私の幼少期 2 私の母とは

昨日、私の母の人生のダイジェストを書いた。

今日はそんな母は僕にどんな教育をしてきたのか、誰も興味がないと思うが書いていきたいと思う。

母は感情的で、時に合理的で、物事の本質を尊重する生き方をしている。

今でも飽くなき探究心で日々お金を稼いでいるが、無駄遣いはしない。尊敬である。

私の子供時代はとても、とても感情的な子であった。

いつか書くことになるが、我が父は良い意味でも悪い意味でも父親らしくない。父は私に怒ったことがない、それは兄に対して強く当たりすぎたという反省からなのだが、父という恐怖対象を失った子供は怖い。 

どこまでも我が儘になってしまうのだ。

とても感情的だった子供の時の私は、自分の都合の悪いことがあるとキレた。

TPO関係無くキレた。キレまくった。生まれた時から中学三年生まで反抗期であったと周りは言う。自分でも思い出しては凄かったなぁ、と思う。

そんな私に対して母は、威厳のない父、大人しい兄、というパーティーで私の教育に挑むことになる。メンツとしては最悪だ、何をしている我が家の男性陣。

母の教育はシンプルだった。自分が恐怖対象になり、子を制する。

母はどうしたか。これもまたシンプルである。

私の感情任せの怒りに同じエネルギーの怒りをぶつけてくるのである。

凄い。子供というのは電池が切れるまでキレ続けるものなのだが、母のそのパワーは子供の私を凌駕していた。

いつしかこの人には敵わない、と中学三年生で一応15年間の反抗期は終わる。

しかし母は本質的なことをあくまで重んじた。何にでもキレ返していたわけではない。

しっかりと子の意見を聞き、自分の誤りは認めた。

これはきっと多くの大人はできていないのではないかと思う。

このことについては次の記事で書くことにしようと思う。題名「子供が語る教育」子供といってももう私も18歳だが。周りではもう親になっている人もいる。すげぇ。素直に尊敬だ。

ごちゃごちゃと語ってきたが、結論は、母、凄い。その一言に尽きる。

私の子供が私のような子であったらと考えるだけでゾッとする。

母は、偉大だ。

阿俊 2/10

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1

あじゅん

自分のこと

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。