編み物の妖精(仮題)
PROLOGUE(?)
たぶんロッカーのところにでも落としてきたんだろう。左のほうの手袋。でも、わざわざ取りに戻るのは面倒。このキツい坂道を引き返すなんてありえないし、明日でいいよね? 親切な誰かが忘れ物ボックスに放り込んでくれてるかもしれないし。なくなってたら、また百均で買えばいい。明日の朝は使い捨てカイロでなんとかしのごう。
そんなことを考えながら、私は学校から駅までの下り坂を、いつも通り、一人で歩いていた。
びゅうと冷たい風が吹きつけてくる。自分の吐いた息がメガネを一瞬だけ曇らせる。
「あああっ! 危ない、どいてー!」
叫び声がどこからか降ってきた。と、同時に
ころころ……ゴロゴロ、ドサドササー!
坂道の上のほう(つまり私の背後)から、雪崩れのように、なにか丸いものが転がってきた。大抵こういうときは、オレンジとか柑橘類の果物が定番品。でも今、私の周りを転がり落ちていくのは、そんなものじゃなかった。
色とりどり。形も球体ばかりじゃなくて、円柱っぽいのとかもある。
私、ひどい近眼だから、動体視力には自信ない。だから"それ"の正体が瞬時には分からなかった。ぽふんと私のかかとに当たって止まったもの。その青くて丸い物を見て、ようやく気がついた。
毛糸玉だ。
え。転がってくるもの、全部、毛糸玉!?
どうして? なんで、こんなにたくさん!? 私が振り返った、次の瞬間。
ドンッ!!
大きな衝撃が全身を貫いた。それから、真っ赤? 真っ黒? とにかく視界が一気に遮られて、身体もふわっと浮き上がった。それから、それから、ええと……。
………………。
…………。
……???
「……あのー? 聞こえますか? 大丈夫ですか?」
私の身体は冷たいアスファルトの上に横たわっていた。冷たい。そりゃそうよ、真冬だよ、今。先週降った雪が、道の端っこに解けずに残ってるくらいに冬まっただ中。でもね、私の身体、動かせないんだ。氷の塊にでもなったみたい。
「生きてますか?」
生きてるよ! けど、動かないんだってば。目も開けられない、指も動かせない。ああ、地面ってなんでこんなにざらついてるんだろう。痛い。冷たい。手袋をしてない左手には、そういうのがダイレクトに伝わってくる。
「なんで左手、手袋してないんです?」
そんなの、学校に忘れたからに決まってる。ていうか……。
「念の為、確認しますけど、あなた女子高生、ですよね?」
……は、はい、一応そうですけど。制服見ればわかるでしょ。それより、あのー、もしもし?
「はい?」
私、『誰』と喋ってるの? 道路のど真ん中で、アスファルトにつっぷしたまま、起き上がれもせず。ていうか、この声……聞き覚えがありすぎるんですけど。
「……あ、ごめんなさい」
わわわっ? 身体が動いた!?
どうやら私、起き上がれたみたいだ。……なんで?
「そうか、そういうことか」
なに一人で納得してんの? ていうか、気のせいかなぁ、さっきから『私』の口が、勝手に動いてなんか喋ってるんですけど……?
「あー、うん、そうなんですよね。でも、このままじゃなんなので……」
『私』は、私の顔とか身体についた砂利をポンポンと払いながら尋ねてきた。
「痛いところとか、ありますか?」
痛いところ? ………………言われてみれば、特にはないみたい。私はどうして倒れていたの? 全身に衝撃を受けたはずだけど、気のせいだったのかと思うくらいに、なんともない。転べば普通、擦り傷とか打撲とか、そういうのができて、ズキズキ痛んだりするものだ。でも、そういうのも全然ない。おかしいよね?
「よかった。怪我はしてないんですね、うんうん。それじゃ……あれが、『あなた』のカバンかな?」
はぁ、まぁ、ソウデス。
『私』は道端に放り出されたカバンに歩み寄って、持ち上げた。
「うっ……重っ!」
そりゃそうよ。一応テスト前だから教科書とか詰め込んでるし。ええと、そうじゃなくて……。ほら! さっきの! 大量の、坂の上から転がってきた毛糸玉はどこにいったの? あんなにたくさん転がってったのに、今は陰も形もないじゃない。あれはどこへ?
ただ。
私は、青色の毛糸玉をすぐそばで見つけた。かかとに引っかかって止まった青色の。『私』はそれも拾い上げた。もっちりした手触り。すぐに温まる感じ。へー、毛糸玉ってこんな気持ちいいんだ……って、和んでる場合じゃない! これこそ、さっきの出来事が夢なんかじゃないっていう証拠だ!
「はい、夢じゃないです」
…………だからさ。『私』、『誰』と喋ってるの? 今、ここには私一人しかいないんですけど。それにさっきから、身体が自由に動かせないし、声も出ない……いや、出てる……とも言えるけど……やばい、混乱してきた。
「本当にごめんなさい。自分は本来、人畜無害なんですが、今回はその、不可抗力と申しますか、つまりは事故でして」
……どういうこと?
「わかりやすく説明しますと、自分が『乗っ取っちゃった』みたいなんです」
……何を……?(嫌な予感しかしない)
「あなたの身体を」
……………………はああああ!?
「異世界転生モノってやつです!」
……いや、いやいやいやいやいや!
「自分的には憧れのシチュエーションです!」
ちょっ、ちょっと待った! なんなの? なんなのこの状況!? 意味分かんないんですけど!?
「あ、自己紹介がまだでしたね。ごめんなさい。……えー、コホン。はじめまして。自分は『編み物の妖精』です」
……眩暈がした。
<続くの?>
ご支援を活力に変換して、今後の創作活動に生かしてまいります。各種沼への軍資金、猫たちへのおやつとなる可能性も捨てきれませんが……なにとぞ……!