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「君の心に、誰の言葉も響いていない。だからひとりになりなさい。」

やさしさ、とはなんだろう。今までたくさん人にやさしくしてもらったと思うが、今回はその中でもとっておきのやさしいそしてちょっぴり辛い出来事をシェアしたい。やさしいに辛いは結びつくの?と疑問をもたれる方もいるかもしれないが、結びつくことはある。

今回のポストは、へこたれた私に、ピリッと辛い、そして包み込むような暖かさをくれたやさしいあなたへ。

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遡れば2年前の2018年6月。私は大学生をやめるかやめないかで迷っていた。当時私は20才。自分が計画していたようにならず、どこに進めばいいか分からなくなってしまっていた時期だ。あまりにも理想的で、でも自分の心に素直な私はガラガラと音を立てて崩れていく自分の将来像に毎日声を押し殺して泣いていた。

ちなみに、その年の初めに書いた前の歳の振り返りとその歳の目標を書いたFacebookの投稿がこちら。

【2017年振り返り】
facebookがご丁寧に去年私が2016年を振り返った記事をリマインドしてくれたので、今年も暇なのでやってみようと思います。
1月 『OIL』観てたらいつの間にか年越し。
   念願の役者決定。稽古に励む。
2月 演劇。他の記憶なし。
3月 オーディション。
   春セメは演出をやることが決定。
   なんだかモヤモヤしながら先輩を送り出す。
4月 後輩ができる。
5月 記憶なし。多分演劇。
6月 声がなくなる。
   外部への客演が決定する。
7月 『傷は浅いぞ』なんとかやり遂げる。
   秋セメから劇団ろうそくだんすの代表になることが決定。
8月 実家。熱帯夜で寝不足。すぐさま秋田へ戻る。
   稽古。
9月 BEの始まり。
   客演稽古が本格的になる。
10月 稽古。
11月 客演なんとかやり遂げる。
   20歳になる。
   ろうそくだんす公演中止。
12月 ファイナルにより生活がガタガタに。
[総括]
演劇とばかりやってたなあという記憶。外部への客演など思いもよらない方向へコミュニティーが広がり、去年より色々な人と話せました。
さて、2018年も演劇をやり続けていきたいと思います。目標は、「堅実な生活」にします。来年もどうぞよろしくお願いします。

ご覧の通り、私は演劇フリークだった。朝から晩まで演劇をみても飽きなかったし、誰と話しても演劇の話ばかりしていた。

やりたいことをやっているのだから犠牲にする部分が出るのは当たり前だが、当時の私にはわかっていなかったらしい。キャパオーバーで、すぐに体が持たなくなった。ただ、疲れているだけなのに、「何か悪いことが起きている」「私の邪魔をしようとしている人がいる」と躍起になって探した。住んでいる場所や周りの人、家族を目の敵にして私の活動や私自身に否定的な態度を取ってくる人や場所を避けるようになっていった。
それから、うまくいくはずもないのに演劇だけで食べていきたいという夢を両親に相談。しかし、両親は真っ向から反対。私は両親を説得できなかったのだ。
両親を説得することもできなければ、自分のやりたいことを黙って実行する勇気もなかった。モヤモヤしたまま大学に通い続け、2018年も半分が過ぎようとしていた頃、私は一歩も動けなくなってしまっていた。
食事すら1人ではまともにできなかったので、毎日友達に声をかけては一緒に食べてもらった。ひとりでいる時間が耐えられず、友達に声をかけまくったり、飲み会に参加したりした。今考えてみると、あまりにも怠惰で荒んだ生活だったと思う。でも当時は精一杯だった。

やりたいことがない。やらなくちゃいけないことにもちゃんと集中できない。どうにかしてやらなきゃいけない。今日の夜を徹夜の夜にするくらいの勢いで頑張っていかないといけない。そんなバカなことをまた思っている。私が私として生きていたあの頃はどこへ行ってしまったんだろう。私は、これからもう二度と私のことを考えることができないような気分で、その分、誰かに尽くしたいという思いばかりが巡るのである。
やるしかないのだ。すべて全力じゃなくてもいい。でも、そこそこやらないといけない。そして、生活の中に一生懸命が必要なだけだ。(2018年5月ー当時私が書いていたブログより)

みんな、私を甘えさせてくれたが、自分自身が解決の方向にエネルギーを注ぐことができなかった。

そんな中で、1人だけ、私の弱さに真剣に向き合い、自分自身のあり方への疑問を持つことを提言してくれた人がいた。

彼は毎晩私を家に読んで、宵闇がどんなに濃くなっても対話を続けてくれた。私の勇気のなさ、計画性のなさ、優柔不断さといった、弱さにスポットライトを当て続けてくれた。でも、私は否定されたように感じて彼の対話からいつも逃げたかった。
ある夜、私たちはいつものようにベッドの端と端に座って、明かりを消して、向かい合った。今日も、「今日はどうだった?」と彼が聞く。
なんと答えたかは覚えていない。でも、答えになっていない答えをしたような気がする。うまくいかないことを人のせいにしたり、自分があたかも正しいと遠回しに言っているような、そんなことを言った。
すると突然、彼がいつになく厳しい表情で言った。

「響いてない。」
「え?」
「俺が今まで言ってきたこと、響いてないでしょ、心に。」
「響いてる響いてないが関係あるの?」
「あるよ。響いてないなら話しても意味ないから、もう寝よう。」

話をやめるのはいつも私からだったので驚いた記憶がある。彼は私に背を向けて寝ようとし始めた。そんな彼に焦って、あれこれ言い訳をしたと思う。これなら心に響いてる人の言い回しかな?これならいいかな?と意味の答えを繰り返し続けた。

「君の心に誰の言葉も響いてないから、ひとりになった方がいいよ。他人に問わないで、自分に問いなよ。」

その冷たい答えに、私は泣くことしかできなかった。それこそが私が1番したくなかったことで、1番私が求めていた物だとわかった。声をあげて泣く私を彼は優しく抱きしめてくれた。

半年もかけて、私は決断を下した。甘えでもなんでもない、私のための、決断だ。前に進むしかない。いろいろな人にありがとうを言いたい私は本当に幸せでしたと言いたい。もしかしたら明日死んでしまうんではないかというくらい安らかである。それでも前途多難なことには変わりない。私は私らしく。前に向かって、行け!(2018年6月ー当時私が書いていたブログより)

だらだらと半年も考えていたことが、まとまった。それから、私はその人の本を離れ、大学からも離れて、自分について、自分がいる社会について考え始めるようになる。自分と、自分がいるべき社会への旅は今も続いている。

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今思えば、あの夜の彼のあの言葉と抱擁がなければ、今の私はなかったかもしれない。私が見ようとしていなかった、弱さや怠惰に気づかせてくれた、彼のやさしさが今の私の根元となっている。
その人は今も私の隣にいて、やさしさを注いでくれている。私もあなたの隣にいて、少しは恩返しできてるといいな。

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