「・・・・・はぁ」
倉田は聞くだけで疲れたように大きく息を吐いた。
とっくに終わった勝負であり、倉田は直接動画で見ているわけでもない。
だが、アカヤギの話し方と当時の緊張感を思わせる話ぶりに倉田も真剣になっていたようだ。
「日本人も多いし、実力者も多かったという事ですか」
「そういう事だね。別にキャッシュゲームでも他のトーナメントでも負ける時は負けるからね、気にはしていないんだけど、やっぱりメインなだけあって難しい戦いは多かったよ」
「ヨコサワさん、でしたっけ」
僕でも知ってます、と呟くとアカヤギも賛同するように頷いた。
「紛う事なきプロポーカープレイヤーだし、何より今日本でポーカーを広めている第一人者だよね。ポーカーに興味ない方にも面白さを伝えるられるようなYouTubeでの活動もあるしすごい子だと思う。その当時はまだ駆け出しだったみたいだけどなんだか落ち着いていた様子だったよ。結局一日目も８２３００点で通過したみたいだし」
「ああ、本当にすごいんですね・・・ところでアカヤギさんはどうだったんですか？」
「うん、そのあとしっかりと小倉さんにもリベンジしてチップを増やしたけど。彼は５１１００点くらいだったかなぁ・・・しっかり取り返しはしたけれど追いつけなかった感じだね」
「なるほど・・・皆のチップ状況ってどれほどのものなんでしょうか」
取り返せる範囲なのか、絶望する範囲なのか。それともごく当たり前の点差なのか。
倉田にはイメージすることができず基準を聞いてみるとアカヤギはそうだなぁ、と顎に指を当てた。
「一日目のトップが１６５２００点で、一番ギリギリで５０００点と少しだったからね、ここまで幅ができるからその点差だけではなんともいえないっていう感じかなぁ」
「そんな差が出るんですね・・・！」
「小倉さんは３１１００点くらいだったかな。結局僕はしっかり取り返したけどお互いあまり差はつかなかったっていう感じだ」
「なんか、同じ日本人で対決して二人とも通過するって熱いものがありますね・・・！」
さらにずっと話をさせてもらっているアカヤギに感情移入するのも当然のことで彼がしっかりと勝っていることも倉田は嬉しく思っていた。
「ふふ、それもそうかもね？・・・あと、前も言ったけれどトーナメントではブラインドが上がっていくからね。二日目とかはもっと大きなチップが動くことになるから数万点の差は直ぐになくなるよ。もっと激しさを増していくんだ」
「・・・そうなんですね！」
すっかり倉田もポーカーのファンになっており、トーナメントの続きを聞くことを純粋に楽しみにしていた。
「二日目は、どんな感じだったんですか？」
「僕自身の調子も良かったしいいハンドも多くてね。結構チップを増やすことができて無事二日目も残ったよ」
「おお、流石ですね！チップはどれくらいになるんですか？」
そう言われてアカヤギはメモを見ながら自分でも思い出すように頷いた。
「一位は４７万点だね。僕は２１９０００点で、六番目くらいだったよ」
「え、八万点からそこまで！？しかもそんな順位ってすごいじゃないですか！」
笑顔のまま倉田は声を大きくさせた。店だからとアカヤギが宥めつつ三日目の話をし始める。
「そこまでは結構順調だったんだけどね」
「・・・と、言いますと」
「そもそもトーナメントって中盤以降になってくるとポットコミットしやすいから取れる戦術に限りが出てくるんだ。それにもうショートスタックも多いからプリフロップからオールインなんてことも多いんだ。そういう意味でも三日目はさらに激しくなるね。三日目になっても僕を含め日本人が多くて結構嬉しかったりもしたんだけど」
そうして話の続きをまた語り始めた。

「・・・コールで」
僕は今チップが１９００００点ほどでB Bが６０００。三日目が始まった今日の朝よりはチップが減ってしまったが、それでもまだまだ点はある。これから取り返していけば良い。
