自叙伝風小説38WPT韓国前編

思えば、トーナメントに出会ってから僕はさらにポーカーの世界にのめり込んだのだろう。
いつもより一分一分を大事にプレイしてきたし、反省会も前よりもっと真剣にやるようになった。
キャッシュゲームでの戦績もよくなり、そこで稼いだお金でトーナメントに出る。
そしてインマネしたり逃したりを繰り返して少しづつ少しづつ僕はトーナメントプレーヤーになっていった。
カジノがあるから、ポーカーができるから。それだけで行き先と目的を決めていたのだが、最近ではこのトーナメントに出るため、と目標と行き先を選んでいるところもある。
そして今回、僕は韓国に来ていた。
もちろん目的はポーカーのトーナメント。
だがいつもと違うことが一つだけある。それは、今回出るトーナメントがカジノで日常的に行われているものではなく、W P T、ワールドポーカーツアーと呼ばれる大きな大会ということだ。
ポーカーには三大タイトルというものがあり、このW P Tもその一つだ。あとはW S O P(ワールドシリーズオブポーカー)、E P T(ヨーロピアンポーカーツアー)がある。
もちろんそれにかかる費用も賞金も、出る人間のレベルもいつものトーナメントとは違う。
実力者が集まるのはもちろんだが、何よりポーカーが好きで大きな大会だから出たいというポーカーを愛した人間が多いのも特徴だ。
例に漏れず僕も大きな大会であるという以前にW P Tだから出てみたい、と韓国に来たのだ。
そして、いざ韓国についた時、驚いたことがある。
W P Tのメイントーナメントが行われるカジノには、思ったよりも多数の日本人がいたのだ。海外のツアーであるし何よりテキサスホールデムだ。始めたばかりの頃は日本でもマイナーだったのにここまでの大きな大会で日本人が揃うと僕が広めたわけでもないのに、なぜだか嬉しくなってしまう。
しかも想像からは外れず皆同じようにW P Tの申し込みを行っていたのだ。
これは余計負けられない、としっかりと兜の緒を締め直して申し込みを終えた僕の周りには相変わらず日本人が多く、韓国でのプレイということを一瞬忘れてしまいそうになるほどだった。
そして、見知った顔もいることがまた面白い。
プロとして活動している一ノ瀬さんや同じ麻雀の畑から出てきた小倉さんなんかもいる。
そして、最近ポーカー界に突如として現れた新星がその若さを感じさせず飄々となれた手つきで申し込みをしていた。
仲間内で来ていたようで周りにいる男女に教えてもらっていると言う事は明らかに初めての海外挑戦であることがわかる。
だがあの余裕、それは大物になるのか単純に肝が据わっているのか。
どちらかはわからないし一緒にプレイしたこともないから想像もできない。
だけど、彼はポーカーを習って一年もしないうちにこの海外に挑戦しているらしい。それは彼が僅か9ヶ月しか習っていないのにポーカーのプロになると宣言して軽くポーカー界がざわついたのだ。
ヨコサワと名乗る彼は若干21歳でまだまだ若い。その宣言が勢いだけのものなのかどうか、一緒にプレイできる機会があれば確認してみたいという別の楽しみもあった。
もっとも今回のW P T Koreaのメインイベントは140人も参加する。
同卓できないうちにどちらか、もしくはどちらも失格になってしまうなんてことは往々にしてあり得ることだ。
そういう楽しみばかりに意識がいってはいけない。
だけど、裏を返せばある程度緊張感を持ちつつも余裕があると言うことだろう。
ある程度場数を踏んできた僕は少しは成長しているのかもしれない。
自分でそう認めながらトーナメントが始まるその時を、僕は心待ちにしていた。
そしてしばらくしてから名前の書かれた席に座ると、向かい側から日本語が聞こえてきて思わず顔を上げる。
そこには、同じ麻雀のプロからポーカープレイヤーになった小倉孝が少し緊張した面持ちで座っていた。
こんないきなり日本人対決があるとは。しかも個人的に気になっていた小倉さんだから、面白い。
僕は緊張で軽く冷えた指先をすり合わせながら集中を初めていく。
アナウンスとともにあちこちからカードとチップの音が聞こえてくると静かに目を開く。
