あふれる(LookAround/no11room)

――もしもし。
どこからともなく、声がした。
――はい。
僕も、どこへともなく返事をしてみる。

―もう少しですね。
声は、言う。
――何がでしょう。
僕は、首をひねる。
――わからなくても、けっこうです。
僕は、ますます首をひねる。

――あなたは、だれですか。
僕の方からも、訊ねてみる。
――それも、もう少しです。
声は、まるで夢を見ているようだった。

――きっと、みちがえるように、
そこで、ふいに声が途切れた。
――どうしました。
あわてて、声に声をかける。
けれど、返事とおぼしき返事は一向に聴こえない。

――……。
僕は、自分が何をしていたのか、思い出そうとした。
声と話をして、その前は声が聴こえて、さらにその前は――。
もう、思い出せなかった。

僕は、目を閉じてみた。
何も思い出せないときは、目も閉じてみるといいと、教わったからだ。
だれに教わったのかは、思い出せないけど。

でも、その人がどうしてそう言ったのかは、わかった気がした。

「   」

形は無いけど、声がした。

遠くの方で、鳥が鳴いている。
朝が近いことを、知らせている。

目を閉じたから、気付いたこと。

風も、静かに動いている。
空気が、弦となっている。
風は、弓となっている。
風が、空気の一つ一つを磨き上げている。

それは、ふりつもっていた眠気を、そっと崩していくようで。

ああ、そうか。
僕は、こんなところに埋もれていたのか。
そろそろ、起きなきゃ。

――……。
体を起こすと、くしゃみが出た。
2回、3回と。
自分には、
声だけじゃなく、
体もちゃんとあることがわかる。

目も覚めている。
けれど、冷めない余韻が残っている。

夢うつつ。
夢と現。
違いは、どこにある?

息を吸う。
吐く。
吸う。
吐く。
また、目を閉じる。

夢の中で、見えるもの。
現実の中で、見えるもの。

僕は、その全てを、この目に収めている。

それは、
あたたかくて、
懐かしくて、
少しだけ、悲しくて。

夢も現も、
夢の僕も現の僕も、
夢の思い出を吸い込み、吐き出し。
現の思い出を吐き出し、吸い込み。
やがて、
とりどりの花を咲かせていく。
次々に。次々に。

ああ。

あふれるようだ。

ああ、ああ。

見えている思い出も、見えていない思い出も、
これから見ることになる思い出も、
全て、ここにある。

「Look Around」

ふり返れば、すぐそこにあるもの。

LookAround(「ストーリーテラー」収録)/no11room

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