自叙伝風小説35マカオキャッシュゲーム編

「へぇ、マカオに行ってすぐ兄そるさんに再会できたんですね!」
「うん、もちろんマカオに住んでいるって聞いてから会えたらなって思っていたけど、すぐ会えるとは思わなかった。その後のカジノ飯も美味しかったし、有益な話をたくさん聞かせてくれたよ」
倉田はすっかりメモのページが増えているのにさらに新たなページに捲ってアカヤギの話に耳を傾けた。
「もちろんポーカーについても話したよ、この場面はこうだったんじゃないか、とかその日の振り返りをしたりね?あとは、何より大きかったのは、彼は向こうで生活しているから人脈もしっかりあってね。またポーカーしにくるならホテル代もかかるだろうからって格安の宿を用意してくれたりしたんだよ。それもあったからそこからマカオにしょっちゅう行くようになったんだ」
「わぁ、やっぱり人生が劇的に変わる時ってそんな風になんですね」
「ふふ、そうかもね。・・・確かにその日から僕はポーカーが中心の生活になったんだ」
懐かしむように目を細めながらアカヤギは二度ほど頷いた。
「最初は安い宿だったしご好意だったから甘えてたけど、自分でマカオに部屋を借りたりもしたよ」
「わ、本格的にマカオで活動するためですね!」
倉田の今までの人生では到底考えられないことだ。マカオで活動することももちろんだが、そのために向こうに部屋を借りるなど想像しただけでワクワクしてしまった。
だが、アカヤギはそんな倉田の感情も読み取ったのか揶揄うような笑みを浮かべた。
「でもねぇ、上手くいかなかったねぇ」
「え・・・やっぱりマカオでのポーカーは難しいもの、ですか?」
「あぁ、そっちじゃなくて・・・。マカオに部屋は借りたけどずっとそこで住んで生活するわけじゃなかったんだ。日本にもちゃんと住んで、ポーカーをしに行くために借りた部屋、っていう感じだったんだけど。・・・マカオって湿気がものすごいんだよ。一ヶ月くらい空けてしまうと壁がカビだらけになっててね。それだけじゃないよ、天井が腐って落ちてきたりもした。・・・日本では考えられない事ばかりで、正直人の住む場所じゃなかった」
倉田は苦笑いしながら何度も驚いたように目をパチパチと瞬かせた。
「確かに、それは難しいですね・・・防ぎようもないですし、文化の違いというか・・・」
「うん、そもそもの造りとかが違うんだろうね。ホテルはともかく、平均的な環境で言えばやっぱり日本は安全だし敵わないと思うな」
「・・・そういうもの、ですか。一般の人はわからないところですね」
倉田はしっかりと生の声をメモしながら頷いた。
「アカヤギさんは色々されてきたのは僕もよく知っていますけど、そのころはずっとポーカーだけですか?」
「ううん、そんな事ないよ。トレーダーとしての活動も続けていた。でも、トレードってパソコンがあればどこでもできるでしょう?だからポーカーしに行っても問題なくできるんだよ。朝9時から15時まではトレードしてお金を増やして、夜から朝までポーカーっていう生活スタイルだったなぁ」
その頃だったかな、とアカヤギはまた懐かしむように楽しそうな笑みを浮かべた。
「兄そるは友人と弟のじぇいそると一緒に住んでいたから、僕もじぇいそるさん・・・じぇいさんともマカオで知り合ったんだ。一緒にポーカーしたり他にポーカーする人間がいなくなればサイドギャンブルしたり。もちろん食事とかも一緒に行って、マッサージに行ったり、気分転換にたまに遊びに行こうや、って言ってくれたりもしたね。国境を超えて珠海まで一泊二日で旅行に行ったりね。・・・今でこそいろいろな人やゲームの影響でポーカー人口が増えてアミューズメントカジノなんてものも増えてきてるけど。当時は日本人ポーカープレイヤーなんてほぼいなかったからね。みんなすごく仲が良かったんだよ」