いつも通り滑ってくるカードを右手で隠しながら左手で確認する。
僕に来たのは♡3と♧8。ポジションはU T G。
残念ながら悩むこともなくカードをマックした僕はこれが幸先の良いことなのか悪いことなのか、と自分の運に笑ってしまいながら周りを確認する。
しばらくはこのメンバーと勝負することになるのだ。どんなプレイをするのか、確認するのもいいだろう。
140人も参加するだけあってテーブルはマックスの9人で、そのテーブル数も非常に多い。
多種多様な人種と性別が集まっており、僕のテーブルにもモデルなのかと見紛うほどの綺麗な金髪の女性、いかにも韓国風の出立ちにサングラスをかけた恰幅のいいおじさん。
若いであろうアジア系の格好良い男性に、学生か、と思ってしまうほどの幼い女の子。
色々な人が集まって等しく勝負できるポーカーはやはり面白い、となんとなく余裕を持って関係のないことを考えながら一回目の勝負を見届ける。
フォールドが続き、結局は小倉さんとモデルのような女性とのヘッズアップとなった。
いきなりプリフロップからヘッズアップというのは皆やはり硬いのだろうか、それとも偶々か。
どうせならプレイヤーの情報が見たいと思った僕は二人ともにショウダウンになればいいな、と見守っているのだが、結局小倉さんが少額のポットのままでツーペアを出すと女性はマックしてしまい情報は見られなかった。
だが、小倉さんのハンドは見ることができたのはありがたい。ポジションが良いとはいえ♡Q♢Jか。なるほどなるほど。
もっとも一回で何かわかるわけではないのだが、常に頭を使うことになるのだ、頭のウォーミングアップがてら僕は何気ないことも頭にメモを残していった。
そうして約一時間ほどのらりくらりと何も起こらない時間を過ごした後。そろそろいいハンドが入ってもいいかな、と確認した僕の目に入ったのは、♢8と♡8のポケットペア。
数字が最強というわけではないがそれでもポケットペアは嬉しい。それにポジションはカットオフ。かなりハンドレンジがタイト人間でもこれであればオープンレイズするようなハンドだ。
周りはコールが二人。まだブラインドも高くないからある程度小競り合いにはなるのだが、それも今だけだ。稼げる時には稼げた方がいい。
それに今までレイズも特になかったため、そういう時のプレイング情報も取れそうだ。
僕はレイズしてチップを前に押し出すと結局僕の後にアクションを行なったボタンも含め全員コールだった。
さて、何がくるか。と3枚のカードを待つと、捲れたのは♢5、♧J、♤3。
正直言って僕にはあまり嬉しくないカードだった。
ストレートやフラッシュは無いし、Jがなんとなく嫌だった。
U T GやM Pは消極的ではあったが参加したということはそこそこのハンドということは想像できる。ハイカードのポケっとではないがエースが絡んでいたり、ピクチャーが絡んでいたり。
ジャックを持っていれば現状ハンドにある8のペアよりも強いので負けてしまう可能性は高い。
全員がチェックする中僕もチェックで場を流す。
そして4枚目は♤9。これまたあまり嬉しくはない。というか誰のためにもならないカードのように思えた。
怖いのはQ、Tなどのハンドでストレートドローというところだろうか。
だが周りはまたしてもチェックで流しており、ストレートドローならレイズすることも考えられたのだが。なかなかアクションが起こらないテーブルのようだった。
そして最後の一枚。捲れたのは♡2。全体的にコミュニティが弱かったようだ。ハンドが強ければ嬉しいのだが。
そんな風に考えながら周りを見ると、小倉さんが少し悩んでからチップを前に投げた。
ベットだが、最低額のベットであり、やけに消極的だった。
下ろしたいのならもっと派手にベットするだろうし、周りのチップを引き出したいようなチップに見える。
ノータイムで降りたM Pは自信はなかったハンドなのだろう。チップを出された瞬間に考えることもなくすぐにカードを捨てた。おそらく誰かベットしたら降りると決めていたのだろう。
僕の番になり、しばらく考えてみる。
降ろしたいというチップにはどうしても見えないが、ここまであまりショウダウンが多くない。ここまでの小倉さんのアクションでハンドを見たいという気持ちもあった。
