ぼくとミャオンと不思議を売るお店 第5章5話

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第5章 こころがモヤモヤ!

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5話

 夕焼けチャイムが鳴ったから、ぼくは家に帰った。
 『お店』に行ってみたけど(定休日じゃなかったよ)、店長さんと猫しかいなくて。
 店長さんに宮尾くんのことを聞いてみたら「あんたの方がよく知ってるだろう」って言われちゃった。そうなのかなぁ。
 それから少しお店で待ったせてもらったけど、宮尾くんは来ないし――。
 お店の周りとか、大通りの方、公園もチェックしてみたけど、どこにもいなくて。
 結局、探しに行って会えたのは、あの美少女――三ケ田さんだけだった。
「はぁ……」
 ぼくはミャオンにおやつ(『十人十色』を1枚だけ!)をあげながら、ため息をついた。
 ミャオンはうれしそうに尻尾をピンと立てて、おやつを食べてる。
 目を細めちゃって、大事そうに、カリカリいい音を立てて。
 ぼくはそっとミャオンの腰――ちょうど尻尾の付け根あたりを撫でてあげた。
 ここ、時々三角の印が出るんだよね。しっぽをぴんと立ててるときに多いんだけど、いつもは真っ黒な毛のそこが、ちょっと逆立って地肌がちらっと見えるんだ。
 でね。ここを撫でると、おしりを上に持ち上げるんだよね。面白いの。
 お母さんがいうには、そこは猫にとって撫でるととっても気持ちいい場所なんだって。
「……おいしい?」
「んーみゃ!」
 いつものように元気のいいお返事。
 ふふ、ミャオンはやっぱり可愛いな。
 食べ終わって満足したのか、ミャオンは毛繕いを始めた。ちょこんとお座りして、顔を洗ったりしてる。
 ぼくは立ち上がって、机に向かった。
 ――別に、宿題をしようってわけじゃないよ。(あ、宿題は本当はしないといけないんだ。だけど、そんな気分にはなれないってこと)
 考えなきゃいけないことがあるんだ。
 ぼくは頬杖をついた。

 ミャオンがうちに来たのは、今から大体二ヶ月……ううん、二ヶ月半くらい前だったかな。
 ちょうど週末で、ぼくはお母さんたちと一緒に家で過ごしていた日だった。
 天気は晴れ。遊びにいくのには最高の日だったけど、家族でどこかに出かけるっていう予定はなかった。
 だからいつものように、学校へ行く日より少し遅い時間に起きて、朝ごはんを食べて、録画しておいてもらったアニメを見て――。
 「早めに宿題を終わらせておきなさい」ってお母さんに言われて、渋々部屋に戻って、宿題の算数ドリルに取りかかったんだ。
 そしたら――。
「みー……みー……」
 どこからか、声が聞こえてきたんだ。
「みー……みー……」
 かすかに。だけど、確かに聞こえた。子猫の鳴き声だった。
 ぼくは窓に駆け寄って庭を見た。でも子猫の姿はどこにもなかった。
 ただ、小さな、か細い鳴き声がどこからか聞こえてくる。
 それで、慌ててお母さんに知らせたんだ。「子猫が鳴いてる!」って。
 お母さんもお父さんも、そしてぼくも、耳を澄ませて、子猫の鳴き声を確かめて。
 みんなで庭に出て、声の主を探した。だけど、姿は全然見えないんだ。
 途切れ途切れにしか聞こえてこない鳴き声を頼りに探すのって、難しいんだよね。
「あっちから聞こえた!」「いや、この辺じゃない?」なんて言いながら、しばらく探し回ったけど、やがて鳴き声も聞こえなくなってしまって……。
 鳴いてた子猫は、母猫か飼い主がどこかへ連れて行く途中で聞こえたんだろうって、お父さんが結論づけて、子猫の捜索はお昼過ぎに打ち切ることになった。
 そうしてぼくはまた宿題に戻って、なんとかかんとか終わらせて。
 お母さんも「いい」って言ってくれたから、遊びに出かけたんだ。特別に約束をしなくても一緒に遊んでくれる友達――芽雨さんとか、その近所の子たちの家に。
 もうその頃には、子猫の鳴き声のことも、すっかり忘れてた。
 そうして、友達と遊んで、夕焼けチャイムの時間に家に帰ったら――。
 お母さんとお父さんがまた家の周りをウロウロしてたんだよね。
 またあの子猫の鳴き声が聞こえてきたって言って。
 ぼくも耳を澄ませてみたら、確かに聞こえた。
 「みー……みー……」っていう、可愛い声が。
 午前中に聞いたのよりも、ちょっと元気がない感じ。
 それでお母さんたちも慌ててたみたいで。家族総出(っていっても3人だけど)で、また捜索隊結成!
 みんなで必死になって家の周り、ご近所までチェックしたんだ。
 陽が沈んで暗くなってからだと見つけられなくなるからね。
「こっちで聞こえた!」「あっちかな?」なんて騒いでさ。
 そうして、ぼく、気がついたんだよね。
 ぼくの家の庭。その周りを囲んでいる植え込みの木。そのてっぺんのほうから「みー」って声が聞こえるってことに。
 お父さんに懐中電灯を持ってきてもらって、辺りを照らして――真っ先に子猫を見つけたのは、ぼくだった。どうやってそこまで登ったのか分からないけど、小さな小さな黒い毛のかたまりがあったんだ。震えながら、木の枝に乗っかってる。
「いた! 見つけたよ、お父さん!」
 でも、子供のぼくじゃ、いくら手を伸ばしても届かない。
「どうしてあんなところに!?」「ひとりで登ったのかしら?」
 お父さんもお母さんもびっくり。
 ぼくが懐中電灯で照らす中、お父さんが脚立に乗って「みーみー」鳴く毛のかたまりを木の枝から引きはがして、それをお母さんが受け取った。
 お母さんたら「やだ、まだ小さいじゃない」っておっかなびっくり触ってて。
「猫……だよな?」って、脚立から降りたお父さんも、お母さんの手のひらにすっぽり収まる子猫を困ったように見てて。
 ぼくはそのフルフル震えているふわふわの毛のかたまりを、そっと撫でてあげた。
 それが――ミャオンだったんだ。
 その日はもう時間が遅いってことで、一晩、子猫を玄関先の段ボール箱に入れておいて、翌朝一番で近所の動物病院に連れて行った。
 色々な検査をしてもらって(細かい検査結果とかはお母さんたちに聞かないとわからないけど)、特に病気とかケガはしていないってことがわかった。
 それから、何日もかけて近所でお母さんが聞いて回って、どうやらこの子猫を探している人はいないらしいってことがわかって……飼い主を探さないといけないってことになって……。
 だから、ぼく、お願いしたんだ。うちの子にしようって。
 その時にはもう、ぼくはミャオンの可愛さに夢中になっちゃってたから。
 だって、ぼくを見上げて「みゃおん」って鳴いてくれたんだよ!
 それに、あのふわふわした毛並み! 黒と白の可愛い模様。透き通るような金色の目に、プニプニした肉球! 必死にご飯を食べるところ。がんばってトイレをするところ。まあるくなって眠るところ。全部、もうぜんぶが可愛くて、可愛くて、お別れするだなんて考えたくもなかったんだ。
 家族会議を開いて、みんなで意見を出しあったり、猫の飼い方について勉強したり――『ミャオン』っていう名前とか、約束ごとや当番とかを決めて。
 そうして、保護してから十日後、ミャオンは正式に、ぼくの家の一員になったんだ。

