20190122 畑のこと(まゆ)

久しぶりに畑へ。明日は「畑とカリー」だから、その収穫のために。
紅菜苔の花が咲いていた。

今年は確かに暖冬。今のところだけど。
うちの畑があるところはそれでも京都市内中心部よりは大分寒くて、雪に埋もれることが冬の間に何度もあるのだけれど、今季積もるほどの雪が降ったのは年末の1回のみかな。
雪が積もる方が保温性が高まるので野菜にとっては好環境。今年のようなのは霜ばかりでかえって厳しいと思う。土の中でダメになってしまっているものもそれなりにあるし。

畑とカリーで使っている野菜はほぼ自給できている。
ただ、カレーの多くに使用されている玉ねぎとトマトはどうしても年中自給することができない。うちの野菜でやるんだ!とこだわっていた時期もあったけれど、今は無いものは買えばいいと思っている。
うちの近くには規模の大きなオーガニックスーパーもあるし、京都近郊の質のいい野菜を売っているお店もたくさんある。
だから、玉ねぎもトマトも他の野菜も必要があれば買う。

ただ、畑を始めてからというもの、ほとんど野菜は買わずにその時とれたものでどうやって食べるかを考えるのが習慣になっているせいか、あるものでやれた方が楽だ。
玉ねぎやトマトを使わなくてもできるレパートリーを少しずつ増やしたり。
あまりたくさんの種類を育てているわけじゃないから、どうしても似通ったラインナップにはなってしまうのだけど(特に冬は秋前に植えたものを食べていくだけだから)、種の状態から知っている野菜を食べてもらえるのはとてもうれしい。

畑のことを最近考えている。

自分の土地でない限り、畑には土地の権利や契約のこと、「見た目」のこと、近隣の方々との付き合い、水のこと、などなど、対外的に起こるさまざまな出来事が常につきまとう。そしてそれらは不安定で、突然にして問題が勃発したりする。

いつまでこの畑を今のように使えるかはまったくわからない。

そして私がとっているのは、何年もかけて少しずつ少しずつ土を作っていくようなやり方だから、ここがダメなら他のところで、という気持ちにはなれない。(まぁそもそも耕作放棄地はたくさんあっても見ず知らずの人が借りられるところはものすごく少ないのだが)

そもそも、自分が畑に求めてきたものは何なのだろう。畑を始めて6年、野菜の旬もあまり知らず、栽培するという経験すらほとんどしたことのなかったところから、うまくはないもののそれなりにいろいろなものを育てて食べられるようになった。この経験があるとないとでは本当に全然違う人生だったと思うくらい大きなことだった。

ただ、これからもずっとやり続けるかというと、ちょっとわからない。畑とカリーをやる限りは続けたいと思うけど。

昨日「ただ続けるために続けない」という言葉を見てハッとした。


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畑とロックとカリーとわたし

赤阪まゆの日々(2018年5月12日〜)。センテンスのギターヴォーカル。アカサカバタケの長。「畑とカリー@なやカフェ」店主。
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