ぼくとミャオンと不思議を売るお店 第2章5話
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第2章 猫はトモダチ
5話
うわあ、すごい! すごぉい!
カリカリが雨になって降ってくるよ、陽太!
香ばしい匂いが、辺りいっぱいに広がっていく。カツオにマグロ、それからチキン味! なんておいしそう……。
私は目の前で繰り広げられる夢のような光景に、ぼーっと見とれちゃった。
そうこうしている間にもご近所に住んでいる猫さんたちが一斉に集まってきてカリカリを食べはじめたわ。
みんにゃ嬉しそう。おいしそう。いいなぁ……。
「す、すごいね」
うっとり。ため息が出ちゃう。
「いつものことだよ」
陽太はさらっと答えるけど――私はびっくり仰天!
これがいつものことなの!? それじゃあ、あのカリカリをばらまいてくれているおばさんは、ごはんの神様みたいじゃない!
「あ」
陽太が小さく声を上げる。
「知ってる猫が来た」
え? 陽太の視線を辿っていって――私は全身の毛が逆立つのを感じた(今は人間の姿だから、毛はないんだけど)。
だって、それがボス猫――ゴンのことだったから。
私は思わず陽太の後ろに隠れた。
周りにいた猫たちもゴンに気が付くと、さささって道を開けていく。
「ああ、来たね、マンマル」
――マンマル?
ごはんの神様は、ゴンのことをそう呼んで、フードを山盛りにしてあげた。それをゴンはゆっくりと食べはじめる。
ふわぁ〜。あれが、ボス猫の特権ってことなのですか!?
いいな、私も食べたいな。今日はお出掛けしちゃったから、おやつも食べていない。さっき『カミカミ』を丸のみしたけど、あれだけじゃ全然足りないわ。
でも大丈夫。もうすぐご飯の時間だから、それまで我慢すればいいの。我慢よ、私。
「ここには来てないみたい……」
不意に陽太がつぶやいた。
あっ、そうだった。私たち、『私』を探しに来てるんだった!
陽太ったら眉毛がハの字。目もなんだかうるうるしてる。
――ごめんね、陽太。心配させて。私はここにいるよ。
そう伝えたいけど――。
ぐるるるきゅー。
空気も読まずに、私のお腹の虫が鳴いた。
「……えへへ、ごめん」
「おなか空いた?」
「うん……」
公園にばらまかれたフードはもうほとんど食べ尽くされちゃってる。
あーあ……。食べ終わったみんにゃは、満足げに毛繕いとかしてる。
あら。さっき『店』にいた猫たちも何匹かいるみたい。モノクロさんたちがいないのは――まあ、お家があるからよね。
ゴンをチラッと見てみると、あの山盛りのフードをきれいに食べ尽くしたところだった。
そして「また明日も頼んだぜ」ってごはんの神様に言うと、そのままどこかにいっちゃった。
私がいることには気づかなかったみたい(よかった!)。
「あら、どうしたの?」
え。
あ、『店』にいたキジトラさんだ。
「さっきお店で会ったわよね」
は、はい。私が頷くと――公園にいた猫たちが、興味津々って感じで近づいてきた。
「おう、新顔かい?」
「グレースと一緒にいるとこ、見かけたぜ」
「あれだろ、スノウさんとこのお隣の――」
「はじめましてじゃないよ。この前、窓越しに挨拶したの、覚えてる?」
みんにゃ、とっても優しく私に接してくれる。あのゴンっていうボス猫とは違って、睨みつけてくる猫はいなかったから、少しホッとしちゃった。
「わわっ……すごいね。君、猫に好かれるタイプなの?」
陽太が私を見て目をまあるくしてる。
そ、そうか! 陽太から見れば、そう見えるよね?
ていうか――人間の姿をした私は、猫には猫に見えているのかな?
「わ、わかんないよ。こんなの初めてだし」
「そうなの? ……ねえ、みんな、君に撫でてって言ってるみたいだ。撫でてあげなよ」
えっ、そんなこと誰も言ってないけど……でも、ここは陽太の言う通りにしておこうっと。
「う、うん……」
私はしゃがみこんで、みんにゃをナデナデした。
「うふふ、ありがとう、気持ちいい♪」
「ねえねえ、『店』に行ったなら、店長さんに睨まれたでしょう」
「店長も相変わらず一見さんには無愛想だからなぁ〜」
みんにゃは口々に『店』のことを話している。スノウさんが言ってた通り、この辺りの猫たちはあのお店のお世話になっているのね。
あ、陽太が他の猫に手を伸ばしてる。でも、警戒されて逃げられちゃった。もう、陽太ったら、初めて会う猫で、撫でさせてくれる子なんて、そうはいないんだよ?――って、教えてあげたいけど、やーめた。
だって、陽太が他の猫にモテちゃうなんて、イヤだもの。陽太は、私だけの陽太でいてほしいから。
あら……これってヤキモチ?
