自叙伝風小説36初トーナメント編

「ああ、アカヤギさん。今日もポーカーですか?」
僕もすっかりマカオに行き慣れてきて、特にポーカールームのスタッフとは顔馴染みになっていた。
キャッシュゲームで使うチップを換金しにいくとそう声をかけられ、いつも通り何気ない会話を交わす。すると、スタッフは不思議そうにチップを待つ僕に笑顔を向けた。
「いつも勝ってますもんね。そんなに強いならトーナメントに出れば良いのに。今日だってキャッシュゲームの方をされるんですよね?」
「え?そうですけど・・・トーナメント?」
スポーツとかでよくあるトーナメントとは違うのだろうか。一位を決めるために一回戦から小さい対戦の山を決めて勝ち抜きをしていく。ポーカーではあまり考えにくいその単語に僕は首を捻ってしまった。
「そうです、特に今日は少し大きめの大会ですし実力もあるんですから出てみてはいかがですか?エントリーもここで受け付けますよ」
「トーナメント、かぁ。ルールとか大きく変わるんですか?」
「うーん、基本的には同じで構いませんよ。もちろんトーナメント特有の闘い方は必要ですけど、しっかりポーカーが強ければあまり最初は気にしなくても良いです。とりあえず経験だけでもされるとお得ですよ。トーナメントにはトーナメントの楽しさがありますから」
そう推しながらもただ、とスタッフは人差し指を立てた。
「キャッシュゲームと違ってある程度順位を上げないと参加費だけ取られて0円になってしまうのでそこは注意ですね。今日は上位10%に入れば賞金が出ます」
「なるほど・・・じゃあ、せっかく教えてくれたし今日はそっちに出てみようかな」
エントリーをお願いすると彼は嬉しそうに頷いて手続きに入ってくれた。その間に他のプレーヤーやスタッフと何気なく会話しながらトーナメントについて聞いてみる。
どうやら基本は同じなのだが、チップでお金に変わるわけではなく、あくまでチップはチップ。そしてその枚数で順位を決めるということらしかった。
そして今日は約200人が参加しており、20位以内に入れば賞金が発生するということ。参加金額はさっき支払った約10万円ほどだが、優勝すれば1500万円ほどになるらしい。
大きめとは言うが一気に勝ち額が大きくなって僕は楽しみでもあった。どんなプレーヤーがいるのだろう。どんなポーカーになるんだろう。
そんな風に考えながら、僕は規定の参加分のチップを受け取り、指定された卓に向かった。
そしてそこにいる人たちを見て、僕は少し緊張を覚える。
ポーカーを初めてプレイした時と同じで、トーナメントの参加者、と構えてしまうせいか皆強そうに見える。
だがもう恐れることもない。ある程度キャッシュゲームも安定してきた今であれば惨敗もないだろう。ある程度は勝負できるはずだ、と僕は気合を入れ直した。
そうしてプレイし始めて一時間と少し。僕は順調にチップを増やしていた。
だが、正直トーナメントが初めての僕はこれがすごいことなのかわからなかった。
確かに今いる8人のテーブルでは二番目にチップを持っているのだが、今日の参加者は200人もいるのだ。そして単純計算だが今の僕と同じように八人のプレーヤーでテーブルを作っているとすれば、25テーブルあることになる。そして賞金が出るのは20位から。各テーブルで一位でも賞金が確定していないと言うことだ。だから順調に増えてはいるがテーブルで二位の僕はまだまだ安心できない。
そう考えているとまた次のカードが配られる。
そっと手を添えながら確認すると、カードは♡Aと♡J。悪くはない。
スーテッドだし数字も最強のAと強いJだ。全然勝負できる。
勝負手だ、と周りには悟られないように浅くだが深く息を吸い込んだ。
さらに追い風で、僕のポジションはカットオフで良いのもある。
(ここで強気にレイズして乗ってきてくれればポットを取れそうだけど・・・)
そう考えながら僕は周りを注意深く見ていると、U T Gの青年がパッと顔を上げてチップを掴んだ。
「・・・オールイン」
僕は思わず眉間に皺が寄ってしまう。
プリフロップで、しかもU T Gのオールインだ。本来であればエーシーズとかキングスが待ち受けているだろう。もちろんその可能性は今も大いにある。
だが、彼のチップがその考えに邪魔をしてきていた。
彼は残り6000点ほどで、正直ゼロになる一歩手前だ。この卓で二位の僕は40000点と少し、一位の人は50000点無いくらいだ。この差がある時点で彼は正直このまま勝つのは難しい。こっちが勝負するレイズなどで彼はオールインでないといけなくなる場面も当たり前に出てくるだろう。
