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フォトグラファ美南 (後篇)『ヴィンセント海馬』5

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「OK、完成! じゃあ、美南、バンバン撮ってって」

「うん! まかせろ!」

家庭科室の清潔な広いテーブルにヴィンセントが作った制服がひろげられる。女子のブレザー。制服がない学校に通うことになった村上美南。私服だけど、制服を着て来てもいいらしい。

入学早々休んじゃっているフォトグラファ。制服くらいで気持ちがアガるなら——それに制服を作るスキルが現在絶賛アップ中ということで、親友の海馬は迷いなく美南を学校に招いた。

渡辺結と水野先生はほぼ同時に声をあげる。

「うわ、かわいい!」

「ホント、メッチャかわいいですね!」

ボキャ貧の誹りは覚悟の上、かわいいとしかいいようがない。4月。新学期の季節に相応しい、シンプルな深い色のグリーン系のチェック。ところどころに使われている薄いピンクの差し色が綺麗かつ上品。

ただ、1か所、違和感を覚える箇所が。

胸ポケットor学校のエンブレムがありそうなところが空いている。小さなパンケーキくらいの、円形のスペースが残されているのだ。ヴィンセントは気の利くブティックの店員のように、すかさず説明を加えた。

「このエリアには、いろいろな作品をつけます」

「作品?」

「被写体自身の好きなグッズや、被写体本人、あるいはその仲間が作った作品、撮影の日のコンセプトに沿ったブローチなどをここにつけるんです。被写体の気持ちがアがるように。自分たちのクリエイティブさに自信が持てるように」

「へぇ」と頷く美月。

「ただ、残念なのは名前がないんです」と海馬。

「ネーミングが思いつかないらしいんです」と結。

「いいよ名前なんて」と美南。

「名前は大事だよ。名前があって初めて命が宿る」

命が宿る——

なぜか美月は昨日あいさつしてしまったやかんのパドレを思い出す。

「結ちゃん気をつけてね、コイツ、すぐにこういうムズいこというから」

「うん! 気をつける」

「ムズくねぇよ。ていうかこの先、仕事でやるなら、写真に題名をつけるんだから。ネーミングには慣れとけよ」

「そっち系のセンスないからムダだし。ピンチのときは誰かに頼むし」

「あ! そうだ! ここに国語の先生がいるよ!


ん ? わ た し ?


「おお、そっか。美月先生、昨日もキレッキレなこと言ってたしな。六分の恐怖と四分の好奇心だっけ。いっしゅんフツーなんだけど、バランスが絶妙でいいよな」


それは芥川龍之介の・・・


ムチャぶり&ハードルを上げられ慌てる国語教師。

ここはええと・・・時間を稼ぐ一手だ。

「何て言うのかな、もうちょっと、くわしい情報くれる?」

「ここには、たとえば撮影相手がくまのプーさんが好きだって情報をつかんでいたら、それにちなんだものをつけます。ストレートにくまプーのグッズでもいいし、黄と赤の配色のものとか、ハチのピンズでもいいし、ディズニー関連でももちろんOK」

ヴィンセントには見えている光景があるんだろうけれど、美月の脳内スクリーンはピントが合わず結像しない。しっくりこない表情を察したのか、結があわててアシストする。

「あ、先生、これ、美南ちゃんのジャケットなんです。美南ちゃんが学校だけじゃなくて、撮影のときにも着られるなんていうだろう、作業着?」

海馬はさらっと言った。

ユニフォームだろ」

フォトグラファは口を尖らす。

「は? ユニフォームって。サッカーじゃないんだから」

おお! これはもしかして失地回復のチャンス! 渡辺結は海馬をチラ見してから気もち遅めに語り始めた。もちろん嫌味にならないように全力で配慮するのは当然のこと——

「美南ちゃん。制服ってね、英語で言うとユニフォームなんだよ。あ、わたしも最近知ったんだけどね。制服がユニフォームってけっこう意外じゃない?」

「マジで? すげぇ」

うわっ! 

逆に低レベルっぽい会話になったかも!

