ぼくとミャオンと不思議を売るお店 第1章5話

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1章 トモダチは猫

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5話

 カリカリフードが公園の広場にばーっとまかれる。まるで雨みたいだ。
 すると、まわりの空気が変わった。
 たくさんの猫たちがあちらこちらから飛ぶようにやってきて、ごはんを食べ始めたから。
 遊んでいた子たちは、遊具のところで猫たちを見守っている。猫の食事の邪魔をしないっていうのが、お約束みたいになってるから。
「す、すごいね」
 男の子が目をぱちくりさせてる。
 そうだよね。この光景、初めて見る人は大抵驚くんだ。
「いつものことだよ」
 ぼくはそう言いながら、ミャオンの姿を探した。
 色んな猫がいる。大きいのも、小さいのも。
 さっき行った猫屋敷……じゃない、『不可思議本舗』ってお店にも猫がたくさんいたけど、ここも負けないくらいの数がいた。
 ぼくの家の近所って、たくさん野良猫がいるんだよね。あと、飼い主はいるけど、外にも自由に出られるっていう猫も、たくさん。
「あ」
 ぼくは小さく声を上げた。
「どうしたの?」
「あ、うん。知ってる猫が来たから」
 餌やりおじさんのところで、チョビって呼ばれていた猫だ。ひときわ大きい身体をしているから、とっても目立っている。
「……お、大きいね」
 男の子、少し後ずさってる。確かにちょっと迫力ある猫だもんね。
 チョビは茂みからゆっくりと餌やりおばさんのところへ向かっていった。すると先に来て食べていた猫たちがササッと道を開けていく。
 ――もしかして、ボス猫ってやつかな?
「ああ、来たね、マンマル」
 餌やりおばさんは、チョビのことを『マンマル』って呼んで、特別だとでもいう風に、チョビの前に追加でカリカリフードを一掴み山盛りにして地面に置いた。
 マンマルって呼ばれてるチョビは、それをおいしそうに食べはじめる。
 さっきも貰ってたのに、ここでも食べてるんだ。だからあんなに大きな身体になったのかな。
 あっ、そんなことより。
 ミャオンは? ミャオンはどこにいるんだろう。
 ぼくはまた公園のあちこちに目を配った。だけど……ミャオンの姿はどこにもなかった。似たような模様の猫はいるけど、ミャオンじゃない。
 ぼくのかわいいミャオン。
 さっき、お店に入っていくのを見たのに。あのあと、どこにいっちゃったんだろう?
「ここには来てないみたい……」
 ぼくはがっかりした。
 おなか、空かせてるだろうな。今日はまだおやつもあげてないんだ。
 いつもぼくは下校すると真っ先にミャオンをなでて、それからおやつをあげるのが約束になってるんだ。今日ももちろんそのつもりだったのに。
 ぐるるるきゅー。
 お腹の虫が鳴いている。
 でも、ぼくのじゃないよ。男の子から聞こえた。
「……えへへ、ごめん」
 男の子は恥ずかしそうに笑う。
「おなか空いた?」
「うん……」
 ぼくはさっきのお店で買った紙袋を見つめる。
 もしミャオンが無事だったら、このクッキーをあげよう。
 一枚五百円もする高級なおやつだよ、ミャオン。きっとおいしいに決まってる。
 だから、お願いだ。どうか無事でいて。
 餌やりおばさんがばらまいたご飯は、集まってきた猫たちがあっという間に平らげてしまった。満足そうに身体を舐め始める猫。餌やりおばさんにお礼でもしているのか、甘えて身体をすり寄せている猫もいる。挨拶をしているのか、鼻先をくっつけあってる子たちもいるし、身体の小さい子たちは(兄弟かな?)じゃれあってたり。みんな思い思いにくつろいでいる。
 マンマルって呼ばれてるチョビは、食べ終わると一声鳴いて、そのまま茂みの向こうにさっさと消えていった。こういうの、何て言うのかな、あっさりしてるっていえばいいのかな。
 男の子はそれを見送って、少しホッとしたように息をついた。
 もしかしてこの子、猫が苦手なのかな?
「にゃー」
 ん?
 細身のキジトラ猫が、ぼくたちのほうに近づいてきた。
 いや、ぼくたち、じゃない。男の子のほうに、だ。
「え……ええ?」
 どういうこと?
 だって、そのキジトラの猫を皮切りに、他の猫たちが続々と男の子のほうに近づいてきたから。
 そしてみんなして、男の子の足にすりすりしたり、ごろんっておなかを見せたり。餌やりおばさんにするみたいに、甘え始めたんだ。
「わわっ……すごいね。君、猫に好かれるタイプなの?」