今までハンドが良くなかったが、ようやく♡Q♢Jと少し強めのハンドが入ってきた。スーテッドではないがBBの僕は流れを変えるためにもこれを参戦しておきたい。
L Jが１３０００点のレイズをし、結局H Jと僕がそれにコールを返したのだった。
フロップは♡K♤J♤１０。ポットは４９０００で十分大きな戦いになった。
僕がチェックをする、と机を叩くと先程レイズしてきたL Jがさらに１５０００点のベットをしてきた。ハイジャックがコールしたのを確認し、僕も少し考えてからチップを前に投げる。
4枚目、出てきたのは♧のKだった。
全体的に強いカードの多い中、僕はなかなか難しい立場になってしまう。
ストレートやフルハウスの可能性はあるが、それ以上にツーペアで終わってしまう確率もある。さらにいえば誰かが持っていそうなKが2枚落ちていてトリップスなどがすでに出来上がっている可能性もあるのだ。立ち回りが難しい。
とりあえず机を指先で叩くと今度はL J、H J共にチェックでリバーになる。
5枚目は♢６。僕はJとKのツーペアで確定だ。そしてここまででポットは９４０００点ととても大きなものになっており、ここは獲得しておきたいところである。
チェックでまた流すとL Jがポットの半分強の５００００点のベットをし、H Jはそれを見てノータイムで降りた。
これでヘッズアップとなった僕は相手の顔をチラッと確認してから俯いて真剣に考え始める。
ここに来てベットをしてきた理由はなんだろうか。
今までチェックで他の人のベットを誘い、ここで勝負しにきた可能性はある。
だが、それにしては消極的な雰囲気もある。だが、オープンレイズをしてきたのは彼であるし、そこは考えなければならない。
Kを持っていればそれだけでトリップスで負けてしまうし、A Qなどでもストレートで負けてしまう。だが、そこまで強ければもう少し最初のレイズは思い切ったものにするようにも思える。
Aが絡んでいた場合、ストレート以外に考えられるのはペアで僕より強いツーペア。Jでもツーペア同士のキッカーで負けてしまう。
しばらく悩むが、僕はこの流れを信じ、コールを返した。その時点でどこか悔しそうな彼を見て僕は少し安心する。
そして自分がカードを表にすると彼は裏向きにマックしポットが僕の元へやってきた。
良かった、Jのキッカーで勝っていたか、ブラフだったらしい。
やはりデイ３ともなると油断はできないし、一緒にプレイする人のレベルも高くなっていた。
それにもう一つ緊張する理由があった。それは年不相応に落ち着いた日本人が同卓していたから。突如現れた新星の２１歳、ヨコサワくん。彼は僕よりも多いチップ数をいつの間にか手にしながらわずか九ヶ月ほどとは思えぬほどに堂々と立ち回っていた。
そう、彼もしっかりと勝ち抜いてきており、今日人数が少ないこともあって見事に同卓と相なったわけだ。
そしてしばらくまた戦い僕がB Bになった時。
僕のハンドは♤３♤６。あまり嬉しいハンドでは無いのだが、一人のコールだけで回ってきて、僕はチェックで参加することとなった。
そして、運が自分に向いてきたのか、フロップは♤２、♤４、♤７。
フロップでいきなりフラッシュが完成したのだった。
どうしたものか、と勝負に乗ったS Bを見ると、彼はしばらく悩んでからポットと同じ額のベットをしてくる。
Aがあったとしてももう一枚のカードが２、４、７とあまり強くない数字で参加するような人じゃ無いはずだ。だが、もし僕と同じスーテッドの場合６、３の僕に比べて強いフラッシュの方が多い。だから怖い部分もかなりある。
大量に勝った二日目よりも難しい場面が多いことは苦しいが楽しくもある。
昨日とは比べ物にならないほどすでに頭を使いながらだが楽しんでいた僕はそれにレイズを返した。すると彼もノータイムでコールしてきて4枚目が捲られる。
4枚目は♧７。相変わらず強いカードではないがこれでコミュニティにペアができてしまう。
少し考え、ポットの７５％ほどのベットをしてきた彼にコールを返して5枚目。捲れたのは♡J。
