「ババヤガ」『ジョン・ウィック』:創作のためのボキャブラ講義33

本日のテーマ

題材

「奴は以前、我々の仲間だった。別名は……ババヤガ
「ブギーマンか?」
「いやジョンがブギーマンだったわけではない。ブギーマンを殺す仕事を請け負ったのが、あのジョンだったのだ」

(本編24分ごろ)

意味

ババヤガ
 スラヴ民話に登場する魔女。複数の作品に登場するが、ここではより観念的に、悪い子どもを連れ去る恐怖の存在として持ち出されている。


解説

作品解説

 妻を病気で失ったジョン・ウィックの元に届けられたのは、病床の妻が自身の亡き後を思い送った子犬だった。最愛の人を亡くした悲しみは子犬によって癒やされると思った矢先、彼の乗っていた珍しい愛車に目をつけたロシアンマフィアのボンボン息子、ヨセフが車を盗むために彼の家に侵入。彼は暴行を受け、子犬も殺害されてしまう。

 珍しい車を手に意気揚々と行きつけの整備工場へ向かったヨセフ。だが車を見てすぐジョンのものだと気づいた工場の主オーレリオは激怒、ナンバーの付替えなどのヨセフの要求を拒否し、あまつさえ殴り飛ばした。ヨセフの父ヴィゴはNYを支配するロシアンマフィアのトップであり、オーレリオとも関わり合いがあった。ヴィゴがオーレリオに息子を殴った理由を聞くと、彼はただ一言答える。「やつはジョン・ウィックの車を盗みました」。ヴィゴはそれだけきくと、オーレリオを罰することもせず、静かに目を閉じる。

 侮っていた相手が実はとんでもないやつだった、という筋の映画は多い。ホームセンターのおっちゃんが凄腕のヒットマンだったり、盗みに入った家の主の盲目の老人に返り討ちにされたり、襲った現金輸送車からステイサムが出てきたり……。本作は一度引退した伝説の殺し屋の大切なものを踏みにじったために、組織が壊滅する大変な状況になる話である。

 今回取り上げるのは映画冒頭。ヴィゴがオーレリオから事情を聞いたあとのことである。車泥棒自体は別に咎めないヴィゴもまあ大概ではあるのだが、たしかにこの状況で重要なのは車泥棒自体ではなく、盗んだ相手だ。

ブギーマン

 本作は相対するのがロシアンマフィアということもあり、随所にロシア語での会話が入る。各国配給会社が用意するものではない、作中の雰囲気を意識して配された字幕が入るので理解は困らないだろう。まあ吹き替えだと英語もロシア語も全部日本語で話しちゃうのでヴィゴの隣りにいる秘書がたびたび「ロシア語はわからないんです!」と繰り返すギャグが若干おかしくなるのだが。

 ともあれ、ババヤガはスラヴ民話に登場する魔女である。日本で言うなら鬼婆。親が子どもをしつける際、悪い子を連れて行ってしまう怖い存在として引き合いに出すものだ。登場する民話によってその性質をやや変えるが、ここではその総称、ざっくりとした概念としてのババヤガと思っていいだろう。

 スラヴ圏はざっくりとロシアからウクライナ、東欧あたりなのでヴィゴはババヤガと表現したが、おそらくヨセフはアメリカ育ちだったのだろう。同様の存在であるブギーマンに置き換えて理解している。

 ブギーマンはアメリカにおけるババヤガのようなもので、やはりしつけなどにも用いられる。ジョン・カーペンターのホラー映画『ハロウィン』シリーズに登場するサイコキラーもブギーマンと呼ばれている。ババヤガ以上に創作のネタになる存在がブギーマンであり、日本でも『ブギーポップは笑わない』シリーズのネタ元だったり、『ぼぎわんが、来る』に登場する怪異ぼぎわんも発想元と言われている。

異名が移る

 ちなみにヨセフの台詞、映画で聞くと少し違和感があろうだろう。文章に起こすとヴィゴのババヤガという発言を、理解しやすいようブギーマンに置き換えたように聞こえる。「ババヤガ? ああブギーマンのことか」という具合に。

 しかし映画でヨセフの発言を聞くと、ここで言う「ブギーマン」はより具体的な何かを想定しているようだ。「ブギーマン? あの伝説の? あいつが?」という様子。ヴィゴのその後の発言を見るに、どうやらブギーマンと呼ばれる人物がいて、ジョンがその殺しを仕事として請け負ったようだ。

 これは『コンセクエンス』を見た後でシリーズを今一度見直していて気づいたのだが、おそらくジョンが引退のために請け負った仕事がブギーマン殺しだったのだろう。実はこの引退を掛けた仕事についてはほとんど作中で言及されず、強いて言えばチャプター2でジョンが再び仕事をする羽目になった原因として、仕事を成功させるためサンティーノというイタリアンマフィアの手を借りたことくらいである。

 ただおそらく、ヴィゴの発言からして元々優秀な殺し屋だったジョン・ウィは、ブギーマンを殺したことで彼もまたブギーマンと呼ばれるようになったのだろう。そして彼がロシアンマフィアの仲間として仕事をしたことから、ブギーマンとの差別化もあってスラヴ民話から類似の存在であるババヤガが取られた、と。

 作中ではそもそもあまり重視されない異名だが、深堀りしてみるとジョンの過去の功績と経歴がほの見えてくる面白い設定だ。

作品情報

『ジョン・ウィック』(2014年製作)


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