 今のぼくにとってミャオンは、大事な家族だし、大事な友達だ。大親友!
 ミャオンがいない世界なんて想像できないくらい、大きな存在になっている。
 だけど、だけど。
 あの三ケ田さんが、もし、ミャオンの本当の飼い主だとしたら?
 寂しい思いをさせるなって言ってた。
 独り占めするな、自由にしてやれって言ってた。
 それってつまり、ぼくの家でのミャオンの飼い方は「よろしくない」ってことだよね?
 もしかしたら、返してくれって言われるかもしれない。
 でも、そんなことできない。今さら言われたって、もう……。
 ぼくはミャオンを振りかえる。
 ミャオンは今、前脚をピンと伸ばしてお腹のあたり、白い毛の部分を、一生懸命に毛繕いしている。
 ふふ、身体、やわらかいなぁ。
 あ、目が合った。
「ねえ、ミャオン。今、幸せ?」
「みゃおーん」
 すぐにお返事してくれる。
 可愛いな、本当に。
「……うちに来た日のこと、覚えてる?」
「うみゅー」
 毛繕い中の格好のまま、くいっと首をかしげて僕を見上げてくる。
「……ふふ、ごめん。何でもない」
 ミャオンはぐるるんって喉を鳴らすと、また毛繕いをしはじめた。念入りに、念入りに。
 ミャオンはいつもマイペースで、のんびりしているけど――でもそれって、安心しているからだよね?
 ぼくの家のことを気に入ってくれてるよね?
 居心地が悪いとか思っていたりしないよね??
 そんなこと――疑ったこともなかったけれど、三ケ田さんの言葉を思い出すと、不安で仕方がなくなってくる。
 こころがモヤモヤする。
 胸の中いっぱいに、今にも降り出しそうな真っ黒な雲が立ちこめていて、重苦しい。
 ねぇ。ぼく、ミャオンが大好きだよ。
 ちゃんと大切にする。
 幸せにする。
 一生、一緒にいる。
 家族みんなでそう決めて、うちの子にしたんだよ。
 だから、だから――。
 ぼくの家で飼うことを許してもらわなきゃ。
 次に三ケ田さんに会った時、ちゃんと話して、納得してもらおう。
 ぼくは熱心に毛繕いを続けるミャオンを見つめながら、ひとり、堅くそう決意した。

                           <6章へ続く>

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