それに彼は今までもトーナメントを勝ち抜くというよりはポーカーを楽しみにきていたようなプレイングをしていた。
負けた時も楽しそうで、周りと積極的に会話を行う人間であり、とてもではないがプロっぽい立ち回りではなかった。
だからこそオールインに引っかかってしまうのだ。
もうチップも少ないしこのままやっていても勝てない。ちょっと良い手だしもうこれで負けたら終わりにしよう。そんな楽観的にオールインしてきている可能性がある。
であればA Jの僕からすればラッキーな話なのだが・・・。ちゃんとエーシーズの可能性もある。
正直彼のチップ数でオールインにコールして負けてもそこまでダメージはない。彼が少し復活して、僕が一位を追うことが大変になるだけで、即負けはない。
そう考えながら僕はチラッと左を見た。
そこには現在B T Nの彼がいる。彼が今一位でチップリーダーだ。彼はオールインを聞いても動じていないように見える。まぁ、目に見えて表情を変えるような人間では今一位になることもできないとは思うが。
オールインをした彼からどんどんフォールドが続き、結局僕の前まで全員が降りてしまった。
僕はもう一度カードを確認してしっかりと自分の考えをまとめ始めた。
彼はおそらく最強の手が入ったオールインではない。だが全くの素人でも完全な放棄でもないだろう。エーシーズなどでハイだろうがポケットの可能性は大いにある。
僕はA Js。比較的強いがポケット相手だと何とも言えない。だがこちらもスーテッドであるから悪くはないのだが、それでも有利に立てるとは言えないのだ。
それにチップリーダーの彼が僕の後にアクションするのも嫌なものだ。あっさりと降りるかもしれないし何食わぬ顔で強いハンドを出してくる可能性もある。
たっぷりと時間をかけ、何度も酸素を取り込みながら僕は必死に頭を回転させていく。
そして、僕は最終的に自分の勢いを信じた。
ここまで二位にやってきたのは自分のやってきたポーカーが間違いではなかったということだろう。
大丈夫。そう言い聞かせて僕はオールインをした彼を見つめて笑った。
彼はオールインに乗るのか、どうかと試すように見てきたから、僕は「だったら」とチップを握りしめた。
「・・・オールイン」
「おおっ!」
オールインをした彼は思わず興奮したように声を上げた。
それは勝った、と思ったとかではなく単純に楽しかった声だ。
コールするかどうかという場面で僕はオールインを選択。ポケット相手だったら仕方ない。その時はその時で祈ろう。
完全に割り切ってやった選択に、思わずチップリーダーの人も苦い顔を浮かべた。
ただでさえ考えることの多いオールインに、さらに二位の僕がオールインだ。彼は考えることが増えたのだろう。
ジャラジャラとチップを混ぜる音を響かせながらじっと一点を見つめて考えている。
もうここまで来たら乗ってきて欲しい。そして一気にポットを取ってやる。
緊張から少し冷たくなる手をテーブルの下で握りしめながらそう考えていると、彼も少し疲れたように小さく息を吸い込み、消えそうな声を上げた。
「・・・コール」
「うおおっ!」
また最初にオールインをした彼が楽しそうな声をあげる。
チップリーダーとそれと僅差の僕も巻き込んでのオールイン勝負だ。かくいう僕も当事者だがワクワクもしている。
これで参加者は三人のみで、うち二人がオールインしているのだ。これ以上のアクションはないのでそれぞれがハンドを表に向けた。
僕は目を走らせながら頭の中で必死に勝率を計算していく。だが、思ったよりもしっかりと接戦になっているせいで正確な数字は今の僕にはすぐに出なかった。
オールインをした彼は♢Jと♧Jのポケット。最強ではないがしっかりオールインするだけの強い手ではあったらしい。だが、Jは僕も持っているからコミュニティに落ちてくる確率は高くない、と信じたい。
チップリーダーは♢Kと♧A。ポケットではないが十分に数字は強い。一枚Kが落ちたりするだけで急に勝つことも十分にあり得るハンドだ。
ポケットが有利ではあるだろうが、それでも若干のはずだ。それだけ僕を含めてハンドは悪くない。
大丈夫、と僕の選択を信じながらフロップを確認する。
出てきたのは、♡4、♤J、♡7。
それを見て僕は少しだけ僕は右目を細くしてしまう。
