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よしなに(カセットテープ/小鳥美術館)

不便なものが好きだ。
なぜなら、僕はとろいから。
便利なものには、急かされるから。

朝、余裕があるときはスコーンを焼く。
ホットケーキミックス、バター、牛乳で作る、ものぐさスコーン。

焼く時間も含めて、大体1時間くらいかかる。結構かかる。
でも、焼き立てのスコーンを2つに割る瞬間が好きだから、
休日になる度に、僕は世話の焼けるスコーンを焼いている。

切り分けたスコーンの生地をオーブンレンジに入れてから、
10年以上の付き合いになるラジカセの再生ボタンを押す。
このラジカセには、CDはもちろん、
MDと、カセットテープの再生ボタンもある。
僕は、カセットテープの再生ボタンを押す。

カセットテープ。
物の名前でもあるし、曲の名前でもある。

「トマデジ VOL.3」

このテープは、
何年か前に、とあるレコードショップで見つけたものだ。

レコードが所狭しと並んでいる中、
小さな平台に、カセットテープが4つだけ置かれていた。
パッケージを次々にひっくり返してみると、
1つだけ、僕の知っているミュージシャンの名前があった。

小鳥美術館。

小鳥美術館は、車内のラジオで偶然耳にして、
以来ずっと気になっていたミュージシャンだった。

そのテープのB面に収録されている曲は、
1.カセットテープ
2.おばけ

カセットテープで「カセットテープ」が聴けるなんて、
こんなに、うれしいことはないな。

僕は、すぐに買うことを決めた。

カセットテープは、CDとは違う。
CDは、聴きたい曲をすぐに指定できるけど、
テープは、早送りしたり後送りしたりして、ようやく見つけ出す。
今は、CDよりもっと便利なものもある時代だ。

このテープには、
mp3版がダウンロードできるシリアルコードも付いていたけど、
僕は、テープの方ばかり聴いている。

「面倒だ」
「手間だ」
そんな風に、思うかな。

でもね。
カセットテープの「カセットテープ」は、
忙しない日々も、忙しない日々に付いていけない僕も、
全部、受け入れてくれるから。

だから僕にとって、
A面をひっくり返しては、B面をひっくり返すのは、おっくうじゃないんだ。
おっくうなことなんて、何もないんだ。

やがてB面も終わり、
時を同じくして、スコーンが焼き上がる。
少し甘くて香ばしい匂いに、僕の頬は緩む。

面倒は臭いらしいけど、たまにはいい匂いもするんだよ。

このエッセイも、手間がスパイス。
どうぞ、召し上がれ。

カセットテープ(「トマデジ VOL.3」収録)/小鳥美術館(2016年)

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