ぼくとミャオンと不思議を売るお店 第1章1話

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第1章 トモダチは猫

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1話

 ちっくたっく、ちっくたっく……。

 ぼくはさっきから黒板の上にある時計とにらめっこをしている。 あと少し。あと少しで四時。
 あの時計はチャイムの鳴るタイミングよりも一分くらい遅いから、まだ五分もある。
 もっとこう、ぐるぐるっと秒針が回ればいいのに。
 先生が明日の持ち物を教えてくれてる。ぼくはそれをせかせかと連絡帳に書きこんだ。
 また乱暴な字になっちゃったけど、なんとか読めるからいいよね。
 連絡帳の名前欄の『大林陽太(おおばやし・ひなた)』っていう文字は、我ながら上手に書けているけど、二学期が始まってからノートの中身は、いつもこんな調子。
 メモを終えると、ぼくはぐいぐいと筆箱に鉛筆を押し込んだ。
 すると、前の席から、ふぅってため息が聞こえてきた。
「またソワソワしてる」
 内藤芽雨(ないとう・めあ)さんが、そう言いながらプリントの束を回してきた。
「そんなに早く帰りたい?」
 芽雨さんは、何だか怒ったみたいな顔でぼくを見てくる。
「……別に」
 思わず誤魔化してしまったけど、芽雨さんにぼくの本心は筒抜けだ。
 だってこのやりとりも、いつものことだから。
 キンコンカンコーン♪
 やった! 待ちに待ったチャイムだ!
 日直さんが号令をかけて、先生にみんなで「さようなら」と声を揃えて言う。
 これでやっと学校から解放された! ぼくは自由だ!
 早く、早く!
 ぼくは慌ててランドセルに教科書や筆箱を押し込んだ。
「んっ」
 どっしり重いランドセルを背負って、黄色い帽子をかぶる。
 すると、
「ちょっと、大林くん!」
 芽雨さんが駆け出したぼくを呼び止めてきた。
「プリント! 忘れてる!」
 芽雨さんがぼくのイスの下に落ちているプリントを拾ってくれていた。
 そうだった。さっき渡されたやつ。
「ありがとう」
 あわてて受け取ると、ぼくはプリントを持ったまま教室の外へ飛び出した。
「そんなに家がいいの?」
 呆れたような芽雨さんの声が聞こえた気がする。
 うーん。家がいいっていうのはちょっと違うんだよね。
 部屋でひとり待っているミャオンに会いたい。ただそれだけ。
 ぼくにはミャオンって名前の親友がいる。
 あ、親友っていっても、猫なんだけどね。
 うちに来てから、そろそろ一ヶ月になるところ。
 ミャオンは世界で一番かわいい子猫だ。
 瞳は透き通っていてキラキラ。
 毛並みはさらっさらで、つやつやで、ふわふわ。
 ぼくが帰ると真っ先にすり寄ってきて、ゴロゴロ喉を鳴らしてくれるんだ。
 ミャオンはどうしてか、ぼくに一番なついてくれている。
 ごはんをあげているお母さんでもなく、おもちゃを買ってきてくれるお父さんでもなくて、ぼく。一緒に遊ぶことくらいしかしないんだけど、お母さんたちとぼくとでは、全然態度が違うんだ。
 どうしてなんだろう?
 うれしいけど、ちょっと恥ずかしい。
 だって時々、お母さんたちが羨ましそうにぼくとミャオンを見てることがあるから。
 でも、ぼくだってお母さんたちに負けないくらい、ミャオンが大好きだ。
 学校でイヤなことがあっても、ミャオンを抱きしめれば、全部吹き飛んじゃうんだから。
 本当はずっとずっとずーっとミャオンと一緒にいたい。ちょっとでも離れたくないくらい。
 だけど、ぼくには学校がある。
 毎朝、ミャオンを部屋に置いて登校する時、いつも悲しそうにぼくを見上げてくるミャオン。
 あんな顔されたら、学校なんて休みたくなるよ。
 だから早く家に帰って、ミャオンを安心させてあげなくちゃ。
 ぼくは息を切らしながら、家を目指した。
 もちろん、信号はちゃんと守るよ。信号のない交差点だって、車や自転車が来ないか、確かめてから渡ってる。お母さんたちや先生に「気をつけなさい」って言われているからね。
 でも、ずっと駆け足になっちゃうのは譲れないんだ。
 息が切れるけど、ミャオンに会えば忘れられるし。
 あ、家が見えてきた。オレンジ色の屋根の二階建てが、ぼくの家。玄関にたどり着くと、ぼくはランドセルにつけているカギを引っ張った。ピーンとワイヤーが伸びるキーホルダーにつけてあるんだ。昼間はお母さんもお父さんもお仕事で出かけているから。つまり、ぼくはかぎっ子ってやつ。そしてミャオンも、ぼくが帰るまでは家でずっとひとりきりなんだ。ミャオンはまだ子猫だから、寂しいよって鳴いていると思う。

