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物語を読む気なんてキレイさっぱり失せるから 『ポニイテイル』★26★

ハムスタはグローブソファからぴょこりと立ち上がって、バンビが作業していたパソコンの画面をのぞきこんだ。

「学校も休んじゃってさ。いったい何してるの?」

「今日はずっと、ネコを見てた」

鈴原風が見ていたサイトには、2匹の猫の写真が載っていた。

「かわいい! なにこのネコちゃんたち!」

「その子たちは、さくらねこ」

「なにそれ!」

「ほら、ここ。耳先を見て」

「あ! ちょっと欠けてる」

「ここが、さくらの花びらみたいだから、さくらねこ」

「すごい! おもしろっ! こんな……物語みたいなネコがいるの?」

「この子たちは、耳先をちょこんと切ってもらったから――もう殺されなくてすむんだ」

「え? 殺される? 誰に? 何で?」

「人間に。殺処分。犬と猫だけでも1日に……まあ、いいや。調べてみる? 怖いグラフや数字、すぐにいっぱい出てくるよ。あどちゃんは怖いのキライだよね」

「う、うん、大キライ! やめとく」

あどは弾かれたようにパソコンから飛びのいた。

「サクラネコ、サツショブン、ホケンジョ、ペットショップ、ドウブツジッケン、インフルエンザ、カガクヘイキ、ゼツメツキグシュ、シンリンバッサイ、タイキオセン、ジンコウバクハツ、ショクリョウキキ、ジライ、センソウ、テロ、トウチョウ、サツジン、ヤクブツ、ゲンパツ、カクヘイキ、コッカシケン、ジュケン、おまけにフトウコウ……毎日調べてると」

鈴原風の青白い顔が呪われたように青味を増した。

「あどちゃんの言うとおり頭デカくなって動けない。でも調べないのは逃げてる気がして調べちゃう」

「ふうちゃん、だ、大丈夫? ちょっと、怖いんだけど」

鈴原風は立ち上がり、ブラウザの設定のボタンをクリックし、インターネット閲覧履歴を全消去した。

「こういうサイトばっかり見てるとさ、物語を読む気なんてキレイさっぱり失せるから。妄想とか逃避してる場合じゃない。こうしてる今も、どんどん死んじゃってる。たくさんの動物が。しかも動物だけじゃなくて人間も。自分で死んだり、人を殺したり。ただ単に、殺したいから殺した、なんていう殺人鬼もいるんだよ。シリアルキラー」

「だ、大丈夫? 目が怖いよ」

「大丈夫じゃないよ、地球は。こうやってネットで暗い情報ばっかり探しては、1人でイライラして心配して、なのに何もしないあたしみたいなのも、ネットによるとありがちな病気らしい」

「そんなこと言われても、よくわからないよ、ウチには」

「いいよ、あどちゃんはわからなくて」

「ぐはっ! もしかしてバカにしてる?」

「ちがうちがう。でもね、あたし、将来獣医さんになって、こまった動物たちを毎日診てあげて楽しい毎日、なんて思い描けなくなっちゃった。勉強しててもさ、なんだかメッチャ遠回りしてるみたいな気分になって。でもそれはただ、受験勉強が難しくてイヤで逃げてるのかなって気もしてるし、実際逃げてるし。もう……よくわかんない」

あどはグローブソファに戻り、取り戻したユニコーンの角をぎゅっと握る。しかし夢のような物語はちっとも生まれてこない。レエさん……カメラでウチらのこと、見ててくれてるかな。部屋のあちこちに配置されているカメラと、その向うの城主の視線を想う。もしかして今は、レエさんじゃない、知らない誰かがウチらのこと見ているのかな。

神さま。妖精さん。普段だったら言葉になんてしないけど……12歳だ。しかもボッチじゃない。あどの心のたいまつがゆらりゆらりと揺れる。

「ふうちゃんは怒るかもしれないけど……それでいいんじゃない?」

「は?」

「いいんだよ。ウチらは難しいことはスルーしまくって。こんなブースに閉じこもってないでさ、このお城の屋上とかハゲ山のガケとか……もっと空が遠くまで見えるところで、楽しいことをいっぱい考えてればイイんだよ。だってウチらは」

「ダメだよ、現実をスルーしちゃ」

ハムスタの意見にバンビは小さく首をふって反対する。

「あたし、小学生が管理人をやってる犬のしつけのアドバイスをしているサイトを見つけたんだ。その女の子、自分では犬を飼ってないんだけどね、自分はいつか犬を飼いたいと思っていろいろ調べてるから、質問があったら答えますって元気に言ってるの。ほら、このサイト」

風はお気に入りからサイトを呼び出すが、あどはモニタへ目を向けない。

「ほら、こんな感じで、投稿された質問に現実的な解決策を調べて答えまくってるの。うちらがやってた妄想ゴッコなんかじゃなくて。投稿時間からして、この子、学校とか図書館にケータイもってってるね。で、困ってる人のためにいろいろ返信しては、また調べるの繰り返し」

「そんな子、いるんだ」

「この管理人の子ね、どうして犬を飼えないかっていうと、マンションに住んでるらしくて、ペットは禁止じゃないけど気を遣うから。でも中学受験に合格したら犬を飼ってもらえる約束なんだって。ただ、ちょっと勉強ヤバいみたいでどうしようってあせってる。そりゃ勉強時間ないよね、ずっと、ホントにずっと答えてるんだもん、困っているみんなの質問に。そして調べたことはぜんぶパソコンにまとめてアップして。1日も欠かさず、ずっと、ずっと。こういうの見てると、小学生だからとか受験があるからとか言って何もしない自分がサイアクに思えるの。完全に病気。学校も休んじゃうくらい」