肩を落とす結の肩越しにヴィンセントが明かす。

「この部分はオレのアイデアじゃなくて、美南のリクエストなんです」

「え?! 海馬くんじゃないんだ」

「この制服のデザインはすべて、天才・美南。オレは言われた通りに作っただけです」

ホンキか冗談かはわからないが、「天才」と言われたのにまるで照れないフォトグラファ美南は、ちょっとカッコよかった。

「別に、あたし的には逆に、学校のカバンにプーさんとかつける系はナシなんだけど、好きな人多いし、その人が頑張って作ったものとか、大事なものを相手が身につけてるとうれしくない? 超リラックスできていい表情になると思うし。ちっちゃな子とか、おばあちゃんとか

「うれしいと思う」

渡辺結は、美南ちゃんが小さな子どもとか高齢者を被写体としてイメージしていることに、当たり前のことかもしれないのに、なぜだかいきなり感動した。

「美南ちゃん、今度、わたしとおじいちゃん、一緒に撮ってよ!」

「おお! うん! あたし、ここにメッチャいろいろつけるから! そして撮りまくるぜ、いい感じの写真を!」

水野美月は村上美南を見て固まる。エネルギーが抑えきれない美南ちゃん。高校生は見慣れているけれど、フォトグラファ美南ほどヴィヴィッドな子は思い浮かばない。というかわたし、高校生のときあんなに元気だった? 

リトル・美月(高1)が心の中から出てきて即答する。


う ん ! 

ぜ ん ぜ ん ま け て な い !


じゃあ、なんで、こんなに元気がなくなった? 

わたしの元気はどこへ行った?

初対面だがすでに打ち解け合っている2人。

「というわけで、先生、このエリアにベストなネーミングないですかね」


美月先生は4年か5年の教師生活のすべてをかけて考えた。


カシャカシャ!


そのテンパってる表情を美南の立派なカメラに収められたとき、ひとつの詩が浮かんだ。もちろんオリジナルじゃない。そんな創作力は自分にはない。

「うん。思いついた!」

「早っ!」と驚くフォトグラファ美南。

「美南ちゃん、わたしも言葉のセンスないんだ。だからね、自分の言葉じゃなくて、人の言葉をいっぱい覚えてきた。すてきな言葉がたくさん残されているの。これは茨木のり子さんて人の詩なんだけどね。もしよかったら、図書館で詩集を借りてみてね」

国語から学ぶことなんてないと思ったけれど、そんなことない。

しっかりやろう。もっとしっかり仕事をしよう。

先生はゆっくりと、お気に入りの詩人のことばを、新学期の自分の気持ちを重ねつつ、よその学校の生徒へていねいに贈った。


大人になってもどぎまぎしたっていいんだな

ぎこちない挨拶 醜く赤くなる

失語症 なめらかでないしぐさ

子どもの悪態にさえ傷ついてしまう

頼りない生牡蠣のような感受性

それらを鍛える必要は少しもなかったのだな


年老いても咲きたての薔薇 柔らかく

外にむかってひらかれるのこそ難しい

あらゆる仕事

すべてのいい仕事の核には

震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・


「わたし『震える弱いアンテナ』がいいと思うな。パラボラアンテナみたいに丸くて。ハートのすぐそばにあって。表現する自信のないみんなの想いをキャッチできる弱いけれど、強いアンテナ。いい仕事ができるかドキドキする気持ちをやわらげてくれる、弱くて震えているけど、頼りになるアンテナ。美南ちゃん、いい仕事ができるといいね」


沈黙。3人とも何も言わない。


今どきの高校生を相手に、あまりにマジな返しをしてしまった。

ドン引きされていたらどうしよう。

こわくて水野先生は顔を上げられない。

どうしよう、この空気。

何か言わないと。

さっそく失語症。なめらかでない美月。その時——

は?

フォトグラファ美南なんかに、ぜんぜん負けていないから! 

水野美月のハートのすぐ近く。

震える弱いアンテナあたりから、くそアクティブなリトル・美月(高1)がいきなり飛び出してきて叫んだ。


わ た し に 

こ の せ い ふ く

き さ せ て よ


そして・・・たった3人の生徒に、全力でフェイバリットな詩を伝えた国語教師は、教室にたくさんの生徒を置き去りにしていることをまたもや忘れているのであった。

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