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「SeekSeek」撮影を終えて

朝日が差し込み、水面がキラキラと光っている。12月の海は想像を遥かに超えて冷たく、足を浸しただけでも悲鳴をあげてしまう。そんな僕の目の前では一人の人間がびしょ濡れになりながら、全身を動かし、水飛沫をあげていた。

北海道出身とはいえ、関東でも冬は寒いと感じる。12月下旬、早朝。僕は神奈川県横浜市にある「海の公園」という横浜で唯一海水浴場を持つ公園でMVの撮影を行っていた。

撮影の話があがったのは11月の終わり。桜川ゆいはさんから「今、曲を作っていてMVを作るのを手伝ってほしい」というLINEが来た。ゆいはさんとは同じ大学に通っており、友人の紹介で何度か顔を合わせたことがあった。僕は映像や写真、彼は音楽をやっているということをお互いなんとなく知っていた。LINEで歌詞とともにデモ音源が送られてきた。曲や映像のコンセプトを聞くと、かなり詳細に詰められていて彼なりの熱量を強く感じた。ただの大学生である僕には時間だけはある。すぐに承諾した。

二人で密に話し合いながら撮影の準備を進めた。この映像でとにかく強く訴えたかったのは一人の人間の痛々しさや理想の自分になりきれないことへの辛さであった。

今回のMVはヤンサンの企画に投稿するためのものだった。ヤンサンから課せられたことは「あなたの住んでいる町や場所や土地にまつわる物語」を表現するということ。そして「大枠の物語が音を立てて崩れていっているこのコロナ禍の下、この作品創りを通して、もう一度自分の住む土地や、自分の人生を足元から感じ直して、新しい時代へ向かうためのコンパスのようなものになってくれればいいなと願っています」というのがヤンサンからのメッセージであった。

ヤンサンからのメッセージを受け取って、今回求められているのは「物語の再構築」だと感じた。ゆいはさんが表現しようとしたことは、キョロ充(リア充ぶってキョロキョロと相手の動向をうかがう人間)だったころの自分。そして、そこを経て出来上がった今の自分。つまり映像で表現したいことは基本的に過去の物語。過ぎ去った物語なのだ。その物語を再構築し表現するための映像を作る必要があった。

過去や記憶・思い出は必ず過ごした場所とリンクする。ゆいはさんが選んだ場所は大学からもほど近い「海の公園」だった。その場所を彼自身の足でもう一度踏みしめた上で過去の物語を再構築するべきだと考えた。その上で、モデルを使って撮影するかどうか迷ったが、本人に主役を務めてもらうことで小さな想いも忠実に再現することを目指した。

曲が送られてきてから数日でコンテが完成した。歌詞がしっかり作り込まれていることと彼のコンセプトへのこだわりから、すぐに撮るべき映像が頭に浮かんできた。

最初に浮かんだのが一番衝撃的な海に飛び込むシーン。笑
迫力のあるシーンを撮りたいと思ったということもあるけれど、僕の頭の中にはもがきながらも徐々に笑顔になっていくゆいはさんの顔が浮かんだ。この「SeekSeek」という曲は名前の通り「seekー探す」という意味で、自分を探してるといった感じなのだが、「シクシク」という意味もあって「泣きながら」という意味が付け足されている(ゆいはさんおっしゃれ〜!)
泣きながら自分を探していたのは過去で、そこからの今がある。その転機を海に飛び込むシーンで表現したかったのだ。歌詞も、上手くいかずもがくような内容が続くが、終盤は「人生なんてそんなものさ上手くいかないのが常さしょうがないしょうがないつぶやいてまだ見ぬ君を探してるよ」と過去を乗り越えた自分が表現されている。海に入り、もがき、そして最後はどうでもよくなり笑顔になっている。彼の人生をそのように表現したかった。

そんなわけで冒頭の文章に戻る。12月の神奈川の海は本当に冷たく、一度足だけでも入ってしまえば、うめき声以外あげられないような状況だった。そんな中、ゆいはさんにはかなり体を張ってもらった。指示もなかなか上手く出せず、何テイクも撮り直した。特にこだわりたかったのが、最後の海から上がってくるシーン。最後に映像を水面のキラキラに持っていきたくていろんな画角で試行錯誤した。この曲はネガティブなようで実はポジティブ。最後は希望を持たせて終わりたかったので、そのキラキラにはどうしてもこだわりたかった。

この映像に関しては手を抜いた箇所など一箇所もないので、こだわった箇所を書こうとすれば「全て」になってしまのだが、特筆しておくべき「こだわり箇所」だけは紹介させてほしい。

まず、服装。とにかく中途半端にしたかった。「思想への意識は高いけれど服装には気を配りきれていない」感じを表現したくて、青のザク編みニットを選んだ。さらにサイズ感も少しぴったりめにした。ニットのしたは、就活用か?といった感じのパキパキの白シャツに。ズボンは、謎に少しフォーマル目のグレーのスラックス。いい感じにダサくできたと思う。

次に、主人公の彼が読んでいる本たち。基本的に意識高め(僕の主観)の本を集めた。映像に使われたものは僕が実際に持っていたもの。株式会社GO代表の三浦さんの著書、落合陽一さん、自己啓発本界隈では外せない「嫌われる勇気」、本当は前田裕二さんの「メモの魔力」も入れようと思ったが見当たらなかった。これらは文系大学生なら読んだことがある、もしくは知っている本だと思う。どれも良著だが、読むだけでは何の意味もなさない本である。読んだだけで自分は賢いと勘違いしてしまいがちな本だと思っている。僕も読んだだけで賢くなった気でいた。今回の作品にぴったりだと思ったのでこだわって選んだ。

最後に、飲み会のシーン。とにかくキョロ充を意識した。コールについていけない主人公(一気飲みしているのは麦茶)、みんなが歌う今人気の曲についていけない主人公(実際に流しているのは「サライ」だけど笑)、聞かれてもいないのに本から学んだことを自分の主張のように語って女子を気まずくさせている主人公(「付け焼き刃のハウツー」です)
これらを上手く表現するためにたくさんの工夫をした。女子の演技力には指示を出した僕自身驚いてしまった。笑

そんなわけで完成した曲がニコニコで公開された。
これは桜川ゆいはの曲で彼の物語だ。
けれど、誰しもが自分の曲に思えてしまう。誰しもが自分の物語に思えてしまう。そんな映像になっていれば幸いだ。
僕もこの曲が送られてきたときにそう感じた一人だ。自分たちが抱えてきた葛藤に正面から向き合い音楽として昇華した桜川ゆいはさんにビックリスペクト。

また、撮影をたくさんの友達に手伝ってもらった。おかげでいい作品が作れました。本当にありがとう。

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