それにポケットペアだから全くもって勝負できない、ということもないだろう。一枚でも持っていて負けるのはJと9だが・・・。
しばらく考えて、僕はボタンがレイズしたら降りるか、と割り切ってコールをする。
するとボタンもノータイムで降り、僕と小倉さんの勝負となった。
彼のハンドから♤Qと♡Jが出てきて、僕は微笑みながらカードを裏向きに捨てた。
なるほど、トップペアであのベットなのか。
負けてはしまったがそこまで大きなポットでもないしハンドが見えたのは大きな情報だ。
僕は落ち込むこともなくさっと次のカードを確認した。
次に来たのは♡Aに♡9。連続で悪く無い手が入り、またしても僕はオープンレイズすることになる。モデルのような女性がコールで入り、韓国人風の男性も乗ってきて、フロップは♢K、♤6に♡5。
うーん、♡は一枚落ちたけど、と言ったところだろうか。キングを持っていたら今のとこ不利なのは僕の方になる。
そう思って考えていると、モデル風の女性がベットでチップを前に投げた。
その行動に僕は思わず顔を顰めてしまう。
テキサスホールデムにはドンクベットという言葉がある。ドンクはドンキー(ロバ、転じてお馬鹿)からきており、そのベットはおバカなベットだと言われるのだ。
今で言うとプリフロップでレイズしたのは僕であり、その女性はコールした。だが、今捲られると急にベットを増やすと言うのは意味が通らないのだ。
自分のハンドに自信があるのであれば僕のレイズに対してリレイズしてくるだろう。
それがここでベットしてくると言うことはあまりやり込んだプレイヤーでは無いのだろう。と思う反面、ドンクベットをうまく使ってくる人間もいる事はいる。もちろんものすごく難しいので多くはないのだが。
今までのプレイを見てきたが、彼女の場合は後者ではなさそうだ。
もしかしたらキングスでセットになったから上げてきたのかもしれない。ベットした量も結構多かった。
だとしたらオープンレイズしてくるはずだが。そんな風に思いながらも付き合ってはいられないと僕は降りる。
そして韓国人風の彼はその勝負に乗ることにしたらしい。
コールされても特に気にしていない女性を見るとブラフではないのかもしれない。
もちろん表情に出す人間の方が少ないのだが。
そうして4枚目に♢Aが落ちる。
僕としては残っていればまだ勝負できそうなものだが、もう降りてしまったものは仕方がない。黙って見るとお互いにチェックし、5枚目は♧10。J Qでストレートになるし中々悪くないコミュニティだ、と見ていると結局女性がレイズを仕掛け、男性は降りる。
多めのチップが女性に入るが大半は自分のチップであり、そこまで大きく差は開かない。
強いていえば勝負に一度乗った男性が痛いくらいだろうか。
セオリーが通じないということでかき回されそうだからある程度余裕を持っておきたい、と考えていた僕の考えは間違っていなかったようで、次のハンドでもその女性はオープンレイズを仕掛けてきた。
だが、それはある意味でラッキーだ。僕はすぐさまチップをその3倍にリレイズして投げる。
そして僕は自分のハンドを優しく指でなぞった。
ここには♧Aと♢Aがある。テキサスホールデムで最強のハンドだ。
そのリレイズに周りは一気にフォールドし、女性は少し悩んでコールした。
フロップは♡A、♢7、♤10。僕は内心でガッツポーズをしていた。
今僕からはAが3枚見えており、彼女が僕と互角のエーシーズではないことが確定したからだ。レイズしてきたと言うことはキングスかA Ks、K Qsなど色々候補はあるがそのどれもが相手でも今僕の方が有利なのだ。
どうやってチップを出させよう、と考えてお互いチェックで流すと、4枚目は♤J。すると女性はチップに手をかけた。
それを見ながら僕はできるだけ多く賭けてこい、と祈る。
すると彼女はその願いが通じたのか多めのベットをしてきた。
ここでベットすると言うことは、僕を降ろしたいのだろうか。
だが、残念ながらこのハンドで降りることもなく、しばらく悩んだふりをして僕はコールした。
5枚目は♧J。これで僕はAとJのフルハウスで確定。
