ぼくとミャオンと不思議を売るお店 第1章2話
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第1章 トモダチは猫
2話
ミャオン! お願い、遠くへ行かないで!
ぼくは必死に祈りながら、玄関を飛び出した。
きょろきょろとあたりを見回す。
ミャオンの姿はどこにもない。
どこへいっちゃったんだろう? とにかく探さなきゃ!
ぼくは数歩走り出して、キュキューッと急ブレーキをかけた。
家のカギをかけてこなかった!
出かける時には、必ずカギを締めること。
これは絶対に忘れちゃいけないことなんだ。なのに、今朝ぼくは部屋の窓のカギを締め忘れちゃって、大事なミャオンを危険な目に遭わせてる。
危ない、また同じことを繰り返すところだった。
ぼくは家に舞い戻ると、ランドセルにつないだキーホルダーごとカギを取り外した。
そしてまた玄関から出て、カギをきちんとかけ――ようとして、もう一つ、大事なことを思いだした。
ミャオンが抜け出した部屋の窓! あそこも閉めてない!
ぼくはまた靴を脱ぎ捨てて、部屋へ向かった。
もしかしたらミャオンが戻ってきてるかも。そんな期待もしたけど、やっぱり部屋にミャオンの姿はなくって。
ああ、ミャオン。ぼくのかわいいミャオン。
どうして部屋の外に出てしまったの? 家にいれば安全なのに。
ミャオンの幅くらい開いた窓を閉めようとして、ぼくはハッと手を止めた。
――もし、ぼくが探している間にミャオンが帰ってきたら?
ここを閉めちゃったら、ミャオンは部屋に入れないってことになる。
そしたら、またどこかへ行っちゃうかも。
でも、開けっぱなしにしておくわけにもいかないよね?
どうしよう!
ぼくは迷った。
迷って、迷って……。
結局、十センチくらい開いていた隙間を、半分の幅に狭めることにした。
これならミャオンが戻ってきた時、手でぐいぐいって開けられると思うし。隙間も狭いから、例えば泥棒が来たとしても、パッと見て窓が開いてるって気がつかないと思う。
「これでよしっ」
ぼくはまたまた大急ぎで家を出た。
ちゃんと玄関のカギも締めて、と。
今度こそミャオンを探すぞ。
「ミャオン!」
ぼくは門の外に出て、声を張り上げた。
ミャオン、遠くへ行っていないといいけれど。
走り出そうとして、ぼくは気がついた。
そうだよ、まだ遠くに行っていないかもしれない。
もしかしたら、まだ家の周り――庭にいたりして! さっきは慌てていて、庭のほうまでチェックしていなかったし。
あ、庭っていっても、車が一台止まれるくらいの小さなスペースだ。ぐるっと木で囲まれた芝生の庭。端にはお母さんの自慢の小さな花壇がある。
ぼくは「ミャオン、いるの?」って声をかけながら、庭へ行った。
返事はない。
もう一度。
「ミャオン!」
やっぱり反応なし。
ここにはいないみたいだ。じゃあ、もっと遠くに行っちゃったってこと?
すると、木の下からガサガサって音を立てて、一匹の猫が顔を出した。
「ミャオン!?」
声をかけてすぐ違うって分かった。姿を見せたのは、お隣さんが飼っている三匹の猫のうちの一匹。真っ白で大きな猫で、名前は確か……『スノウ』だったかな。
スノウは少し驚いたように、ぼくを見上げている。この子は瞳の色が左右で違うんだよね。不思議な感じ。周りの景色とか、どんなふうに見えているのかなぁ。
っと、今はそんな考えている場合じゃなかった!
「ねえ、スノウ。ミャオンを見なかった?」
スノウはぴくっと耳を動かした。
ぼくの言葉、通じているかな?