あまり影響のないカードだと思う。そしてそのままショウダウンになると僕はフラッシュのカードを表にする。
だが、彼のハンドを見て思わず僕はため息を吐いてしまう。
出てきたのは♢Jに♢７。フルハウスだ。
（おいおい、最後に捲れたのはJでその前が７だぞ。順調にフルハウスに行きすぎだろう）
流れは悪いのかもしれない。
かなりの高い確率の勝負だというのに大きく負けてしまい、僕は努めて気持ちを入れ替える。
またしばらく参加できない状態が続き、次に勝負できたのはS Bで♢Q♢１０のスーテッド。
これは勝負手なのだが、先程の負けもあるし、他の人とのチップ差もそこそこある現状では少しでもチップが欲しい。そこで僕はあえてコールで入った。
残ったB Bの人だが、彼もチェックで入ってくれた。
フロップは♤A♡J♧４ストレートドローだ。
もちろんハイカードで終わる可能性もあるのだが、十分に強い。
できるだけチップを吐き出させるためにかなり安くベットするとB Bもそれに乗ってきてくれる。4枚目は、♢K。
（・・・よし）
これでナッツストレート。かなり順調に引き込むことができた。
問題はここからで、いかにして相手からチップを出させるかだ。相手のハンドを考えてもかなり有利なことに間違いはないはずだからだ。
A A、KKなどのわかりやすく強いハンドにも勝てるし、そもそもB Bの入り方的にそんなに強いハンドではなさそうだ。もちろん僕と同じで隠れてチップを出させたいと思っているのかもしれないが。
僕はたっぷりと時間を使い、ポットと同額のベットを仕掛ける。するとB Bもコールで返してくれた。
リバーは♧６。
ここでまた僕は状況をしっかりと整理した。まずストレートより強い役は、今のコミュニティカードじゃありえない。フラッシュもフルハウスもここまでバラバラでは物理的に作れないのだ。そして、一番強いストレートのなかで、僕はナッツストレートだ。最低でも引き分け。大丈夫、と言い聞かせながら、思考は相手にできるだけチップを出させる方法に切り替えていく。
ここまで布石で少額のベットを積み重ねてきた。できるだけブラフに見えるように直前のベットも踏まえたのだ。これでブラフと思ってくれ、と願いながら僕はポットの倍額のベットを悩みながら出してみせた。
するとB Bはじっと僕の顔を見つめ、コールしてくれた。
これはかなり大きい。大きなポットを獲得できた。
僕はカードをショウダウンすると相手はマックして無事ポットを獲得。
今のプレイはかなり上手くいった。満足して、いいプレイができたことに嬉しい気持ちはあるのだがゲームは淡々と進んでいく。
一度流れが来たと思ったのだが、その後はジリジリとチップを減らしてしまい、なかなか勝負ができる場面も来ないままただヤキモキした時間を過ごしていく。
そして、二時間ほど経って僕はジリジリと減らす中ヨコサワくんが順調にチップを伸ばしていた。
そして、そろそろ大きな勝負をして捲りたい、と思ったある勝負。
僕のハンドは♡K♡J。これで取り返さなければ。そう思った僕の前で声が上がる。
「レイズ」
２４０００点前に投げた彼の発音は同じ日本人の僕にはとても聞き取りやすい。
その横顔を見るととても初海外とは思えないほどに落ち着いたヨコサワ君の感情の読めない真剣な顔が見える。
みんな降りていく中、B T Nでポシションもよくハンドも強い僕はコールし、またヘッズアップとなる。
彼はここまで見るだけでも十分に実力者であることがわかる。
まだ一年もやっていないのにプロになると言うだけあって、しっかりと知識があるし、勢いもある。
負けられない、と言うほど意地があったわけではないが、意識してしまう部分も当然ながらあった。
実力があるか試してやろう、なんて上から目線の気持ちはないが、新星の彼の実力は大会が始まる前から気になっていたので、どうせなら負けたくなんかない。もちろん他の人になら負けてもいいと思っているわけではないが。