唯一負けるとすればJ Jでフォーカードだった場合のみだ。ここまでの動きでその可能性がゼロではないとは思うが、それでも相当低い可能性だ。ここは勝負しても間違いないはず。
そう自分に言い聞かせていると女性はチェックで流してくる。
ここまでのレイズやベットでポットは相当多くなっているが、降りてくれてもいい、と僕は少しだけベットを追加した。すると彼女はリレイズすることなくコール。
持っていてJのトリップスだろうか。
そう考えていると彼女は想像通りというべきか♤Kと♡Jを出してくる。
僕がカードを表に出すとチップが一気に僕の元へ集まった。
これである程度余裕を持ってプレイもできそうだ。
大きく息を吐いて勝利に安心していると、また次のカードがすぐに配られていく。
だが、三連続でいいハンドが入ったせいかここからしばらく僕は参加することなく、休憩の時間を迎えるのだった。

10分ほどの小休憩の後も流れはあまり変わることなく、僕のハンドは厳しいものが続いていた。だが女性から取ったチップでこのテーブルのチップリーダーは僕であり、およそ一万点差をつけて小倉さん、幼い女性の二人が続いている状態だった。
大きくチップを減らしたモデル風の女性は勝負することも難しいようなチップ差であり、この卓最初の脱落者になりそうな気配であり、プレイングが雑になってきていた。
そしてその予想通り、さらに一時間ほど経った時女性は残ったチップでオールインを仕掛けた。すでに降りていた僕には関係ない勝負になってしまったが相手するのは小倉さん。
女性のオールインにノータイムでコールした。
トーナメント特有のショートスタックのオールインだから通常のオールインほど注意は必要ないことも多い。それに彼女はそこまでポーカーをやり込んでいる人間ではないことは僕との勝負でもわかっていた。しっかりと勝ち目があると判断したのだろう。
尤も、それで小倉さんが負けても僕には問題はない。また女性からチップを取ればいいし、小倉さんが勝ってもショートスタックのオールインだから僕にはまだ追いつかない。
心に余裕を持ちながら勝負の行く末を見守っていくと、勝負はショウダウンとなり、結果はトリップス対ツーペアで小倉さんが勝利した。
チップは僕とほぼ同じになり、このテーブルは僕と小倉さんの二人が抜け出す形となった。
最初から実力的にそうなることはある程度予想済みだったし、それほど驚くことではない。
それに、今周りのチップ平均と比べても僕は少し上であり、ある程度まだ余裕を持って戦えるだろう。
そもそもここまで大きなトーナメントでは一日では終わらない。四日に分けてこのトーナメントは戦うことになるのだ。そこまで一日で大きく勝ったり負けたりが起こるわけではない。
だが、今のうちにチップを稼がないといけないのも事実である。今全体のチップリーダーは15万点ほどであり、僕はまだ6万点ほど。平均よりは上で一日目通過も見えるとはいえ、優勝するには今の時点で15万点勝ってるような人に勝たないといけない。
そのためにも今一度集中してこのテーブルで勝ち続ける必要がある。
そんな僕の気合いが通じたのか、次に来たのは♤Kに♤Q。ポジションはM P。悪くない。
オープンレイズを仕掛けると乗ってきたのは小倉さんで、結局ヘッズアップとなった。
フロップは♤6♤9♡K。僕としては、トップペアでありフラッシュドローでありこれは絶好のチャンスだった。
相手のことを考えてみるが情報として彼はB T Nでポジションとして僕のレイズに乗ったということ。それくらいしかない。フロップもお互いチェックで進み、4枚目が♤Jだった。
これでKハイフラッシュが完成となり、僕は気づかれないように小さく息を吐いた。
とりあえずはこれで強い手ができた。さらに上を見れば♤10がくればストレートフラッシュになる。かなりの勝負手だ。
だが、かなり強い手ができたことで考えることが一つ増える。それは、どうやって多くのチップを手に入れるかだ。
ここでいきなり大きくベットしてしまえばフォールドされてしまうかもしれない。よってここはポットの三分の一ほどの安いベットで誘って相手のベットを待つことにする。オープンレイズがあったとはいえまだポットは少ないし、もっとチップを回収しておきたいからだ。
