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美しき3年間の終幕

コロナ禍を振り返ると私は精神的にひとりぼっちだったように思います。

周りに多くの人がいたのにも関わらず、私は自分に自信がもてず、ただただ孤独を感じていました。


3年前、コロナがすべてを奪っていきました。

当時私は、大学でサークルを立ち上げたり、外のスクールに参加したりと大学生活を楽しんでいたように思います。小さいながらも対面でイベントを運営したりしながら少しずつ大きくしていこうとしていた矢先、コロナウイルスの感染拡大によって全てのイベントが中止を余儀なくされました。とても悔しかったことを覚えています。

そうしたとき、私は「対面がダメならオンラインにしよう。オンラインなら高知(私の住んでいるところ)に限る必要はない、全国規模のコミュニティをつくるんだ!」と意気込んでいました。

そうしてまず初めに立ったのが「オンラインゼミ掲示板」です。私の活動をある程度知っている方でもこのコミュニティを知っている人はなかなかいないのではないかと思います。

オンラインゼミ掲示板は、600人を超える規模の自主ゼミを募集するための学術コミュニティでした。当時のオンラインコミュニティの中ではかなり大きな方だったのではないかと思います。(現在は活動停止)

オンラインゼミ掲示板を運営しながらもともと対面で活動していた大学のサークルも細々と運営していました。こちらはもしかしたら知っている方も多いかもしれません。「高知自主ゼミ栽培サークルCEED(通称、CEED)」です。

もともと対面のイベントを運営していたのですが、オンラインでもしようということで、その年の夏に「CEED第1回オンラインセミナー」を開催しました。この当時は、数学・物理学の講演が中心でしたがそれでも多くの方が参加してくださいました。

ちょうどそれと同じ時期に、現在東京大学におられる私の師、田島裕之先生のアウトリーチ活動を手伝っていました。そのなかで、「こういう研究テーマがあるんだけど挑戦してみませんか?」と言っていただき研究もスタートさせました。

少し後になって、高知大のCEEDを中心に、富山大学、名古屋大学の自主ゼミをしているサークルの運営の方に声をかけ自主ゼミや学術的交流をメインにするためのDiscordサーバー「統合型ゼミコミュニティ(後の統合ゼミコミュニティ)」を立ち上げました。

これらの活動は少しずつですが進んでいき、年が明ける頃にはきちんと外に出せるレベルになっていたと思います。ただ、心の中に孤独をずっと感じていました。もちろん周りには一緒に活動してくれたり、応援してくれる方が数多くいました。それでも私は精神的に孤独を感じていました。何が原因だったのでしょう。このときは、わかりませんでした。

寒さもなくなってきて、春になりました。この時期になると、これまで紹介した活動が正真正銘全国規模と言えるようになっていたと思います。

ちょうどこの頃、私は私のことを理解してくれるパートナーを見つけました。ここまで孤独は少しずつ晴れていきます。

パートナーは、恋人としてはもちろんですが一緒に活動する相手としてもベストパートナーでした。私の活動を知っている人なら誰でも納得できることだと思いますが、この時期からの活動の加速具合をかなりのものでした。

ああ、気があう人、理解してくれる人と一緒にいるというのはこのようにも良い影響を与えてくれるんだと感じました。

そして、1年後にはCEEDの参加者は累計500人を超え、イベントのハッシュタグもトレンドに入るレベルになっていました。統合ゼミコミュニティに関しても、参加人数が600人を超え、毎日のように20人近い方が同時にどこかしらのボイスチャンネルで談笑するという環境ができていました。

外から見たらもう大成功以外の何者でもありません。私自身もこれはすごいぞ!と思っていました。これぐらいになってくると周りの方から称賛されるようになります。しかし、その称賛に対して心の中で「私はそんなことない、そのように大した人間ではないんだ」と卑下しているところがありました。

最後の1年は、苦しみという言葉が似合う一年だったのかもしれません。

学部最後の年ということもあり、いろんなことが大変だったのを覚えています。

パートナーも同じ学年でしたので、お互いいろいろなものに追われた一年でした。お互い自分の意思をしっかり持っている人間だからこそかなり衝突しました。そうして、パートナーは私の活動からいくつか手を引くことになりました。私自身も他の運営の方との方向性の不一致からほとんどなにもできなくなっていきました。あんなに盛り上がっていたコミュニティも少しずつ衰退していき、けど何もできない自分に嫌気がさしていました。そして、また、孤独を感じるようになって行くのでした。

時を飛ばし、2023年5月8日、少しずつずれてきたパートナーとの気持ちのズレが原因で別れることになりました。5月8日、コロナが5類感染症になる日。私にとってこの別れは、とても大きな意味を持っていました。

私のコロナ時代の全ての活動はパートナーに支えられたからのこそのものでした。

パートナーに私のどこがいいのか?という質問を投げかけたことがあります。すると、

一生懸命なところ

といつも返してくれました。「一生懸命なんて誰にでもできる、それだけじゃ、自分に自信が持てない」とずって否定していたような気がします。自分を認めることができないという性格はパートナーにも向いていたんだなと思います。

自分を認めない、卑下し続けるという性格が一番大切に思っていたパートナーを傷つけ続けました。これに気づいたのは、別れた後です。

これがわかった途端、私の周りには数え切れないほど多くの方がいたことに気がつきました。私の3年間は多くの人に応援されて、支えられてきた日々だったということを改めて再認識しました。私は自分を卑下するあまりそういった人たちの存在をどこか見失っていたのかもしれません。

もう私は、精神的にひとりぼっちではありません。

ただ、「ただいま」の声が2LDKの部屋に響き渡りそのまま消音される。「おかえり」が返ってこない寂しさにはもうすこしなれる必要がありそうです。


コロナが5類感染症に移行したその日、私はスタートに立つことができました。

これまでの2年間には、私には一番身近で支えてくれるパートナーがいました。これからの2年間には、いません。

ただこれは一つの挑戦だと思っています。パートナーがいたからここまで私は来ることができました。これからの2年間は1人で、そして、周りの応援してくれる人たちとともに歩んでいこうと思います。

これまでありがとうございました。

これからのあなたの人生に幸が溢れることを心からお祈りしています。

そして、2年後に胸を張って「自分は一生懸命に生きてきた」と伝えられる人間になりたいと思います。

美しき3年間にさようなら。

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この文章は、「#いまコロナ禍の大学生は語る」企画に参加しています。
この企画は、2020年4月から2023年3月の間に大学生生活を経験した人びとが、「私にとっての『コロナ時代』と『大学生時代』」というテーマで自由に文章を書くものです。
企画詳細はこちら:https://note.com/gate_blue/n/n5133f739e708
あるいは、https://docs.google.com/document/d/1KVj7pA6xdy3dbi0XrLqfuxvezWXPg72DGNrzBqwZmWI/edit
ぜひ、皆さまもnoteをお寄せください。

また、これらの文章をもとにしたオンラインイベントも5月21日(日)に開催予定です。
イベント詳細はtwitterアカウント( @st_of_covid をご確認ください )
ご都合のつく方は、ぜひご参加ください。
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