第四十九段 はるけし =(空間的に)はるかだ。遠い。

大丈夫だよ。大丈夫。

ずっと降りかかる言葉は、暗闇の中に時折、光を照らしており。

耳の奇音と、喉の痛みが強烈過ぎて、息するのも辛い。

辺りは闇。今まで味あったこともない苦痛、これは死に近づいているのやも。

これで終えるのは、げせぬ。まだ何もない。

始まってもいない気が、する。


広がる闇に、立つこともできず、苦痛に、のたうち回り。

続く、苦痛、

がつがっ、体内でひろがろうとする異物。

ただ、時折、降る言葉だけが、俺の、救いなり。


大丈夫。

助かる。

助ける。

待ってて。


言葉、気持ちが降りおりて、闇を灯す。

闇の奥、はるけし処。

そこにある明るい何かに、たどりつかねば。

動ける最大の力で、はいつくばり、のたうちまわりながら、少しづつ、わずかばかりの距離を移動し。

はるけし。本当に少しも近づかぬ。

終わりたくない、しかし自分自身の力ではどうにもならぬ。


…わかっているなら…助けろ…

身勝手な台詞だった。あれを発したことでどうにもならないよな。

俺には何もない。何もないまま、このわけもわからぬ苦痛とともに終えるなり。

はるけし。


どのくらい、時が過ぎている?

苦痛にすべてをなげだして、いかばくかの時が過ぎているような気がする。

意識ありし。

未だに、暗闇の中にいて。

だが、身が軽くなっており。喉の、痛みが失せておる。

走れる。はるけし闇のなか、あの光に向かって、進んでゆける。

俺は、俺を救ってくれた何かに感謝しながら闇を軽やかに駆け抜ける。

ありがとう、助けてくれた、すべて。 





これを見よ 人もとがめぬ 恋すとて 

音をなく虫の なれる姿を

重光大納言







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