「うん。それは、病気だね」

「え?」

あどはユニコーンの角を額に当てて、リンリンに尋ねた。

「おぬしは、そのヤマイを、治ると考えておるのか?」

「ふざけてるの? それにユニコーンっておじいちゃんじゃないんでしょ」

「ウチはいつだって、ふざけてる。ふざけバージョンオンリー」

あどはうるんだ声で宣言した。

「角とかつけてふざけまくるしかないの。友だちがこまってるときも、ふざけまくってなんとかするのがウチだよ。ちっとも喜んでもらえない、ヘンな物語しかプレゼントできないカスだけど」

「あどちゃん……」

「ほら、ふうちゃん、こっち!」

「え? あっ……うん!」

「これはもう、ひさびさに、泣いちゃおう!」

グローブソファに親友を誘って、ぴったり体をくっつけて並んで座った。

ちょっとの間だけど、手をしっかりつないだまま、2人でいっしょにただひたすらがんばって泣いた。嫌なこと、悲しいこと、寂しいこと。わざとまとめて一気に全部考えて泣きまくる、2人だけの秘密の儀式だ。

5分? 10分?

泣くのはもうイイと思って顔をあげたら、そのタイミングが2人ともぴったり同時で、それがツボでしばらく笑いが止まらなくて、ユニコーンの角を取り合いお互いを叩きまくった。

「ひぃぃいい、もう叩かないで!」

「わかったよ。はあー!もう疲れた。ていうかふうちゃん、いまさらだけど、どうしてこの部屋にグローブのソファ?」

あどは固過ぎるソファをバンバンとグーの手で叩く。

「あ、これ? これはね、パパが買ったソファ。アメリカの野球の大ファンで、サンフランシスコから取り寄せたって自慢してた」

社長の娘はユニコーンの角をバットのようにして構える。

「あたしが小さなときに、海を越えてやって来たの。メッチャ古い、おじいちゃんソファ」

「そっか、ふうちゃんのパパは野球が好きなんだ」

「毎日のように飛行機に乗って、あんなに働きまくってるけど、メジャーリーグだけはチェックしてる。ヒマなんてないはずなのに球場にも行っちゃうんだよ。ほら、これ見てよ」

お嬢様は受信したばかりの画像を親友に見せる。

「ボストンの球場だってさ。グリーンモンスターだって。何だろ」

「でもふうちゃんのパパ、すごいよ。お仕事上手なんだね、こんな図書館を建てられちゃうんだもん」

「すごいのかな」

「すごいよ! どうやったら大金持ちになれるの? こんな図書館建てられちゃう人、フツー、あんまいないでしょ?」

「わかんない。でもたぶん――」

「たぶん?」

「仕事が超好きなんだと思う。あのキラキラっていうかギラギラな感じ、ヘンだもん。もうね、いつでも世界中飛び回ってるんだよ」

「隕石ハンタみたい」

「そうそう! 隕石ハンタのこと、パパにメールで聞いたらさ、友だちに隕石ハンタいるんだってさ!」

「マジか!」

「そんなの当たり前じゃん、知らないの? って感じで知ってたよ。仕事関係で何人か付き合ってるんだって、ハンタたちと」

「こわっ! ふうちゃんのパパって、何の仕事やってるの?」

「ベンチャーなんとかっていう、なんかね、誰もやってない新しいことをやろうとしてる変人とか、大天才とか、発明家とかスポーツ選手や芸術家を応援しまくる仕事らしい」

「ひやぁ! おもしろそう! そんな仕事あるんだ!」

「パパがつまらなそうにしてるとこ、1日も見たことないよ。生まれてから一度も。さっきもなんか野球のヘンなサイト立ち上げたとかURL送って来たし。世界中の人と盛り上がってる」

「もしかして、英語しゃべれるの?」

「あの人ヤバいから。いちいち何語とか分けてないよ! ぜんぶ混ぜ混ぜで世界中の誰ともヘーキな顔して話してる」

「へぇ、会ってみたいなー」

「この写真もたぶん、そのサイトにアップするためだよ。あ、そうだ、ヘンなサイトといえばさ、絶滅危惧種を調べてたらね、あどちゃんにそっくりのサイトを見つけたんだよ」

「ウチにそっくりのサイト? どんなの?」

「それがウケるの。たしかどっかに保存したよ。ええと……たしか、ポニイテイル」


ポニイテイル★27★へつづく

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ポニイのテイル★26★ 誰にとっても未知の時代

本日のTOPのイラストは、Tome館長の『どうする?』です。クリックするとジャンプできるので、ぜひご覧ください。すばらしい作品ばかりです。女の子2人が互いに秘めていた想いをぶつけ合うという今回の回にぴったりに思えて、みんなのギャラリーからお借りしました。

「パパがつまらなそうにしてるとこ、1日も見たことないよ」なんて言われているパパってどのくらいいるのかな?  ぜんぶ混ぜ混ぜで世界中の誰ともヘーキな顔して話したいものです。

子どもたちと仕事で接していると、ネットが文字通り当たり前になった世界とどう向き合うか、その深刻さと希望を、混ぜ混ぜで感じます。

大人も初体験の世界。誰にとっても未知の時代。

スパンが短く、日々更新されていく。どんどん、どんどん。

スルーしないつもりなら、心が折れないようにユニコーンの角をつけてしなやかにその中を生きる。時には大切な人を背中に乗せて。時には大切な人の背中に乗って。そんなことを思った『ポニイテイル★26★』でした。

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