彼は僕の安くはないオープンレイズに乗ってきたから、ある程度ハンドには自信があるだろう。それにプレイはアグレッシブだがしっかりとハンドレンジを持っておりテキサスホールデムをわかっている相手である事は間違いない。
僕のレンジもある程度見ていると思っていいだろう。
コミュニティカードに♤が3枚見えているから、フラッシュの可能性は考えているだろう。
そのこともあって小倉さんは僕のベットに対して長考に入っていた。そしてその間も僕も改めてしっかりと考え直す。
怖いのは、同じフラッシュになっていることだろうか。僕はキングハイだが、僕はまだエースが見えていない。♤Aを含むスーテッドだった場合僕は同じフラッシュだが負けてしまう。もっとも上からK Q Jは見えているからA Ts以下しかありえない。これで僕のレイズに乗るのかどうかを考え直す必要がある。
あとはキングスの場合フルハウスにされる可能性がある。99や66もそうだ。もっとも99はともかく66はレイズに乗るかという考えも必要だ。どんどんと可能性を考えれば考えるべきことが増えて疲れてくるが、勝負する独特のこの緊張感が僕は好きだった。
僕の考えがまとまる少し前に、小倉さんはチップを持った。
ジャラ、と音を立てて投げるとベットコールをする彼に僕は少し目を細める。
ここで向こうからベットをしてきたという事は彼のハンドはそこそこ強いのだろう。それにベット額は僕のベットのさらに4倍ものレイズだ。
先程考えたような僕が負けるような手もあり得るかもしれない。だが、それでも僕の手は変わらず強い。ナッツではないがキングハイのフラッシュ。勝率は悪くないはずだ。
僕も同じくらい時間を使い、しっかりと様々な可能性を考えた上で、同じだけのチップを前に押し出した。
そして5枚目。出てきたのは♡9。
僕には嬉しくないカードだった。
もし相手がヒットしているポケットだった場合フルハウスになっている可能性があるからだ。もちろんフォーカードの可能性もあるのだが。
しっかりと考えた上で僕はチェックすると、小倉さんはまた長考に入る。
そしてまた数分かけて考えたあと、彼はポットと同じくらいのベットを仕掛けてくる。
相変わらずアグレッシブな戦い方だが、今の僕は乗らないと言うのも難しい話だ。
Aハイフラッシュであれば負けるのだが、次に強いのは10でそれ以外は全部僕からは見えている。A Tと言うのもかなり確率は高くないと思える。
9割くらいの確率で僕が勝てるような展開なので、ここは降りる事はない。
チップを前に投げ、僕は小倉さんと目を合わせ、ショウダウンとなった。
僕がカードを表にすると、小倉さんはゆっくりとカードを表にする。
マックしない時点で僕はしまった、と上を見上げた。
出てきたのは♡J♢J。フルハウスだった。
「・・・しまったなぁ」
僕は誰にも聞こえないように呟き降りられなかったことを悔いる。
思い返せばフロップでした僕のスロープレイ。あれが敗因になってしまったのだろう。
スロープレイとはチェックやコールを使って相手にチップを出させ、より多くのポットを得る戦い方だ。
だが、全てが悪いと言うわけではなく不幸中の幸いもある。
今回はフロップでチェックしたが、もしそこで定石通りポットの三分の一くらいのベットをしていたらもっと結果は悲惨なことになっていたし、今既にこのトーナメントから敗退させられていたかもしれない。
そう考えるとまだ救いはあると言うものだ。
もっとも、脱落する事はなかったが僕は大きくチップを減らしてしまうことになったし、何よりこの卓で二位の彼との直接対決で負けてしまったのだ、順位は入れ替えられた事になる。
平均チップ数まで落としてしまったがまだ不利というわけではない。まだ諦めずにチップを増やしていくしかない。
そもそも全ての勝負で勝つことなんて不可能なのだから。
負けは負けで仕方ない。相手も弱くないということだ。
苦戦している事は認め、今は自分にできることを必死にやるしかない。そう考えて僕は気持ちをリセットして次の勝負を迎えていくのだった。

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