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私のかなこ

よく、夢をみる。不思議に夢にはインターネットの世界はない。全てのコミュニケーションがアナログで、いつも見るよりも原風景的な何かが広がっている。いつも私の大好きな季節で、梅雨に入る直前くらいの5月のある日。葉っぱには露が滴っていて子供たちが田んぼで遊んでいる。

そんな世界で、私は会いたい人に会いに行っている。いつも。毎日の夢は会いたい人に会いに行くプロセスの一部を切り取っている。切り取るシーンはさまざまだが、私の夢のテーマは変わらない。「会いたくて会いたくてたまらないあの人に会いに行く」そんなテーマなのだ。

よく見るのは、電車。電車の駅をいくつも乗り換えて、大きな駅の暗いトンネルを一人で歩いている。昼が来て、夕暮れになる頃に目的地に到着する。大きな蒸気機関車に乗ったら最後、その駅につけるというのがいつものストーリー。

今日の夢は、その人に会いに行って、実家に帰って生きているという筋書きだった。私は見慣れた私の部屋にいて、あの人の元を去ってしまったことをひどく後悔しているが、あの人も私を追ってこちらに向かっているのだという確信を持っている。母までもがその人が来るのを楽しみにしている。「”友達”が来るからお手紙も書いたんだよ」なんで私の大切な人に母が手紙を書いているのか謎であったが、とにかく母はご機嫌だし、私はあの人に会えるしで浮き足立っていた。母がつけていたオレンジ色のシュシュを覚えている。私と母は、少し蒸し暑い部屋の中で二人で横になって楽しく話した。まるで友達みたいに。みていた天井がぐにゃりと曲がった。「あれ、私、あの人の家に来ていたんじゃなかったっけ?なんで一旦戻ったりしているんだ?あれ?」

そうやって現実に引き戻される。夢の中では夕方だったのに、起きたのはまだ昼。そうやって現実に戻っていくのだ。

ちなみに、かなこという夢に出てきた人がいて、私はその人のことが実はずっと好きだ。私の夢に出てきたことは一回きりしかない。けれど、いつも寝る前に、かなこの名前を呼びながら眠りについている。そのくらい好きだ。出会ったのは、私が、あの人に会いにいくためのお金を稼ぐためにいたホテル(もちろんこれも夢。かなこは運動神経抜群で察しもいい。だけど、口が悪くて、たまに自分のことを後回しにしてまで人に尽くしてしまうので、みている方が苦しくなったりする。それがかなこだ。ちなみに、かなことは高速道路を素足で走った仲だ。どうしても軽井沢から丸井のうちまで鍵を届けなければならなくて、(その鍵がなんだったのかいまだにわからない)高速道路を二人で走った。結局、私たちは丸の内のすぐそば前まで一緒に来て、最後はかなこが丸の内まで行った。私は直前の高速道路の高さに耐えられず、足がすくんで「ここで待ってて!」と超特急でかけていくかなこを見送るしかできなかった。かけていく背中を目でずっと追った。私、あの子が好きならよかったのに。今好きなあの人ではなく、かなこのことが好きになれたらよかったのに。そう思うほどにかなこは魅力的な人だ。

しかし、夢の世界でかなこのことを呼んだりしたことはそれきり一度もない。夢の世界でかなこが出てきたのはあのとき一回きりなのだ。夢の世界でよりも、実際のところ、現実の世界でかなこを探している。かなこ、今私の頭のどこかにいる?と現実の世界でこそ声をかけているのだ。

「かなこ、私の夢に今日出てきてよね」

そうやって声かけても出てこない。もう過ぎ去ってしまったのかなあ。それでも今日もかなこを呼び続けて眠りにつくのをやめられない。今日もかなこ、あなたを呼ぶよ。

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