表現とスピリチュアルについて(正敏)

こんにちは、正敏です。

実は、僕には別名でスピリチュアルっぽいことを呟くツイッターがあります。

ちょっとずつそれをこの本名のブログに近づけているような感覚が自分の中にあって、近いうちに一つになる気がします。

だって、それも僕の一部だから。

それでもまだ別にしているのは、というかそもそも別名で始めたのは、僕の中で「スピリチュアルなものに興味を持っていることは恥ずかしい」という思いがあるから。

先日、奥さんのカレー屋さん「畑とカリー」をなやカフェでやらせてもらって、僕はその手伝いというか、ほぼお客さんみたいに座ってまかないカレーを食べてたんやけど(笑)

ふと、そろそろ僕というものをもっと自分自身が認めてあげて、もっと正直に晒していこうと思った。

毎回そんなことを書いている気もするけど、もっとカギカッコに入れない形で。

僕は20代の頃にスピリチュアルなものに触れた。就職してすぐに通い始めた、絵画スクールだった。
そこでは結局絵のことはほとんど教わった記憶がない。多分油絵みたいなものを数枚描いたけど、ただ思うままに描いただけのような気がする。

その教室の先生がレイキというものをやっていて、そこからスピリチュアルに興味を持っていったのだな。

スピリチュアルというものの本来の意味は別として、今この時代この日本で受け取られているスピリチュアル系と言われるものの持っている性質に僕は心地よさを感じる。それは僕にとっての救いなのだと思う。

僕は音楽をやっている。歌はほぼ歌わない。ギタリストだから。そして、ギタリストの中でも、ソロ演奏をするのではなく、歌を歌う人の横でギターを弾くタイプ。

ミュージシャンとシンガーは同じ意味ではない。不思議なのだけど、絵を描かない画家はいないし、踊らないダンサーはいない。でも、歌を歌わないミュージシャンはたくさんいる。

つまりミュージシャンというのは音楽をする人、音楽の中で生きる人をいうのであって、歌う人とは限らない。

その中で、シンガーと呼ばれる人がいる。彼ら彼女らは歌う人。彼らと僕は違う。

先日の畑とカリーで晩御飯を食べに来てくれた友達のシンガーとまゆと僕との3人で過ごした時間は、僕と彼女たちは違うということをはっきりと感じさせてくれた。

僕が好きなシンガーというのは、歌わずにはいられない人のこと。センテンスをやって、そういうシンガーに、何人か出会った。彼らは歌うことで救われる人だと思う。

勝手な言い方だけど、歌うことでしか救われないのかもしれない。

そういう人にとって、スピリチュアルな「幸せになることを考えなさい」「願いは叶う」「願望実現のための瞑想」とか、そういう類のものはまったくもって不要だったりもするのだと思う。

それでいいと思う。

歌を歌う人は、歌を歌うことで身体と向き合い、心と向き合い、魂と一つになって、その瞬間を生きている。

スピリチュアル系の人たちがやっていることを逆方向から同じ地点に向かって走っているようなものだ。

それでいいと思うし、僕は僕でいいのです。

僕には、歌わずにはいられないという気持ちはありません。

でも、こうして書かずにはいられないという気持ちはあります。

それに従って生きたい。

なやカフェのゆうきさんと和歌子さん。
素晴らしい場所を貸してくれて、ありがとう。

表現とスピリチュアリズム。

僕にとってこの生を生きること、僕にとっての世界の解釈の仕方。

それを言葉やギターや似顔絵やスピリチュアリズムでやれればいい。

人がどう思ったとしても、それが世界への小さくても貢献になればいい。



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線を、音を、土を、言葉を探る。

正敏が日々のことを言葉にしています。

コメント2件

はじめして。
共感できる部分がすごく多くて、とても嬉しくなりました!
スピリチュアルと表現。
私も言葉とアクセサリーで自分の形を作っていきたいな、と思いました。
また覗かせて頂きますね^_^
初めまして、hiさん。
ありがとうございます。嬉しいです。
hiさんの言葉とアクセサリーこれから見せていただきますね。
ひとまずお返事を。
これからもよろしくお願いします。
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