「この猫たちに会うのは、今日が初めて?」
「う、うん……」
嘘はついてないよ。そうじゃない子もいるけど、初めましての人もいるし。そもそも私が外に出たのは今日が初めてなんだから。
すると陽太は、急にいいことを思いついた!って顔をして、私の肩をつかんできた。
「ねえ、君、ミャオンを呼んでみてくれる?」
「えっ? ど、どうして?」
「だって、こんなに猫に好かれるくらいだもん。もしミャオンが近くにいたら、出てくるかもしれないじゃない」
ええええー! 出てこないよ? だって私、ここにいるもの! 自分で自分を呼ぶなんて、恥ずかしいし、おかしいってば!
だけど、陽太の目は真剣そのもので。
「お願いだよ。一回でいいから」
そんなふうに頼まれたら――。
「……う、うん。いいよ」
断ることなんてできないよ。
私は立ち上がって、たくさんの猫たちの視線を感じながら、自分の名前を呼んだ。
「ミャオン!」
……はーい。
心の中で返事しちゃう。
みんにゃ、きょとんとした顔で、私たちを見上げてる。
うん、言いたいことはわかってる。だから、お願い、何も言わないで……。
「ミャオン!」
陽太も私を呼んだ。
「ミャオン!」
……………はーい。
心の中で、またお返事。
みんにゃの好奇心いっぱいの視線が、私に突き刺さってくる。
うう、恥ずかしい。そんなに見ないでー!
「どうしたんだい?」
ごはんの神様が私たちに声をかけてきた。
私たちの声が聞こえちゃったみたい。
陽太はすがるように、ごはんの神様に私の特徴を伝え始めた。
「あらあら! 脱走しちゃったの? それは心配ねぇ。わかったわ、ハチワレの子猫ね。気をつけて見ておくから」
「ありがとうございます!」
陽太、ごめんなさい。ごはんの神様、ごめんなさい。
私はここにいるんです。脱走したんじゃなくて、お買い物にいっただけなんです。
心配かけて、本当にごめんなさい。
私が心の中で謝っていると、突然、大きな音が頭上から降ってきた。
「!?」
私に尻尾があったら間違いなく太くなっちゃってると思う。
でも、よく聞いてみたら、いつも夕方になると聞こえてくる、あのメロディだった。
見上げれば、公園の時計塔の上にスピーカーがあった。あそこから流れてきてるのね……知らなかったわ。
私、この曲は好き。お出掛けしている陽太が、家に帰ってくる合図なの。
すると陽太が心底困ったって感じでつぶやいた。
「……どうしよう。帰らないといけない時間だけど……」
「帰らないの?」
「だって、ミャオンが見つかってないんだよ。帰れるわけないじゃない」
あ……そういうこと?
「……もう家に帰っているかもしれないよ?」
ね? だから家に帰ろう。お外で遊ぶのはこの音楽が鳴るまでってママさんとも約束してるんでしょ?
「早く帰らないと、叱られちゃうんじゃないの?」
「うん、そうだけど……」
陽太、困ってる。
私が見つからないから。
あれっ? じゃあ、『私』が家にいれば――?
「帰る」
私は宣言した。
「え?」
「ごめん。もうこんな時間だし、先に帰るよ」
そうよ、私が先に帰っていればいいのよ! ああ、なんで気が付かなかったのかしら!
私は慌てて駆け出した。
家は――確かあっちのほう。たぶん。
無我夢中で私は走った。早く、早く、陽太よりも先に帰らなくちゃ!
あ、近道!
私は植え込みの隙間にできた、 猫専用の小さな道を見つけた。ここを通れば家にたどり着ける! だって、グレースの匂いがするから。
私はしゃがみ込んで、抜け道に突進した。
……葉っぱや枝がホッペに刺さってちくちく痛い。それに――頭は入ったけど、何かが引っかかってる。
ガサガサガサ。
植え込みが大きく揺れるけど、全然前に進めない。
ねえ、これ、なぁに? 何かが引っかかってるみたい。
――ああ! そうよ、肩だ! 私の肩!
私はスポッと植え込みから顔を引き抜いた。
やだ。髪の毛に葉っぱがついちゃってる。
「……はぁ、失敗」
ぱたぱたと頭についた葉っぱを手で払い落としながら、私はため息をついた。
今の私は人間で、おヒゲがないから、この道が通れるかどうかもわからなかったんだ。
人間って不便。
「………………え」
人間。今、私は人間になっている。猫じゃない。
……ということは?