「わ、わかんないよ。こんなの初めてだし」
「そうなの? ……ねえ、みんな、君に撫でてって言ってるみたいだ。撫でてあげなよ」
「う、うん……」
 男の子はおずおずとしゃがみ込んで、猫たちを撫で始める。
 するとたちまち猫たちはゴロゴロと喉を鳴らした。
 ぼくが手を伸ばそうとすると、さっと逃げるくせに。
 この差はなんなの?
 ちょっと悔しくなってくる。
「この猫たちに会うのは、今日が初めて?」
「う、うん……」
 ということは、この男の子には、ぼくとは違う何かがあるってことなのかな。
 猫を引きつける何か特別な魅力みたいなのが、この子にはあるのかも。
 あ……そうだ!
「ねえ、君、ミャオンを呼んでみてくれる?」
「えっ?」
「ここでミャオンの名前を呼んでみてほしいんだ」
「ど、どうして?」
「だって、こんなに猫に好かれるくらいだもん。もしミャオンが近くにいたら、出てくるかもしれないじゃない」
 ぼくが呼んでも、全然姿を見せないミャオン。
 けれど、初対面の猫もゴロゴロ言わせちゃうこの子が呼んだら?
 声が聞こえる場所にいるなら、顔を出すかもしれない。
 来ないかもしれないけど、少しでも可能性があるなら、ぼくはそこに賭けたい。
 さっきから一緒に探してはくれてるけど、この子、ミャオンの名前を呼んで探してくれてないし。
「お願いだよ。一回でいいから」
「……う、うん。いいよ」
 男の子は立ち上がると、辺りを見回して、少し恥ずかしそうに「ミャオン!」と呼んでくれた。
 周りの猫たちはきょとんとした顔で、ぼくたちを見上げている。
 けれど――。
 ミャオンは現れてくれなかった。
「ミャオン!」
 ぼくも呼んでみる。
 お願い、ミャオン。声が聞こえたら出てきて。
 願いを込めながら、もう一度。
「ミャオン!」
 やっぱりミャオンはどこからも姿を見せなかった。
 そんなぼくたちの声は、猫たちを撫で回していた餌やりおばさんに届いた。
「どうしたんだい?」
 おばさんがぼくたちに声をかけてきた。
「猫を探しているんです。ハチワレの女の子で、ミャオンって言います。家から逃げ出しちゃって……」
「あらあら! 脱走しちゃったの? それは心配ねぇ。わかったわ、ハチワレの子猫ね。気をつけて見ておくから」
「ありがとうございます!」
 やった! 餌やりおばさんも協力してくれるって。
 ぼくと、向かいのおばさん、中学生のお姉さん二人、餌やりおじさんに、店長さん、そして、この餌やりおばさん。
 こんなに大勢の人たちがミャオンを探してくれる。
 ミャオン。
 どうかどうか、見つかりますように。
 ああけれど、太陽はどんどん西へ沈んでいく。
 公園の時計を見上げると、ほとんど同じタイミングで、防災無線のスピーカーから夕焼けチャイムの音色が聞こえてきた。
 曲はいつもの『ゆうやけこやけ』だ。
「……どうしよう。帰らないといけない時間だけど……」
 ミャオンを見つけないと、家には帰れない。
「帰らないの?」
「だって、ミャオンが見つかってないんだよ。帰れるわけないじゃない」
「……もう家に帰っているかもしれないよ?」
 どうだろう。確かに部屋の窓は少し開けておいたけど。
 本当に帰っているかな。
 それだったらいいんだけど。
「早く帰らないと、叱られちゃうんじゃないの?」
「うん、そうだけど……」
 探せば見つかるかもしれない。けど、見つからないかもしれない。
 もう家に帰っているかもしれない。けど、戻っていないかもしれない。
 不安で、心配で、ぼくは動けなくなってしまった。
 すると。
「帰る」
 男の子がぽつりと言った。
「え?」
「ごめん。もうこんな時間だし、先に帰るよ」
 言いながら慌てた感じで、走っていってしまった。
「あ、あのう!」
 一緒に探してくれてありがとうって言いたかったのに、男の子の姿は見えなくなっていた。
 あの子も結構足が速いみたい。転校生だとしたら、ぼくのライバルになるかも。
「はぁ……」
 ……今は、そんなこと考えてる場合じゃないんだった。
 ミャオン、どこにいっちゃったんだろう。
 見つかるまで探すつもりだったけど、手がかりは何もない。
 ぼくは紙袋を見つめる。
 ミャオンはちゃんと戻るって言ってた。
 猫屋敷みたいな『不可思議本舗』の店長さんも、やたらと猫に好かれていた男の子も。
 ……その言葉に賭けるしかないかな。
 ここでこうやって立ち尽くしていても、時間が経つだけだし、帰りが遅いとお母さんたちにも心配をかけちゃうよね。
 ……。
 ぼくは仕方なく家へ帰ることにした。
 もちろん、帰り道もミャオンのことを探しながら。

