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牛丼チェーン店で店員に本来不必要なレベルのごちそうさまを言う桃太郎

 むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。おじいさんは栃木県小山市の個室ビデオ鑑賞・花太郎へバイトに、おばあさんは埼玉県川口市の個室ビデオ鑑賞・花太郎のバイトに出かけました。バイトとしては決して悪くない条件ですが、それでもどうしても入れるシフトが少ないので、所得は決して高くありませんでした。あと二人とも埼玉県蕨市に住んでいたので近くでバイトをすればいいのに、おじいさんは小山まで通っていました。特にその理由はなく、おじいさんは単にバカなのでした。

 ある日のバイト後、おばあさんが西川口駅から5分ほど離れた汚い川を眺めながら歩いていると、上流から個室ビデオ鑑賞・桃太郎のチラシがどんぶらこ、どんぶらこと流れてきました。ドブ川にどんぶらことは一本取られたネ、といった面持ちのおばあさんは、なぜ場所によって系列店なのに花太郎と金太郎、そして桃太郎という屋号を分けているのだろうという漠然とした疑問を持ちながら、そのビラに書いてあった個室ビデオ店・桃太郎池袋東口店に行ってみることにしました。そこで、あの鳥山明の絵に影響を受けてそうな花太郎そっくりの男に出会いました。おばあさんは、鳥山明の絵っぽいなと思いつつも、なんとなくその花太郎似の男とSEXをしました。そして見事に妊娠、約9ヶ月の後に子供を生みました。おじいさんは自分の子だとすっかり思い込んでいたので、名前は翔太が良いなぁ、などと普通にいま流行ってる名前の提案をしてきました。おばあさんはそれではハイカラすぎるので、私たちの仕事にちなんで桃太郎にしましょうと半ば強引に決めました。おじいさんはなんで花太郎じゃないのかとは言いませんでした。なぜならおじいさんは単にバカなのでした。

 桃太郎はすくすくと成長しました。所得が低く、衣食足りない家庭で育ちましたが、礼儀礼節といったものだけはしっかりとという教育方針のもと、とても礼儀正しい青年となりました。

 桃太郎はある日、おじいさんとおばあさんにこう告げました。

「おじいさん、おばあさん、私は牛丼というものを食べてみたいのです。確かに貧しい家庭ですが、それでも不自由をしたということは一度もありません。しかし、噂に聞く牛丼という料理、これを食べてみたいのです。どうかお許しいただけないでしょうか。先日連れていって頂いた牛丼太郎というお店で食べたものは、やはりよくよく考えると牛丼ではなく納豆丼だったようです。まさか牛丼を名乗るお店で納豆をメインに据えてくるとは思いませんでした。私は本当の牛丼が食べたいのです」

 おじいさん、おばあさんは、遂にこの日が来たかと感じました。そして3粒のフリスクを手渡し、おじいさんはこう言いました。

「桃太郎、お前がいつかそう言う日がくると思っていたよ。でもそれは嘘で、超びっくりしているよ。そんなのチャチャッと行けばいいんじゃね?」

 こうして桃太郎は、牛丼を食べる旅に出ました。


 桃太郎が牛丼屋を目指す道すがら、ティッシュ配りのバイトの若者がいました。

 「よろっしゃ〜す よろっしゃ〜す」

 桃太郎もまた若者にティッシュを差し出されました。桃太郎はこう答えました。

「ああっ! このようなものを受け取るわけにはいきません! なぜなら私はお金が無いのです。ごめんなさいごめんなさい」

 若者は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしました。そしてこう答えました。

「何を言ってるんすか。タダっすよタダ。いくらでもどうぞ! 早く無くなる方が嬉しいしね」

 桃太郎もまたハトマメフェイスで言いました。

「ええええっ、いいんですか? そんな太っ腹な! ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」

 このリアクションにウケた若者は、丁度すべてティッシュを貰ってくれた桃太郎のおかげでこの日のバイトが終了となりました。そしてそのまま、桃太郎に付いていくことにしました。なんだか世間知らずで面白そうだったからです。若者の名前は犬山と言いました。桃太郎からはお礼にフリスクを1粒どうぞと言われましたが、粒むき出しだったので断りました。


 桃太郎が犬山と歩いていると、30代くらいのスーツ姿の男が寄ってきました。

「すみませ〜ん アンケートのお願いをしておりまして……」

「わかりました! お任せ下さい! このような機会を与えていただきありがとうございます!」

 そういうと桃太郎は男から葉書を奪うように取り、すぐさま記入を始めました。

「あ、いや、後で投函してくれれば構いませんので……」

 男はそう言いますが、桃太郎は真剣そのものでわけのわからないアンケートに回答していました。個人情報もバッチリひとつのウソもなく記入し、そのうえマークシートで処理されるため誰も1枚1枚を見るタイプではない葉書なのに、表の宛名部分の「○○社 行き」の「行き」に二重取り消し線を引き、「御中」に書き直していました。男はちょっとあきれ顔でこう言いました。

「桃太郎さん(葉書の個人情報を見て名前を知った)、あなた、就活で習った“御中”って書く礼儀を何にでも適用するんですね。マークシート葉書なんだからそんなの誰も見ませんよ」

