ぼくとミャオンと不思議を売るお店 第3章3話

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第3章 とおせんぼ

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3話

 ぼくは膝の上でゴロゴロ喉を鳴らしているミャオンに今朝の出来事を話した。
「そしたらさ、芽雨さん、黙ったんだよ! それまでうるさいくらいにからかってきた子たちも!」
 本当、あれは気持ちよかったな。すかっとした。
 芽雨さんを言い負かせることができる日がくるなんて、信じられないくらいだ。
 すると、ミャオンはぴょんって床に飛び降りた。そして、くるっと振りかえって「みゃー! みゃー!」って鳴きはじめたんだ。
「ん? どうかした、ミャオン?」
「みゃー……」
「うん?」
「みゃーみゃー」
 猫の言葉はぼくにはわからないけど、いつも適当に相づちを打ってあげることにしてる。だから今日も、ふたりでおしゃべり。
「そっか、ミャオンも見たかったんだね。あの、芽雨さんの何ともいえない表情」
「みゃー! みゃーみゃー」
「え、真似してって? いいよ、見てて。『!』……こんな表情。どう?」
「みゃん! みゃー」
「ね、面白いでしょ?」
「みゃー……」
 う〜ん、モノマネはいまいちだったかな。
「みゃん、みゃー」
「え、なに? もう一回? むりむり」
「みゃー!」
「……」
 なんだろう。ミャオン、何かぼくに言いたいことがあるのかな?
 いつものおしゃべりとちょっと雰囲気が違う。
 ミャオンはぼくの足に、お手をするみたいに、ちょこんと前脚を乗せてくる。
 いたっ。ちょっとツメが出てる。
「どうしたの、ミャオン?」
 うーん、そろそろ爪切りしないといいけないかな。ママに頼んで、やってもらわなきゃ。
「みゃー」
 ミャオンはぼくになにか訴えてるみたい。なんだろ……。
 あ。
「……そうか。わかった。おやつだね!」
 いけない、今日はまだあげてないんだった。
「ちょっと待ってて」
 ぼくは立ち上がって、ミャオンのおやつを入れているボックスを棚から引っ張り出した。
 ミャオンが尻尾をピンとまっすぐにして、ぼくにまとわりついてくる。
 やっぱりそうだ。お腹が空いてたんだ。
「今日は何をあげようかな〜」
 ボックスの中に、見慣れない紙袋が入ってる。
「ん? これって――あ」
 『不可思議本舗』(ふかしぎなんちゃら)ってお店で買ったおやつだ!
 ええと、何ていうやつだっけ? 『十人……』なんとかっていうクッキーだ。
 値段は覚えてる。1枚百円! 高い!
 これ、まだあげてなかったな。ミャオン、食べてくれるかな?
 ぼくは紙袋から1枚、クッキーを取り出した。
「ミャオン、はい、おやつ。新しいやつだぞ〜」
 ぼくの足に絡みついていたミャオンが、真ん丸な目をしてクッキーに鼻を近づけてくる。
 くんくんくん……って、やたら念入りに匂いを嗅いでいる。
 うーん、食べてるれるかなぁ?
「1枚百円だぞ〜。高いんだから、できれば食べてほしいな〜」
 ぼくがおいのりするように呟くと、ミャオンは舌を出して、ぺろんとクッキーをなめた。
 それから、急に別人……じゃない、別の猫のようにクッキーにがぶりと噛みついて、ぼくの手からクッキーを引ったくった。
「!」
 はぐはぐはぐって、ものすごいスピードで食べはじめる。
「お、おいしい?」
「みゃ!」
 あっという間に平らげて、ミャオンはぼくを見上げてきた。目がキラッキラに輝いてる。
「みゃー!」
 またぼくの足にまとわりついてきた。尻尾もピンと立てて。おねだりのポーズだ。
「え、もっと? 仕方ないなぁ……」
 ぼくはまた1枚、クッキーをミャオンにあげる。
 ガツガツ食べるミャオン。あっという間に全部食べ尽くして、またぼくを見上げる。
「みゃ!」
「え……まだ足りないの?」
 嬉しそうなミャオンの眼差しに応えたくて、ぼくはミャオンにおかわりのもう1枚をあげる。残りはあと2枚。これでぼくのお小遣いの三百円がミャオンのお腹の中に入っちゃった。
 これ、そんなにおいしいのかなぁ?
 試しに1枚取り出して匂いを嗅いでみた。
 んー……?
 別に特別な香りはしないなぁ。というか、何にも匂わない。猫にはおいしそうな匂いに感じるのかな? 人間よりは鼻が利くって聞いたことあるし。でも、人間のぼくにしてみたら、あんまりおいしそうじゃない。……まあ、猫用だから、ぼくが食べるわけじゃないんだけどさ。
「みゃみゃ!」
「えっ? いたたたっ」
 ミャオンはいつの間にかぼくによじ登ってきていた。ぼくの服に爪を突き刺して、ぼくのお腹のところまでたどり着いている。その視線はまっすぐ――ぼくの手の先、クッキーを見つめていた。ミャオンがこんな風になるのは、うちに来てから初めてのことだ。
「わ、わかったよ。もう全部あげるから!」
 ぼくはミャオンを身体に張り付かせたまま、残りの2枚を床に置く。
 とすん!
 ミャオンはすぐさまぼくから飛び降りて、クッキーを夢中で食べた。
「……」
 ほとんど丸のみだ。
「みゃ!」
 また顔を上げる。いやいやいやいや、もうないから!
「おしまいだよ、今日はこれで終わり」
 そう言って、クッキーの入っていた紙袋を逆さにして振ってみせた。粉がパラパラと床に落ちる。
 そしたらミャオンってば、床を熱心に舐め始めた!
 さっき自分が食べこぼした粉までキレイにしてる。
 えー……そこまでおいしかったんだ?
「みゃ!」
 ミャオンはお座りしてぼくを見上げてくる。
 瞳はめちゃくちゃ輝いてる。ものすごく嬉しそう。
「…………」
 これは「もっとちょうだい」って言ってるんだよね? 言葉が通じなくても、この顔を見ればわかっちゃう。
「わかったよ。また買ってきてあげるから」
 ぼくはそう約束した。
 ……だけどこれ、何て名前のお菓子だったっけ?『十人……』なんとか。
 ど忘れしちゃったよ。
 こんなに猫が喜ぶくらいなんだから、あのお店の人気商品なんだろうな。
 ……。
 ――だとしたら!
 売りきれちゃったりしてるんじゃない!?
 あの時、どれくらい商品あったっけ? 売りきれちゃってたら困るな。
 ミャオンがこんなに喜んでくれるんだから、何枚かストックしておきたいし……。
 ぼくはおやつボックスを棚に押し込むと、机の引き出しからお財布を取り出した。おこづかいの残りを確かめる。
 ――うん。百円玉、まだある。
 念の為、クッキーの紙袋も持っていこう。これに入れてくれたやつですって言えば、店長さんも思いだしてくれるかもしれないし。
「……ちょっと、お留守番してて。買ってくるから」
 ぼくはあわてて部屋を出て――また舞い戻る。
 いけない、いけない。ちゃんと窓のカギと、ストッパーが掛かっていることをチェックしないと。
 うん。大丈夫。
「よし。じゃ、行ってきます!」
 ミャオンを残して、ぼくは部屋を飛び出した。

                          <4話へ続く>

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