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喫茶店のカウンター席ではどのように振る舞うべきか

何度か行ったことのある喫茶店だった。

夜遅くまで営業しているその喫茶店は、お酒を飲んだ後「静かな場所でもう少し話したい」願望を叶えるのに最適な喫茶店だった。飲屋街からも徒歩で行ける距離にある。喫茶店の奥にはソファ席があり、ほろ酔い後にくつろぎながら、行きどころのない談笑欲を満たしてくれる。

一人でその喫茶店に行くのは初めてだった。一人で奥のソファ席に座るわけにはいかない。手前にはカウンター席がある。僕は手前のカウンター席に座るのだろうと思い、入店した。

初めてカウンター席に座るのは緊張する。しかし店員さんが常連客ではない僕に、相応しい席を案内してくれるはずである。そう思っていた。

僕は喫茶店に入った。案内はなかった。なぜだろう。カウンター側を見る。唯一いたお姉さん店員は電話をしていた。僕は突っ立っている。カウンター席に座らなければ。僕はカウンターのどの席に座るべきだろうか。

店員のお姉さんに視線を向けても、まだ電話をしている。僕に対してのアイコンタクトはない。35歳の男が母親に救いを求めるような眼差しで店員に甘えるわけにはいかない。狭い店内でずっと突っ立っているわけにもいかない。カウンター席のどこかに座らなければいけない。

カウンターは8席ある。奥の席には何やら荷物を広げているおじさんが座っている。その落ち着きようから、常連客だと感じた。

どこに座るべきだろうか。新参者は下座として、喫茶店の入り口側に座るべきだろうか。しかし常連客に最も遠い、カウンターの入り口側に座るのも、その常連客を避けているようなメッセージを出す感じがして、躊躇する。

間をとって奥から4席目、真ん中の席に座った。

電話が終わった店員は僕の元にやってきて、少し冷たい態度でメニュー表を提示する。20代向けファッション雑誌の表紙を飾っていそうな、個性的な顔立ちをした店員だった。水原希子みたいな感じ。メニューを渡す仕草は冷たげな態度。人見知りの人がこういう態度を取る。おそらくこういうキャラの店員なんだろう。僕はこういう人見知りみたいな態度も慣れているので大丈夫。

僕はカフェモカを注文する。

カウンター席で本を開いて数行読む。左隣からライターで火を付ける音がして、気づく。そうだ、ここは喫煙可能な喫茶店なのだ。

カフェ好きな僕はある程度の法則性は知っていた。

・◯◯カフェというカフェは禁煙か、分煙
・◯◯珈琲という喫茶店は喫煙可能。大体、分煙されていない。

ここは◯◯珈琲という店である。喫煙可能な喫茶店だった。

隣の席のからタバコの煙が香る。今日はジャケットを着ていたので、残念な気分になる。ジャケットに匂いがついてしまうじゃないか。おじさんのタバコの煙。

すべての喫煙可能なお店が嫌なわけではない。カウンター隣のタバコの煙は近い。僕は覚悟が足りなかった。

「早めにお店を出よう」と思いながら、少し気持ちが沈んでいると、新しい客が来店した。僕は構わず、本を読み進める。

すると、驚くことが起きた。来店した客は私のすぐ左隣と、右隣に座った。

客は二人だった。なぜ僕の両端に座るのだろうか…。右端が空いているでしょう。端に座らないのか…。もしかすると、僕の座っている席は普段、常連客が座っている席なんだろうか。だから、個性的な顔立ちの店員こと、水原希子は冷たい態度だったのだろうか。

両脇を横目でちらっと見る。二人ともおじさんだ。おじさんに両脇を囲まれるプレッシャー。もし僕がオセロだったら、早くひっくり返ってしまいたい。

水原希子は二人の客に対して、笑顔でメニューを差し出す。「今日は何になさいますか?」

水原希子が笑っている。あの水原希子が笑っている。

なんだこの態度の違いは……。そこから客と水原希子の会話が続く。水原希子は二人の客に対して明るい態度を取る。おそらく常連客なんだろう。

この差はなんだろうか。なぜ水原希子は僕に冷たい態度だったのだろうか。ほぼ初来店のような僕は来店ポイントが足りないのだろうか。

そして、再び両端から上がる煙。この二人のおじさんも喫煙者だった。

そう、タバコを吸う場所が激しく制限されている現代、喫茶店は喫煙者にとってオアシス。本を読みにきたような僕はオシャレなカフェのほうに行っておけば良かったのである。

二人のおじさん常連客と、水原希子による盛り上がる会話。黒い店内にたゆたう白煙。なんという場違いさ…。

何が悪かったのだろうか。思い返す。

僕がこの席に座ったのが、まずかったのだろうか。普段、常連客が座っていた席だったのかもしれない。常連客のお気に入りの席に座ってしまったのだろうか。

カフェモカを注文したから機嫌が悪くなったのだろうか。「◯◯珈琲」であるので、ブラックコーヒー……例えば、"本日のおすすめのコーヒー"を注文しておくべきだったのだろうか。「いい歳の男なのに初めてのカウンターでカフェモカかよ」と水原希子に思われてしまったのだろうか。

僕はカウンターでどう振る舞えば良かったのだろうか。一人で行く喫茶店でのカウンター席の振る舞いは難しい。

すぐ左に座ったおじさん常連客はスポーツ新聞を片手にタバコを吸う。吸い終えると、さっと帰っていく。タバコを吸いに来たのと、水原希子と話をしにきただけだった。右に座った常連客は百田尚樹の日本国記を読んでいた。

次回の来店時は入り口に近いカウンター席に座ろう。カフェモカのような甘ったるい飲み物ではなく、ブラックコーヒーを頼もう。そうしたら、水原希子は僕に微笑んでくれるかな。

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