 ぼくは息を整えながら、カチャッとドアのカギを開けて、と。「ただいま、ミャオン!」って大きな声であいさつ。

 こうすれば、ミャオンだってぼくが帰ってきたってわかって安心するよね。
 ぼくは玄関で靴を脱ぎ捨てると、重いランドセルもその場に下ろした。
「帰ったら、まず最初に手洗いうがいね!」ってお母さんに言われてるから、守らないと。
 洗面所に駆け込んで、手を洗って、うがいをして。
 そうしてやっと、ぼくは自分の部屋へ。
「ただいま!」
 ドアを開ければ、ミャオンはぼくに飛びついてくる。
 だから、しゃがみながらぼくはドアを開けた。

 …………。

「……あれ?」
 いつもなら、ミャーって鳴きながら飛んでくるはずのミャオンが来ない。
 ぼくは部屋に入ってきょろきょろと中を確かめた。
 ミャオン、どこにもいない。
「……ミャオン?」
 いつもなら、名前を呼べば返事をしてくれるのに。
 あ。わかった。
 なにかイタズラしたんだな?
 ティッシュを箱から全部ひっぱりだして、部屋中にばらまいた時も、隠れていたもんね。
 でも……部屋の様子を見ても、朝と同じ。
 イタズラしたようなあとは、どこにもなかった。
「かくれんぼかな?」
 ぼくはミャオンがいそうな場所を探しはじめた。
 突っ張り式になっているキャットタワー。その小部屋に、背伸びして手を入れてみる。
 ――いない。
 じゃあ、机の下?
 しゃがんで覗きこんでみる。
 ――いない。
 それじゃ、お布団の中かな?
 ベッドに近づいて、そっと羽毛布団をめくってみる。
 ――いない。
 あ、もしかして、ひなたでお昼寝中?
 熟睡していて気がついてないとか!
 カーテンを開けて、出窓を見てみる。
 ――いない。
 え?
 本棚の上は?
 ベッドの下とか!
 クローゼットの中は?
 ――いない。いない。いない!
 え、どうして?
「ミャオン!?」
 ぼくは大声を出して、ミャオンを呼んだ。
 でも返事はない。
 そしたら。庭に面している大きな窓のカーテンが、ふわっと膨らんだ。
「あ……」
 そっか。庭を見てたのかも。
 ぼくは窓に近付いて……凍りついてしまった。

 窓が――開いている!
 
 幅はちょうど十センチくらい。ミャオンがすり抜けられるくらい。
 じわっと身体中にイヤな汗が噴き出してきた。
 ミャオンはここから外に出ちゃったんだ!
 そういえば、朝、起きた時。
 ミャオンがぼくの黄色い帽子を枕にしちゃってて……抜け毛がついちゃったから、あの大きな窓を開けてはたいたんだ。
 それから、ちゃんと閉じたと思ったけど。
 あの時、ぼく、カギをかけたっけ?

 ……かけてない!

 ぼくはお母さんに言われたことを思いだした。
 ミャオンを家族に迎えるって決まった時のことだ。
「いい? 陽太。外は危険がいっぱいなの。事故にあったり、ケンカになったり、迷子になったり……」
「そんなこと知ってるよ。ぼくだって気をつけてるし!」
「そうね。陽太はもう五年生だから、わかってるわよね。でも、ミャオンはどうかな? まだ子猫よ。なんにも知らない赤ちゃんと同じなの。自動車がミャオンに向かって走ってきたら? 他の猫や犬たちとケンカになったら? 家の外のことなんて何も知らないのに、どんどん歩いて行ってしまったら?」
 …………想像するだけで、ぼくはものすごく怖くなってきた。
 ミャオンが外に出てしまったら、無事ではいられないってことがわかったから。
「だからね、ミャオンはお家の中だけで過ごしてもらうからね。絶対に外に出しちゃだめ。二度と会えなくなってしまうかもしれないから。こういうのを『完全室内飼育』っていうんだけど。ミャオンに元気で安心して長生きしてもらうためにも、必要なことなの」
「――わかった。ミャオンは絶対に外に出さないようにする!」
 ちゃんと約束したのに。
 なのに、ぼくは窓のカギをかけないまま――学校へ行っちゃった!
 そして、ミャオンは外へ――。
 大変だ!
 ミャオンを探さないと!
 ああ、ミャオン。可愛いミャオン。
 どうか、どうか見つかりますように。遠くへいっていませんように。
 神様! 仏様! ええと、お医者様、ご先祖様、お地蔵様、宇宙人、大統領、超能力者、伝説の勇者、サンタクロース、妖精、妖怪、いっそ大魔王でもいい!
 誰でもいいから、ミャオンを助けて!
 ぼくは知っているかぎりのすごい人たちに祈りながら、大慌てでランドセルを飛び越えると、脱ぎ捨てた靴をつっかけて、家を飛び出した。 


                            <2話へ続く>

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