見出し画像

未練タラタラの亡霊は成仏しないことこそが心の底からの成仏かもって思った話

ええと、なんでこうしてまた書き始めているかというと、端的に言えばまた演劇の再公演が決まったからです。↓↓↓
■ 公演日程
2023年2月18、19日 @中野 スタジオあくとれ
-2月18日:★11:00(プレビュー公演)/15:00/18:30
-2月19日:13:00/16:30

さて〜と、以前の投稿でも書いた通り、端的に言えば自分の情熱が演劇で生きていくほどの覚悟にはならなかったことがショックすぎて演劇から数年離れていました。情熱は今の自分でも驚くほど大きかったと思いますが、寒ーい風がビューっと吹いて情熱の火が全部消えてしまった。そんなような気持ちで数年過ごしました。燃えカスを、この前予定してた公演で綺麗に掃除して自分で納得できるくらいには片付けたいな、そんな気持ちで10月まで過ごしていました。それを前の投稿で「成仏」なんて言葉でまとめていたわけです。(結局、そんな成仏作業は公演が中止になったことで宙ぶらりんになったような感じになりましたが。)そんなことを思い出しつつ、自分が演劇を今もやっている本当の心は、未練を吹っ切るのではないかもと思い始めました。実は、燃えカスの中に残っていた炭を少しずつ拾い出して、火種を作って、酸素を送って、自分の心の火をもう一度起こしていたのかもしれないな、と。

演劇で食ってく覚悟がありますか?と問われたら、ほぼ即答で「無いです」と答えてしまうような私です。世界中を旅したいし、子どもを持ちたいし、給料日にスタバのアーモンドラテをベンティサイズで飲みたいです。演劇を仕事にして、でもたまに息抜き〜なんて生活を作れる自信がありません。少なくとも、今のところ演劇だけで作る生活が想像できないのです。もちろん、コロナのことも少なからずこの不安につながっていると思います。

私1人が演劇を諦めたところで、演劇が完全に死ぬとは思いませんが、少し死んだかもしれないと頭の片隅では思っています。今すぐ博物館に飾られるような、もしくは社会科の資料集の隅に載るような化石みたいなものになるとは思いませんが、100年後くらいには体と体が触れ合うような唾も汗も涙も流して表現することがアンモナイトになっているかもしれないと時々ぼんやりと思っています。それはそれで、ロマンを感じなくはないです。ただ、生き生きとした演劇が好きなのですね、今の私は。

演劇が私にとってなんであるかと言われたら、「好きなもの」でしかないです。好きだから今演劇に参加しているし、これからも参加したいと思っている。それ以上でもそれ以下でも今のところはないです。役者として、脚本のメッセージはもちろん意識していますが、観客に何を届けられるのかということは未知数です。演劇が社会に与えるインパクトやメリットを言葉で一概に説明することはできません。というか、わかりません。けれど、やり続けるのは少なくとも、自分が演劇そのもや演劇が好きだという情熱に救われ、癒やされているからです。もしかしたら、演劇のその未知数さ、というか曖昧さに惹かれているのもあるかもしれません。「何をもたらすか説明できない」ことこそが演劇が演劇たる所以かもしれない、と。くどくど説明してしまうと失われるコンテクストにも重要性があるということが演劇という形を保っている一つの理由なのかもしれない、と。まあ、こんなふうにくどくど同じような文章を誰に読まれるわけでもないのに書き続けてしまう私がいうのも説得力がないのですが。

しぶとく好きなことをやり続ける、ということが、自分にとっての好きなことへの向き合い方でもいいと思えてきたような気がします。毎日の生活の全ての挙動が演劇に直結していなくても、生活の隙間隙間に演劇の影が漂い続けている、それも楽しいよな〜と思えてきたのでしょうかね。
情熱が自分史上最大だったあの時には劣るけど、今はビューっと寒い風にも負けない、強い炎が灯っている。こういう気持ちはなんというんでしょうね?そんな気持ちでいます。

こういう状況なので、また中止ー!とかいうこともあり得ますけど、もしお時間あれば見にきてくださいね。それでは、メリークリスマス!年末年始何も書けなかった場合に備えて、念の為に、良いお年を!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?