 家には明りがついていた。
 お母さん、職場から帰ってきてるみたい。
 どうしよう。ミャオンのことを聞かれたら、何て言えばいいのかな。
 怒られるよね。きっと、すごく怒られるに違いない。
 でも、そんなことどうでもいいん。ミャオンさえ無事なら、どんなに怒られたって構わないんだ。
「……ただいま」
 ぼくは玄関のドアを開けた。
「おかえりなさい。遅かったわね」
 お母さんの声が、二階のキッチンから聞こえてくる。
「う、うん、ごめんなさい」
「ランドセルも玄関に置きっぱなしだったわよ。ちゃんと部屋に運びなさい。あと、手洗いとうがいを忘れないで」
「わかってるよ」
 お母さん、いつも通りだ。
 ミャオンがいなくなったってこと、まだ気がついていないんだ。
 少しホッとしながら、でも、どうやって伝えようかって悩みながら、ぼくは恐る恐る部屋へ向かった。
 ミャオン。
 帰ってきてくれているといいけど。
 ……お願い!
 祈りながら、ドアを開ける。
「みゃ!」
「!」
 ミャオンだ!
 ミャオンがぼくに飛びついてきた!
 ふわふわの身体。間違いなくミャオンだ。
「ミャオン……!」
 帰ってきてくれてた!
 ぼくはクッキーの紙袋を放り投げて、代わりにミャオンを抱き上げた。
 身体のあちこちを確かめる。
 温かい。
 手のひらで包めちゃう頭。ふわふわの胴体。ほっそりした手足。ピンと立った尻尾。
 ……うん、どこにもケガはしていないみたい。
 手足、特にツメのところは、土で汚れてたけど。
 それ以外は異状なしだ。
「みゃっ?」
 あちこち触られてミャオンは驚いたようにもがいている。
 でも、そんなことお構いなしだ。
 ぼくはミャオンをぎゅうっと抱きしめた。
「よかった……! よかった、ミャオン! 戻ってきてくれてありがとう……!」
 ホッとしたら、途端に目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちてきた。
「もう……勝手に外に出ちゃダメじゃないか……。ぼくがいけないんだけどさ」
 ミャオンの顔をのぞきこむと、ミャオンはぺろっとぼくの頬を舐めてきた。
「ふふ、くすぐったいってば」
 やめてよ。ぼくの涙、しょっぱいでしょ?
 ああ、それにしても。
 下校してきてミャオンがいないってことに気がついた、あの時の絶望。
 探しても、探しても、どこにもいなくて。
 本当に本当に、すっごく、めちゃくちゃ心配したんだからな!
 あんな気持ちは二度と味わいたくない。もう二度とごめんだ。
 ぼくはミャオンを撫でながら、もう絶対にカギを開けっぱなしにしないって心に誓った。
 明日、声をかけてくれた人たちに見つかりましたって報告しないと。
 あと――一緒に探してくれた男の子にも。
 あっ!
 いけない。名前、聞きそびれちゃった。
「みゃー」
 ミャオンはぼくの頬に頭をすり寄せて、ゴロゴロ喉を鳴らしている。
 あの子に会えたら、ミャオンが見つかったってことと、一緒に探してくれてありがとう、って伝えよう。
 ぼくはミャオンをもう一度ぎゅうっと抱きしめた。

                           <2章へ続く>

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