楽しかったなぁ、とつぶやく彼の表情はいつもの優しげな微笑みに加え、どこか少年のような笑顔だった。きっと素直にその頃が楽しくて良い思い出となっているのだろう。
そこからアカヤギの思い出話を雑談のように聴きながら、倉田も楽しい気持ちを共有していく。そして会話が途切れたところでふと倉田が好奇心でアカヤギに質問をぶつけた。
「・・・あの、そもそもポーカーが楽しいのは僕もさせてもらったので思っているんですけど、稼げるものなんですか?」
ぶっちゃけた話だが取材としてはぼやかしておくわけにはいかない。もちろん倉田自身の好奇心も多分に含まれているのだが。
「・・・ん、稼げるよ?もちろんたくさん勉強したり、他の仕事じゃなくてポーカーに咲く時間がしっかりあるとか条件はあるけど・・・海外にはたくさんプロのポーカープレイヤーがいるよ」
「そうなんですか?なんか、イメージですけど、ギャンブラーっているのはわかるんですけど、そんなに稼げるイメージってなくて。負けてマイナスになる時もあるわけじゃないですか」
「うん、それはもちろん負ける時もあるから普通の仕事は違うかもしれないけど・・・ギャンブラーっていうのと少し違うところもあるんだよ」
「・・・・・?」
どういう意味だろう、と倉田が首を傾げるとアカヤギはまた教えるように表情になった。
「ギャンブラーって聞くと、日本だとカジノはないからパチンコとかイメージするよね。もちろん僕もやってたからわかるけど。それが少し違うんだ。カジノって言えばポーカー以外に何があるか知ってる?」
「ええ、と・・・イメージですけど。ルーレットとか、スロットも日本のものとは違うけどあるのは知ってます」
「ふふ、そうだね。あとは僕もしていたブラックジャックとかもあるしバカラもあるね。・・・これらとポーカーは似ているようで結構違うと思っているんだ。例えばだけど、パチンコだったら釘を狭めて当たりにくくしたりするのが普通だし、スロットにも設定があってそれは店が決める。ずっと最低設定のままなんて悪いお店もあるのに、僕らはそれを想像して推理することしかできないんだ。つまり、店と僕たちユーザーの勝負っていうことだね」
倉田が真剣に頷いてききながらメモをするのを待ってアカヤギは追加で情報を語り始めた。
「海外のカジノも同じだよ。もちろん全部が全部ではないけどね。ブラックジャックとかでも結局お店と客の勝負だから、イカサマしていることがあるんだ」
「イカサマ・・・ブラックジャックで、ですか?」
「うん、あれもディーラー、つまり店と客の勝負だからね。客に不利になるようにされていることがある。ブラックジャックは6セットとかトランプを一気に使ってそれを全部混ぜ合わせるんだ。例えば6セットだったら52枚×6で312枚とかね。その中で一番大事なエースやピクチャーカードも4×6で24枚だったり96枚だったりする、っていう風に考えるのが普通なんだけど、これにイカサマをされることがあるんだ。ショートデックっていって、あらかじめAとか強いカードが抜かれて、弱いカードを増やされているんだよ。そうなるとしっかりカウンティングができても負けてしまう。だってあるはずのカードがないんだから、確率とかメチャクチャになるしそもそも不利だからね。・・・でも、ポーカーのやり方、覚えているでしょう?」
「ええ、それはもちろん」
「ディーラーボタンっていうポジションはあるけどあくまでそれもプレイヤーでしょう?それに全員がやることになるわけだし・・・ようはね、誰が大負けしても大勝ちしてもその元は同じプレイヤーだ。カジノ側が大きく損することがないんだよ」
「あ、確かに・・・チップは全員自分で換金しているだけですもんね」
「そう、だからカジノ側は介入しないからイカサマできないし、そもそもする必要もないんだ」
「・・・ああ、だから稼げるということなんですね」
倉田はアカヤギの言いたいことを把握して頷いた。