フロップは♤４♡Q♤９。ポットは７８０００とデイ３にもなるとポットがいちいち大きくなる。
だが悪くはないだろう。ストレートも悪くない確率ではありそうだ。
すると少し考えたヨコサワ君が２５０００点のチップを前に投げる。
少し少量のそれに、僕も少し考える。ポットの約三分の一のベットだが、僕は今ストレートドローであるし全然勝負できるだろう。そう考えて僕はさらに８００００点のレイズを返す。彼は少し悩むがすぐにコールしてきた。
そして出てきた4枚目は♧１０。もうポットは２３８０００点で敗退がかかった大勝負の様相を呈していた。
そして、これで僕はナッツストレートだ。とりあえず強い役ができたことに安心しつつ思考をずらしていく。
相手の手はなんだろうか。
A AやK Kでも問題なく勝てる。Qの場合少し怖いが、3枚目が見えているし、Q Qの場合でも８割くらいは僕の勝ちになるはずだ。
最後のQを引いてくるというとても低い確率を引いてくるか、４、９、１０でフルハウスにされてしまうかだ。J Jの場合は僕が一枚ブロッカーとして持っているから最悪でも引き分けになるだけ。T TはQ Qと同じ展開だ。
いずれにしても僕の勝利の確率は高いままだろう。
相手がチェックしたのを受けて、僕はまた時間をとって考えを整理してからベットをする。
１６００００点と大きめのチップに対して、相手は時間をとって考え、僕がオールインをしないといけないチップの量のレイズを仕掛けてくる。
だが、今のこの時点ではナッツストレートの僕が圧倒的に優位のはずだ。相手のオールインは飛ばそうと勇足のようにも思えるし、よくてQ Qのセットといったところだろう。
まだまだ勝利の可能性は高い。のだが、ここでもし乗ってしまうと僕はオールインすることになるわけで、負ければそこで敗退になってしまう。
こうして三日目まで残ったことは嬉しいが、すでに満足して負けてもいいなんて気持ちでは当然無い。
少し運が悪かったとか、ちょっと考えが至らなかったなどという理由で負けてしまうわけにもいかない。
・・・だけど。
今僕は有利なはずなのだ。このオールインは美味しいと思える部分もある。
結局必要なのは勇気なのかもしれない。
僕は今一度ヨコサワくんの表情を見るが彼は相変わらず緊張も見えない顔で飄々としている。
今日になって同じテーブルになったが、直接対決は数えるくらいしかなかったし、大きなポットはこれが初めてだ。
どうしたものか、としばらく考え、相手のハンドも色々と想定するが、やはりどれをとっても有利だろうと思える。
そこで僕は意を決してオールインを返す。
ハンドをオープンすると、ヨコサワくんはQ Qで、僕はひとまず読み通りだと頷いた。
今は８割くらいの確率で勝てる。なぜならヨコサワくんが勝つには４、９、１０、Qのどれかを引かないといけないからだ。
彼はチップが多く強気に出たからこその勝負だろう。すでに少なくなっていた僕を飛ばしにきたのだ。
でも、これで僕は大きなポットを取り返して少し前に進める。
そう思って冷たくなった指を合わせながら5枚目を待つ。
８０%は高い確率だ、問題ない。
―――だが、無常にも捲られたの♡４。
そう、２０％は低いがありえない数字では、決して無いのだ。
スロットなんかでは何万分の一とか数千分の一とかはごく当たり前に存在する。そう言うのも引いてきた僕はそれをよく知っていた。
２割は十回に二回ということ。ありえないことじゃない。ありえないことじゃ無いとわかっているのに、僕は現実をなかなか受け止められずにいた。
間違いなく有利だったはず。立ち回りも失敗ではなかったと思う。
夜反省会をすれば見方は変わるかもしれないが、今思ってもこの場面はオールインで乗ったはずだ。
惜しむらくは、彼に運と勢いがあった、ということだろうか。
僕はゆっくりと立ち上がり荷物をまとめていく。
感謝を伝えて席を立ち、カジノを後にすると、すでに暮れ始めていた日差しが僕を貫く。
僕のW P Tは、ここで終わったのだ。