「いやいや、これは会社様宛に送るときの礼儀です。どんな背景があろうと、どんな内容であろうと、御中と書くのですよ」

 モノゴトのさじ加減を調節できないやつは仕事ができない、と男は決め込んでいたので、話のネタに桃太郎の行動を付いていって観察しようと思いました。男は猿川と名乗りました。


 そんなこんなで犬山と猿川が付いてきているのもお構いなしで牛丼屋を目指す桃太郎に、突然電話がかかってきました。

「もしもし〜 NTTフレッツ光担当の雉田と申します〜 このたびはですね〜光回線のほうに乗り換えるとお得なキャンペーンのご案内をですね〜……」

 桃太郎は答えました。 

「ほほう! お得な情報ありがとうございます! 是非ともお教えください。ただしうちはISDNまでしか元々対応してない地区ですよ。なぜなら蕨市ですからね。それでもよければ是非光回線のお得なキャンペーンを斡旋いただけないでしょうか」

 雉田はヒきました。

「……ん〜 そうですか〜 対応地区でないと難しいですね〜 ごめんなさい」

 桃太郎は残念かつ申し訳なさそうに

「こちらこそ申し訳ございません、せっかくお得なキャンペーンをご紹介にあずかるところでしたのに。申し訳ございません申し訳ございません。失礼いたしますー」

 と電話を切りました。それを聞いていた猿川は桃太郎に言いました。

「桃太郎さん、なんで勧誘電話なんぞにそこまで礼儀正しく応対するんですか、ボクならうるせぇ今忙しいんだボゲッと言って切っちゃいますけど」

「何でと言っても、私は誰に対しても全力で礼儀正しくすることしか知らないのですよ、何故ならぼくの育った家庭の所得は低いから」

「それ関係あるんですか」

「関係があるかもしれないと言った人がいたかもしれないらしいのです。私もよく知らないのですが。申し訳ございません猿川さん」

「いや、いいんですよ」

 猿川はなんとなく桃太郎が他の人なら邪険に扱うティッシュ配りやアンケート、勧誘電話などといったものにやたら礼儀正しく接することがどういうことなのか、理解できた気がしました。いっぽう犬山は、話の下敷きからして本当は雉田も付いて来るべきなのではと思いました。


 さて念願であるところの牛丼チェーンの松屋に入った桃太郎は、プレミアム牛めしなる安いんだか高いんだかよくわからない食べ物を注文しました。無意味に木の入れ物に入った黒こしょう的なものが付いてきて、ほほうこれで高級感の演出ですかと妙に納得しました。

「店長さんはいますか?」

 と桃太郎は中国人バイトに尋ねました。その松屋の店長である鬼頭は、桃太郎と連れの連中を見て、また面倒な連中のクレームか、と身構えました。いざというときは安い土下座をして、あとで防犯カメラから動画をYouTubeにアップすれば即炎上してこいつらも逮捕だな、などと脳内で今後のストーリーを思い描いていました。

「はい、私が店長の鬼頭ですが……」

 いっそ敢えてキレさせてやるか、などとイキがって思っていたりもしたが、実際に相手と対峙するとなかなかそういう態度が取れないのが現実でした。

「あのですね! プレミアム牛めし、とても美味しいですね! 私たち感動しました。味変わらないで値上げしただけ、みたいな意見もあったりしましたが、そんな風には私は感じませんでしたよ。たしかに美味しくなっています! 牛丼、じゃなくて牛めしというのがまたエレガントで良い」

 妙に褒めまくる桃太郎に鬼頭も悪い気はしませんでしたが、あまりに長いのと、他のお客様の注目を集めまくっていること、そしてとっとと出て行かないのが気になり出しました。桃太郎は構わず賛辞とお礼の言葉を続けていました。

「ごちそうさまでした! 本当に良かった! ごちそうさまでした! 弱りましたね、本当は食べログで星5つ、いや7億個くらい付けたいところですが、これではきっと予約が取りにくくなってしまう。ああ美味しかった。シェフ、本当に本当にごちそうさまでした!」

 これ他の客の誰か多分Twitterに目撃情報書くぞ、と鬼頭は思いつつ、

「わかりましたので、是非またお越し下さい。どうもありがとうございました。またよろしくお願いいたします。ささ、では早く出てください」

 と若干失礼な物言いで追い出しました。桃太郎は意に介さず、券売機のデザインも褒めたりしていました。そうしてひととおり過剰なほどごちそうさまを言って桃太郎はようやく満足しました。

「では帰りましょうか皆さん。電車ももう無いのでタクシー使いますか。途中まで一緒ですから割り勘にしましょう」

 そういって桃太郎は犬山、猿川と帰路につきました。タクシーの車内で、桃太郎はこのようなことを言っていました。

「は?だから蕨の西口のほうに公園あるだろ、おい、こっちだと遠回りじゃねえかよ、それでもプロかお前、道くらいわかれよ」

 桃太郎は、なぜかタクシーの運転手にだけはとても厳しい態度でした。


おわり