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【連載】訪問者6(魔法仕掛けのルーナ24)

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「ごめんなさい……」
 おずおずと言いながら姿を見せたのは、アレクと同じ年頃——二十歳そこら——と思われる女性だった。丈の長いゆったりとした白衣で首元から膝下までをすっぽり覆っている。左右に分けた赤毛のお下げ髪は、ほどくと腰まで届きそうだ。
 小柄な彼女はアレクを見上げながら、ずり落ちたメガネをそっと直した。
「所長は留守なので、ご用は伺えないのです」
「ええと……」
「そうだろうと思ったよ」
 アレクが言葉に詰まっていると、脇に隠れていたジョージがぬっと顔を出し、おもむろにドアを掴んだ。彼はにっこりと笑って言う。
「久しぶりだね、サリー」
 女性はびくりと身を震わせた。戸惑っている様子で、正面にいるアレクとその背後のジョージの顔を交互に見やったが、アレクも同様にきょろきょろしていたので、まるで鏡を見ているかのようだったろう。
 女性——サリーはドアを閉めようとしたが、ジョージが押さえているためそれは叶わないことに気が付き、ますます慌てだした。
「ミスター・ビー……! 困ります。先生にあなたを入れるなと言われてるんです」
「やっぱり。ヴィヴィアンならそうするだろうと思ってたんだ」
 ジョージは軽く肩をすくめて見せたが、出方を変える気はないようだ。
 自分に呼びかけさせた意味がうっすらと理解できてきたアレクは、半ば自らの潔白を証明するためにやけっぱちになって言った。
「どう言うことですか? 協力してもらえるって話だったのに、そもそも全く歓迎されてないじゃないですか!」
「まあまあ、二人とも落ち着きなよ」
 一人涼しい顔のジョージは、眼前の混乱をよそにすらすらと話し始める。
「サリー、彼はアレク。君の師匠の友人の、弟だ。『力ある者《ブラインド》』だから怖がらなくても大丈夫——そうそう、俺はただの案内人だと思ってくれていいから。
 アレク、彼女はサリー。俺達の友人は彼女の師匠の方なんだけど、彼女も魔法使いだから、この際彼女を頼ろう」
「ブラ……なんですって? 僕が盲目《ブラインド》だって言いました?」
 不満げにジョージを見上げていたアレクだったが、ふとサリーの視線を感じて、彼女に顔を向けた。赤茶色の瞳が、分厚いレンズの向こうからこちらをじっと睨んでいる。
 しばし二人は見つめ合ったが、ほどなくしてサリーは少し落ち着いた様子で、視線を和らげた。
「『力ある者《ブラインド》』というのは、つまり、持っているのは魔力だけで、魔法を使えない人のことです。魔法使いの間でそう呼ばれてます」
「はあ。まぁ、確かに僕は魔法使いではないですけど」
「……外から来た人ですか?」
 アレクは小さくうなずいた。
 若者二人はちらと横目でジョージを見やる。彼はいつの間にかドアから手を離し、数歩身を引いていた。自分に視線が集まっていることに気付くと、わざとらしく微笑んで、「どうぞ」とでも言うように手のひらを向けてくる。
 アレクはそれを、「あとは自分でなんとかしろ」と言っているのだと解釈した。
(なんかこの人、面白がってないか……?)
 釈然としない部分は多々あったが、せっかく魔法使いが耳を傾けてくれそうになっている、この時を逃すわけにはいかない。
 アレクは散らかった思考を整理しながら、まっすぐにサリーの目を見つめた。

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