「部屋から逃げ出しちゃったんだ。ねえ、知らない?」
スノウはぼくを見たままじっとしている。
「……知らないかなぁ?」
もう一度、確かめてみるけど、スノウは返事をしない。そのかわり、大きなあくびをすると植え込みの木にすりすりと身体をこすりつけた。そうして、のっしのっしと自分の家のほうに戻っていく。
「……はぁ」
ぼくはスノウを見送ってから、庭をあとにした。
やっぱりミャオンは外に出ちゃったんだ。
「ミャオン! ミャオン!!」
とりあえずまた声を張り上げてみる。
そうしたら、お向かいのおばさんが窓から顔を出してきた。
「あら、陽太くん? どうかしたの?」
「おばさん! ねえ、ミャオン、見ませんでしたか?」
「ミャオン?……ああ、最近飼い始めたっていう猫ちゃん?」
「うん! いなくなっちゃったんだ!」
「まあ、大変! でも、ごめんね、見てないわ」
「そうですか……ありがとう。あの、もし見かけたら捕まえておいてください」
そうお願いして、ぼくは走り出した。どこに向かって? そんなのわからないけど。
「ミャオン! ミャオ〜ン!」
ミャオン、ぼくの声が聞こえたら、返事をして。
いつものように飛びついてきてくれたっていい。
どうか無事でいて。
自転車に乗った中学生のお姉さんたちが、こっちに向かって走ってくる。
ぼくは無我夢中で声をかけた。
「あの! 小さな猫、見ませんでしたか?」
「子猫?」
「どんな子?」
お姉さんたちはわざわざ自転車を止めてくれたから、ぼくは一生懸命ミャオンのことを説明した。
「ええと、黒と白のハチワレです」
お母さんに教えてもらったんだけど、ミャオンは『ハチワレ』っていう模様なんだって。顔のオデコの部分が「ハ」の形に黒くなってて。前髪みたいに見えて可愛いんだ。
「これくらいの大きさで、可愛くて、フワフワで……」
お姉さんたちは顔を見合わせて。
「大きい猫なら見かけたけど、子猫は見てないなぁ」
「私もー。ねえ、その子猫、首輪とかつけてた?」
「ううん……してない」
首輪はミャオンがもう少し大きくなってからつけようねってことになってたんだ。
でも、こんなことなら最初からつけておけばよかった。首輪にぼくの家の猫ですって書いておけたし、そうしたら……。
ううん、今はそんなこと考えてる場合じゃない。とにかくミャオンを探さないと!
「あの、もし見かけたら教えてください」
「うん、わかった」「見つかるといいね、がんばって」
お姉さんたちに励まされて、ぼくはまた走り出す。
ミャオンの名前を呼びながら、家と家の隙間、駐車中の車の下、小さな茂み、ご近所の庭、自動販売機の裏側……あっちこっち、猫がいそうな場所をのぞきこんだ。
だけど、ミャオンはどこにもいない。
「そうだ!」
ぼくは野良猫たちが集まる場所に行ってみることにした。
通学路の途中にあるアパート。そこに行けば、大抵、猫がいるんだ。
どうしてかって?
野良猫に餌をあげているおじさんが住んでいるから。いつもドアの前に何個もお皿が並べてあって、朝と夕方、そこにキャットフードをまんたんに入れてくれる。
だから、猫たちのたまり場みたいになってるんだ。
もしかしたら、そこにミャオンが行っているかも!
それに、餌やりおじさんはこの辺の猫にすごく詳しいから、ミャオンのことを何か知っているかもしれない。
ぼくは駆け出した。
ミャオン、どうか見つかりますように!
ぼくはあっという間に、餌やりおじさんの家にたどり着いた。
(足の速さにはちょっと自信があるんだよね。クラスでも三本の指に入るんだ。ただ、長い距離は苦手なんだけど。)
「あ……」
おじさんと猫がいる!
でも、ミャオンじゃなかった。
長い毛にトラ模様。おなかは真っ白。三毛猫……っていうのかな。そしてとにかく大きい。迫力たっぷりの猫だ。
おじさんはその猫にブラッシングをしようとしてるみたい。「よーしよし、チョビ。いいこだ」って手を伸ばして、バシってひっぱたかれてた。
「あ、あのー……」
ぼくはおじさんに声をかけてみた。
チョビって呼ばれてた猫は、ぼくに気付いてさっと逃げてっちゃった。
「ん? おお、大林さんところの」
「こんにちは! あの、子猫を探しているんです。これくらいの子で、ハチワレで、首輪はしていないんですけど、名前はミャオンって言います!」
「子猫ねぇ……何匹かは知っているが……」
「本当ですか!?」
「ハチワレは見ないねぇ」
がーん……。
餌やりおじさんなら何か知ってると思ったのに。
ぼくががっかりしているのがわかったみたい。おじさんは、チョビに叩かれた手を振りながら、
「なんだい、ぼくんちの猫かい?」って尋ねてきた。
「はい……。あの、もし見かけたら、捕まえてもらえますか?」
おじさんは「わかったよ」と頷いてくれた。
「それじゃ、ぼく、他のところを探してきます!」
ぼくはぺこりと頭を下げて、また走り出した。
ああ、どうしよう。どうしよう! どうしよう!?
