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怒り

嬉しいとか
悲しいとか
楽しいとか

生きてると
色んな感情が湧いてくるけど

どういうわけか「怒り」だけは
「ダメな感情」という
変な思い込みがあるんだな。

「怒ってはダメだ」という
変な思い込みがあるんだな。

「冷静な対応をしなければならない」
「短気は損気」
「できる大人は怒らない」
「アンガーマネジメントだ」
「切れたら終わり」

まあ
色んな言葉があるよね
「怒り」を制限するための
沢山のキーワードが。

だから
世の常識として
共通認識として
「怒り」だけは
どこか
不要なものとして扱われ
ダメなものとして扱われ

誰もが内側に押し殺し
抑圧し
無いものとし
顔は笑っているけど
心は本当は苦しい。

そうやって生きてるんじゃないかと思うんだ。

いつからだろうね
喜怒哀楽の「怒」の字だけが悪ものになったのは。

いつからだろうね
喜びや
楽しさは「○」だけど
怒りだけは「×」になったのは。

別に怒ってもいいと思うんだな
ぼくは。

それを
相手にぶつけるとか
暴力をふるうとか
誰かを傷つけるとか
そういうことではなく

「怒り」という感情が
自分の中に湧いてきたなら
それをみなかったことにする必要はないと思うんだ。

成長するに従い
集団生活の中で
いつからかこの「怒り」だけが
悪ものにされ
不要なものとされ
それを出す出さないは別として
怒りという感情そのものが
不要なものとして扱わるようになった。

でもね
そうじゃないと思うんだ
別に怒ってもいいと思うんだ。

自分の中で
「怒り」が湧いてきたのなら

「ああ、そうか
自分は今怒ってるんだな
自分は今怒りたいんだな」

そうやって
湧いてきた感情の存在は認めてやっても
いいと思うんだ。

だってそれ
自分と向き合うときだからね

自分と向き合うべきタイミングだからね
そういうサインだからね。





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