家に帰れない!?
「えええええ!?」
私は一人、声をあげちゃった。
だって、そうよね? 人間のままじゃダメよね?
ただいまーってしても「どなた?」って言われちゃう。
猫に戻らなきゃ! でも、どうやって? 店長さん! 店長さんに、教えてもらう!?
じゃあ、もう一度お店に戻って――。
「なにやってんだ?」
のんきな声が聞こえてきた。
「え?」
抜け道の向こう側からやってきたのは、グレース!
私は思わずグレースを抱きしめちゃった。
「グレース! 助けて! お店に連れて行って! 私、人間で、ここ通れなくて、猫にならないとお店に――!」
「うわぁ!? お、落ち着け、落ち着けよ、ミャオン!」
グレースは私の前にポトッと小さな塊を落とした。
それは、あの『カミカミ』。
「店長言ってたろ? 2コで1セットって。元に戻る時はもう1コ食べればいいらしいぜ。さっきお前『店』に忘れていったから、オイラが持ってきてやったぞ」
えっへんと胸を張るグレース。うーん、頼りになる!
「ありがとう!」
私はカミカミを拾い上げて、ぱくっと食べた。
……うっ。
ざらざらする。砂が付いてるみたい。
それもそうね……グレースってば、これを地面にじかに置いてたし。ちゃんと汚れを払ってから食べるべきだったわ。今度から気をつけなくちゃ。
むぐむぐ。
今回は丸飲みできなくて、ゆっくり噛みしめる。結構固いんだ、これ。味は――なんていうのかな。――そう……果物! 私は食べたことないけど、陽太の好きなぶどうの香りに似ている。なかなかおいしいじゃない?(砂さえなければの話よ!)
ごっくん。
食べた! ごちそうさま! これで元に戻れるはずよね?
私は道端に座り込んで、その時を待った。
グレースが私の膝に乗っかってくる。
「へへっ、こうしたほうが、変に見られないだろ?」
「……そう?」
「そうだよ! 人間は猫が膝に乗ると動けなくなるんだぜ!」
でも普通、道端で膝に猫を乗せることはしないと思うけど。そんな風に反論しようとしたら――来た。来たわ!
身体がヒンヤリと冷えてくる。
……寒い。ガタガタ震えて、歯の根までカチカチ鳴りはじめた。手足も冷たくなってきて……どうして? さっきはポカポカ温かい感じだったのに……!
グレースが目を真ん丸にして私を見上げてくる。
ねえ、私、どうなっちゃうの? 店長! 『カミカミ』って不良品じゃないでしょうね!?
がちゃり。
陽太の部屋のドアが開いた。
私はいつものように、陽太に飛びつく(間に合ってよかった!)
「ミャオン……!」
陽太も、いつものように私をぎゅって抱きしめてくれた。
「よかった……! よかった、ミャオン! 戻ってきてくれてありがとう……!」
う、うう……痛い、痛いわ、陽太。もう少し力を抜いて……。
お願いが通じたのか、陽太は私を解放してくれたけど――今度は身体のあちこちを確かめはじめた。手をグイッと持ち上げられたり、お腹をもしゃもしゃされたり。ツメの間に土がついてること、頭に葉っぱのかけらがついてることも気づかれちゃったみたい。
くすぐったいよぉ〜! お願い、許して。私は元気だから。
そうお願いしようと見上げたら、陽太の目からポロポロと大粒の水滴があふれてきた。
……。
知ってる。このしょっぱい水。「涙」でしょ? 悲しい時にこぼれてくるもの。
……私、陽太を泣かせちゃった……。
「もう……勝手に外に出ちゃダメじゃないか……。ぼくがいけないんだけどさ」
ううん、いけないのは私。ごめん。ごめんなさい、陽太。泣かないで。陽太が泣くと私もつらいわ。
私はそっと陽太の涙をなめとった。
「ふふ、くすぐったいってば」
あ、笑ってる。笑顔。私の大好きな陽太の笑顔だ。
よかった。
……私はホッと息をついた。
それにしても――今日は色んなことがあったわね。
初めての外の手触り、初めて出会ったボス猫・ゴンの迫力たっぷりな目力とか。
そしてなにより、あの不思議な『お店』!
人間になれる食べ物を売っているなんて――信じられないけど、本当にあったことなのよね?
ああ、でも結局、陽太を困らせるだけだったわ。
困りごとを何とかしてあげたかったのに、逆効果だった。
次の機会があったら、もっともっと陽太とおしゃべりして、陽太の悩み事を解消してあげたいな。
うん、次こそは。
私は陽太の胸に頭をこすりつけながら、そう心に誓った。
<3章へ続く>
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