ここにもいないなんて。手がかりもないなんて!
ミャオンはどこに行っちゃったの?
きっと迷子になっているに違いない。不安で不安で泣いていると思う。
ミャオン……ごめんね、ミャオン!
ぼくが見つけてあげるから、どうか遠くに行かないで!
気がつくと、ぼくはいつもの通学路からはずれたところまで来てしまっていた。
友達と遊びに行く時に、時々使う近道があるんだ。
でも、ミャオンはこんなところまで来るかな? 別の場所も探した方がいいかもしれない。
ぼくが今来た道を戻ろうとしたその時。
視界の端にチラッと動くものが見えた。
「え?」
あわてて見直すと、それは二匹の猫だった。
一匹は灰色の猫。そして、そのあとについていってるのは、小さな白黒の猫。遠くからだから、ちゃんと確認はできないけど、小さな方の猫はミャオンにそっくりに見えた。
……ううん、そっくりなんてものじゃない。
あの尻尾の長さ、毛色。
ミャオンだ!
「ミ……!」
名前を呼ぼうとしたけど、ぼくは言葉を飲みこんだ。
だって、後ろからいきなり大声を出されたらびっくりするでしょう?
パニックになって逃げ出しちゃうかもしれない。
そうしたら、大変なことになる。
だって、この路地を抜けた先には、車の行き来が多い道があるんだから!
ぼくは猫たちを驚かせないように、ゆっくり近づいていった。
そーっと、そーっと。
傍までいって、小さな声で呼んでみようかな?
そんなことを考えていたら、ミャオンは灰色の猫と一緒にひょいっと路地を曲がっていった。
――え?
あんなところに曲がり角なんてあったっけ?
ぼくは慌てて後を追いかける。
「!」
びっくりした。
――お店があった。
今までどうして気がつかなかったんだろう。
木造の二階建てでパッと見、普通の家に見えるんだけど、玄関には筆で書いた『不可思議本舗』っていうやっぱり木製の看板がかかっていたから、お店って分かった。
『舗』って、何て読むんだろう? まだ習っていない漢字だ。
ふかしぎぼん……? ふかしぎほん……?
――変な名前。
ここ、何を売ってるお店なんだろう?
看板だけすごく古くて、ちょっと浮いて見える。昔からあるお店ってことなのかなぁ。
でも、コンビニやスーパーとは全然違うし、八百屋さんや魚屋さんでもないみたい。
入口は引き戸。大きな曇りガラスがはめこまれているから、中の様子はよく見えない。ただ足下には小さな入口があった。これ、猫とか犬とかが出入りする専用のものだよね。
きっとミャオンはここから入っていったんだと思う。
「……どうしよう」
ぼくは思わず声に出してしまった。
コンビニとかスーパーなら入れるけど、こういうお店って一人で入ったことがないんだよね。
ぼくはそっと入口に近付いてみた。
お店の中、誰かいるみたい。人影がうっすら見えるから。
……どうする? 思い切って入ってみようか。
でも。
もしさっき見た猫がミャオンじゃなかったら? ぼくが見間違えてるって可能性もあるよね。……それはないって思いたいけど。
――そうだ!
あれがミャオンじゃなかったとしても、こうやってペット用の入口を用意しているくらいだから、近所の猫のことを知っているかもしれない。
ミャオンの手がかりが掴めるかも。
さっきの猫がミャオンでも、そうでなくても、このお店に入ってみる価値はあると思う。
――よし。決めた。
ぼくは一つ大きな深呼吸をすると、思い切って、お店の戸に手をかけた。
<3話へ続く>
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