かぐや姫の物語

かぐや姫の物語は、わたしがジブリ作品の中で唯一好きな作品です。かぐや姫の物語をはじめて観た時、わたしはもう少し若かったから、何が罪で罰なのかよく分からなかったし、考えもしなかった。でもこの
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たくさんの可能性を持っていたのに、(かぐや姫は)可能性を活かすことができずに(月に)帰るということは、死ぬこと。(月は)あの世です。

(『高畑勲、『かぐや姫の物語』をつくる。~ジブリ第7スタジオ、933日の伝説~』)
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これを読んだことと、改めてかぐや姫の物語を観て、かぐや姫の「わたしは生きるために生まれてきたのに!」という叫びと「まだ生きていたい」という思いを聞いて漸く分かりましまし。
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かぐや姫は苦しみも悲しみも悩みもない月(あの世)で、苦しみと悲しみと悩みが沢山ある地球(この世)から戻ってきた天人が、生きていた頃の記憶は失っているはずなのに、唯一覚えていた地球の歌をうたって泣いているのを見て地球に興味を持って憧れたことが罪で、苦悩を知るために罰として地球に生きるために生まれたけれど、生まれる前のことは忘れてしまっているから、楽しかった子ども時代をただ思い出すだけで、望まない結婚を迫られ、一般的な幸せという固定観念を無理矢理押し付けられ、親や周りの期待に押しつぶされて苦しんで、もうこの世にはいたくないと無意識のうちにあの世(月)に助けを求めてしまって、屋敷を飛び出してしまった。月(あの世)は「それみたことか」と「これでこの世は苦悩だらけだと言うことがわかっただろう」と罪が許され迎えに来ると言う。途中で夢のような中で、昔子ども時代の頃好きだった年上の男の子(捨丸兄ちゃん)と成長した姿で会って、「貴方となら幸せになれたかもしれないのにもう手遅れ」なんだと言って、空から墜落して海に落ちていく。これは飛び降り自殺を示唆しているんだなと。かぐや姫は沢山の可能性があったはずなのに、その可能性を活かすことができずにただ苦しみにばかり目を向けてしまってもう生きていたくないと思ってしまった。そこでようやく自分はなぜ月から地球に来たのかを思い出すけれど、すでに手遅れで月からの迎えが来てしまう。自分は生きるために生まれて来たのに、お父さんの期待が苦しかったと、告げて、まだ両親と一緒に過ごしていたかったのに、ただ衝動的になってしまっただけなんだと(衝動的に自殺した)言うけれど、もうやってしまったことは取り消せなくて、月(あの世)からの迎えが来て月の羽衣を着ることで完全に死んで、生きていた頃の記憶を失って月(あの世)に去っていき、両親が「(親の期待で押しつぶして苦しませて)すまなかった」と泣き崩れ、かぐや姫は月へ帰る途中で地球を振り返り、記憶はもうないけれど涙を流して終る。
帝に迫られた時、まるで死人のような顔色になりフッと消えたり現れたりするのは、手遅れだと言った通り、もうかぐや姫が死んでいる、幽霊のような存在と言うことを表しているんでしょう。
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これは、自殺問題を、昔話の竹取物語を使って表現した物語なんだと感じました。
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わたしのプロフィールの自己紹介のURLを読んで下さった方ならわかると思いますが、わたしも全て失敗して生きていますが、自殺を過去何度もしていたので、この作品がより深く心の中に残っています。
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#かぐや姫の物語

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