誰がどれほど負けてもカジノ側は損をしないということはイカサマをする必要がないということだ。というより、誰かが大きく負けて躍起になってチップを換金することを繰り返せばカジノ的には少しとはいえお金が入ってくるから得ということだ。
「その、イカサマがないから稼ぎやすいというのは分かったんですけど、具体的にどうやって儲けを得るんですか?」
「ああ、そういえばポーカーのやり方は教えたけどそっちはまだだったね・・・基本的に海外のカジノで稼ぐ方法は二つあるんだ。キャッシュゲームとトーナメントだ」
「トーナメントは、なんとなくイメージつくんですけど、キャッシュゲーム、ですか?」
「じゃあそっちから説明しようか。海外のカジノではポーカールームがあって、そこで色々ポーカーを楽しむんだけど、キャッシュゲームはその名の通りお金を賭けて戦うっていうイメージで良いよ。キャッシュゲームも色々レートがあってね。S BとB Bが強制ベットになる金額でレートを判断するんだ。1−3っていうのが一般的で一番カジュアルなレートだね。S Bが1ドル、B Bが3ドル賭けるって言う意味だよ」
「ええ、とじゃあコールして入るなら3ドルってことですか・・・なるほど、結構人数がコールすれば一戦で何千円か儲けられそうですね」
「うん、ポーカーなんて一時間二時間だけやるものでもないし、レイズとかオールインが存在するからね。そのレートでも数万円頑張れば儲けられるね」
「でも・・・負けることもあるんですよね」
「ふふ、それはそうだけどね?1−3とかの低レートはカジュアルなプレイヤーも多いから、ちゃんとプレーすればあまりマイナスにならないよ」
「そう、なんですか?」
お金が賭かっているのにカジュアルに遊ぶなど自分にはできそうになくて倉田は軽く首を捻った。
「うん、それは文化かもね。お酒を飲みながらプレイしていたり見るからに遊びでやってるなっていう人もいるよ。そういう人が多いから勝ちやすいっていうのが低レートの良いところだね。もちろんちゃんとやっている人間もいるけど、あまり上手い人間は上のレートでやるからいないかな」
「上のレートってどのくらいなんですか?」
「2−5とか5−10とか本当にさまざまだね。25−50とか50−100なんていう超ハイレートも稀にあるかなぁ。もっともそこは本当に一握りの人間しかいないし、そもそも招待制で誰でもできなかったりするよ。そしてレートが上がれば上がるほど強い人間が増えていくしミスもしてくれないしっていうことになるね。ちなみに、海外でのポーカープレイヤーも様々だけど、2−5がメインの人が多いイメージかなぁ。大体それで月50万円くらい勝ってようやくプロっていう感じもするね」
「うーん、そんなに勝てるんですかねぇ」
「2−5なら無理じゃない額だね。さっきも言ったけどレイズとか当たり前に起きるし、このレートでプレイする人はきちんと稼ぐ方法をわかっているからベット金額をレイズすることも的確だし、しっかり勝てる時に賭けられるからね。普通に良いものを食べて遊んだりっていう贅沢もできると思うよ」
「そうなんですね」
倉田は当たり前だがポーカーができるようになったというだけだ。勝つだけの勉強も知識も何もしていない。もちろん実践経験もない。だからこそ稼げるメカニズムをいまいち理解できておらず、曖昧に頷くだけだった。
「じゃあ、アカヤギさんもトレードとキャッシュゲームで稼いでいたっていうことですか?」
「うん、そうなるね・・・最初の方は」
その含みのある言い方に倉田はまた首をかしげた。
「ずっとそうだったんだけど、ある日グランドリスボアにいつも通りキャッシュゲームをしに行ったんだ。そうしたら、その時は少し景色が違ったんだよね」
そう前置きして、アカヤギはまた回想を始めた。

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