日本語を学ぶ
昔、就職先の新人研修を終えて現場に配属された頃の話です。(昔の日記のリファインなので読んだことがある人もいるかも)
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配属された職場の協力会社のメンバの中に、中国人の女性がいる。よくあるSI屋の構図どおり、プロパーのぼくは全体管理や調整ごとを受け持ち、協力会社の人たちはそれぞれのサブシステムのスペシャリストといった構成である。その中国人女性も特定範囲のシステムについて長く担当しており、詳しく色々知っているので、新人のぼくはちょくちょく質問をしたりしている。彼女はもう日本に来て20年以上経つらしく、それなりの中国語なまりは残るものの基本的に日本語で全然問題ないレベルで会話できるし、飼っているウサギにジャビットと名付けるくらいの巨人ファンである。そんな大先輩ともいうべきお方に、こんなペーペーのぼくもたまに質問をされることもある。もちろんそのシステムのことなどではなくて、主にWindowsの一般的な設定や操作周りのことと、もうひとつ、日本語について、である。ある日こういう質問をされた。
「赤ソファさん、今ちょっとイイですか」
「はい」
「ニホンゴについて訊きたいんですが」
「は、はいどうぞどうぞ」
「『修学旅行』ってナンですか?」
ふむ、困った。急に修学旅行とは何だと問われると答えに窮するではないか。そんな質問、考えてみたら生まれて初めてされたかもしれない。ちなみに広辞苑ではこのように書かれている。
しゅうがく‐りょこう【修学旅行】
児童・生徒らに日常経験しない土地の自然・文化などを見聞学習させるために教職員が引率して行う旅行。日本独特の学校行事。
今知ったが修学旅行って日本独特なのか! なるほど、この人が知らないわけだ(というより、本来ならば日本人しか知らなくて当然ということを知っておかないといけないかもしれない)。しかし突然このようなことを訊かれると、どう説明するか思い悩む。
「大学を卒業するときに行く旅行ですか?」と付け加えられた。それはただの卒業旅行です、就職する前の最後の思い出づくりですね、と答え、
「修学旅行はですね……えっと、中学や高校などで学問を修めるため、実際に現地に行き色々見てくるための旅行ですね、たとえば京都や奈良に行き日本史で学んだ建造物を実際に見るとか、広島に行って原爆に関する資料を見たり被爆体験者のお話を聞くとか……ああ、自主的に企画催行する大学生の卒業旅行とは異なり学校が企画引率しますね」
というような感じで説明したら一応納得してくれた。社会科見学や合宿などと何が違うんだと訊かれたらまたちょっと困ったが、唐揚げと竜田揚げは何が違うのだと訊かれたら更に困るのでこのくらいで済んで良かった、と思った。
しかし、「修学旅行」をいくら中国人とはいえこの推定40歳越えてて日本に住んで20年以上の人が知らないものか! いや、よく考えたら知らなくて当然かも!! という驚きとおもしろさがあったので、ぼくはわくわくしながら彼女に、「他に何か、最近知った単語があったら教えてください」と逆に質問した。すると彼女は、この間はじめて「球根」という言葉を知った、と答えてくれた。これまた絶妙なラインの単語だ。確かに日常、園芸の仕事か趣味でも無ければ球根という単語はなかなか使わない。チューリップの球根を義務的に植えるのだって小学校低学年までだ。ATOKだって取り敢えずは「求婚」と変換してくる。球根とこれだけタイプするのもぼくにとっては後にも先にも無いだろう、と書きながら思っている。球根。
……といった感じの話を昼食のとき先輩にしたら、「ああ、おれもあの人に訊かれたことあるよ」と言われた。どんな単語を訊かれたのですかと返すと、先輩は言った。
「『シャア専用』ってナンですか、って」
……先輩はどう説明したのだろう。