戻る
舞鳳は布団の中で、さくら子ちゃんにガシッと抱きつかれた。
ふふふ。
こうやって、昔はママと寝たっけ。
「もう中学生になるんだから、一人で寝なさい」と言われた記憶があるから、小学校六年生まで一つの布団で寝ていた気がする。
小学校六年生。ロイくんと同じくらいの歳か。
ロイくんが布団でママに甘えている姿が想像できない。想像できないその強さが、なんだか逆に悲しく思えて、舞鳳は今日何度目かわからない涙を静かに流す。
そして——
右腕がちょっと冷たい。
さくら子ちゃんのよだれでぬれちゃった。
ロイくんは言ってた。
「さくら子は二人だと一瞬で寝るから」
「さくら子ちゃん、いい子だね」
舞鳳はそっと、幼女の頭をなでてあげた。
さくら子ちゃんはきっと、明日もわたしを求めるだろう。
見ず知らずの子と、布団に入って、こうやって頭をなでることになるなんて思わなかった。予期せぬことばかりだ。
明日、わたしはここにいるのかな?
いないとしたら、どこにいるの?
ふつうに、家のお布団か——
あら?!
舞鳳は気づく。
母親に連絡もしないでこんな遅くまで外にいたのは初めてだった。
* * *
タクシーで家に戻るとギリギリ、十二時を過ぎる手前だった。
「ただいま! 遅くなっちゃった。ごめんなさい」
「どこにいたの?!」
「どこって——」
ついさっきまで布団の中にいました——そんなことを言ったら誤解されるに決まってる。どこから説明したらいいのかわからない。
「お風呂、入る?」
「うん」
「あれ? その服、どうしたの?」
「あ、これは——」
この説明にも、ものすごく時間とエネルギーが必要だ。
もう疲れていて、そんな余力はない。
「土曜日に出かけるとか珍しいなって思ってたけど」
「うん」
「楽しかった?」
母親はお風呂の準備をしに浴室へ向かった。
舞鳳はさっそくノートパソコンを開く。
なぜパソコン?
今日、あったことをレポートするのが舞鳳の仕事だから。
70万円ももらっているんだからね。
でも——
どこから書いていいのか、さっぱりわからない!!
浴室から戻ると、母は温かいお茶をいれてくれた。
「熱っ!」
「熱いよって言ったでしょ」
熱いよって言ってないのに、言ったでしょと母は言う。
いつものことだ。
言葉にしてないのに、伝わると思ってるのかな。
ママって——どこのママも、みんなそうなのかな。
「ねぇママ」
「ん? 何」
「わたしが——明日急にママになったらびっくりする?」
ママは即答した。
「びっくりしないよ」
「え? びっくりしないの?」
「嬉しい」
「嬉しい?」
「マドリが誰かのママになれば、その子もそのパパもきっと幸せだよ」
泣かない。もう泣き過ぎだから。
「ママ——今日、いっしょの布団で寝よう」
「やだよ。マドリ、蹴ってくるから」
「蹴らないから」
「ダメ。もうマドリは大人だよ」
舞鳳はしばらく黙る。
遠くで浴槽にお湯が入る音がしている。
ふつうの、何度も繰り返してきた、いつもの土曜日。
ママと舞鳳の、二人だけの土曜日の夜。
「もしわたしがママになるとしたら、パパは、会ったこともない人だけど」
「え? 会ったことないの?」
「うん」
「会ったことないのに、ママになるの?」
「変だよね」
「それは変だね。でも、マドリは昔から変な人が好きでしょ」
「え? そうなの?」
「ちょっと、お布団しいてくるね」
ママは和室へ行った。
二人の暮らしが終わる。
新しい生活が始まる。
ママはもしかして、あっちで泣いているのかもしれないけれど、そんなこと考え始めたら号泣しちゃいそうなので、舞鳳は想像するのをやめた。
それにしても——すごく濃い一日だった。
これを記事にまとめろっていうの?
今日出会った、たくさんの個性的な人たち。
記者って、毎日こんな感じなのかな?
今日出会った、たくさんの先輩ママさん。
ママさんって、毎日あんな気持ちなのかな。
書き終えるまでに、いったい何万字必要なんだろう。
気が遠くなる——
このまま、頭を乗せたまま眠れば、自動的にその日にあったことを書いてくれる。そんな魔法のパソコンがあったらいいのになぁ——
ママさん記者は静かに目を閉じる。
舞鳳の長い長い初日が、ようやく終わった。
(完)
読後📗あなたにプチミラクルが起きますように🙏 定額マガジンの読者も募集中です🚩