僕もJ、そしてJのペアがいる中でここで最後のJがいきなり見えるとは思わなかったからだ。これでセットとなり、かなり勝ちは硬い。ざっとだが6〜7割くらいはこのまま勝つだろう。
だが、僕が完全に後悔していないのにはちゃんと理由がある。
まず、チップリーダーの勝ちがほぼなくなったことだ。勝つにはQ、Tと連続でコミュニティに出てきてストレートになるしかない。KもしくはAが連続で出てJより強いトリップスになったとしてもJ Jがフルハウスになってしまう。
確定ではないが、ほぼ勝ち目はないと言っていい。
それに対して、僕はまだ彼に比べたら無理ではない。ハンドを含めて♡が4枚見えてフラッシュドローになったのだ。
後一枚。後一枚ハートが落ちてくれれば僕の勝ちになる。
そう祈りながら僕は無意識に卓の下でさらに強く手を握りしめていた。
もうオールインが二人でアクションも無い為、すぐに4枚目が捲られる。
出てきたのは、♧K。
そこでチップリーダーの諦めたため息を聞きながら、僕も体が冷えていくのを感じていた。
彼はもう勝ち目がなくなったのだが、僕も厳しいことには変わりない。
ハートが出さえすれば勝てるが、当然ながらそうでないカードの方が多い。
確率としては2割くらい、だろうか。
頼む。
そう願いながら5枚目のカードを待つ。
捲られるのは、Q。
色は赤。
・・・ハートだった。
「うおおおっ!」
最初にオールインしたJ Jの彼は興奮したように叫びながらカードを投げ捨てた。
それを確認してから僕は今一度表になっている自分のハンドとコミュニティの5枚のカードを確認する。
何度見ても、ハートのフラッシュがそこには完成されていた。
よかった、と緊張から解き放たれた僕が大きく息を吐くとJ Jの彼は嬉しそうに荷物を片付け、僕の元へ近づいてくる。
負けたとはいえ、満足したのだろう。彼は満面の笑みで僕に手を差し出してきた。
「いやぁ、あそこでオールイン返してフラッシュにするとは・・・恐れ入ったよ!楽しかった!」
「こちらこそ、楽しかった!」
それは紛れもない事実だ。確率の薄いところだったし、もしかしたらオールインをしたのは間違いだったかもしれない。
だが、結果として一気にポットをゲットして一位になったし、何より彼の言う通り楽しかった。ギャンブルの、ポーカーの特有の緊張感がやっぱり好きだと思えたのだ。
僕も今の勝負に感謝するしかなかった。
だが、熱い勝負の後でもトーナメントは淡々と進んでいく。
今脱落した彼のように次は自分の番かもしれない。そんな風にまた違う緊張感を孕みつつ、何度もカードを配っては捨てての繰り返し。
僕は一位に踊り出た分落ち着いて余裕のあるプレイングもできる。
そのおかげもあってか僕は一人また一人と脱落させていき、順調にチップを伸ばしていた。
そしてテーブルが五人になった時、アナウンスが流れ、人が補充された。
なるほど、こうして少しづつ勝ち残っていくのか。
急に一緒にやることになった人間の中には自分と同じくらいチップを取っている人間もいるし、どんなプレイングをするのかもわからない。
だが、それも楽しい、と思えるほどには緊張が解れてきたようだ。
そこのメンバーともしばらくプレイし、また人数の補充をしてプレイを再開する。
キャッシュゲームももちろんだがそれとはまた違う連続の緊張感に疲れてきた頃、またアナウンスが流れた。
だが聞き慣れないアナウンスで、僕は首をかしげる。
ハンドフォーハンド、そう聞こえた気がするのだが。
僕は何かルール違反をしてはいけないと素直に確認してみると、今現在勝ち残っている人間が21人だそうだ。
賞金が出るのは20位以上。つまり後一人脱落した時点で残っている人間が全員賞金確定になる。そんな中では僕のように勝っている人間以外の大多数がショートスタックという持ちチップが非常に少ない状態であり、例えば悩むふりをして時間をかけてプレイするということが有効的になってくる。
自分が一度粘っている間に他のテーブルで10回勝負すればそれは負ける人間が出てくる確率は上がってくるから当然だろう。
そこでそれの防止策として、賞金確定の直前になると全てのテーブルで息を合わせるらしい。つまり、全てのテーブルが終わるまで先には進まず不利にはならないというわけだ。
なるほど、自分が今勝っているからそこまで頭が回らなかったが僕もショートスタックであればそう思えてくるだろう。真剣に勝負して0円で帰るのと、ただ時間を稼いで賞金をもらえるのであれば後者にする方がお得だろう。
誰が落ちるのか、というさっきとはまた違うピリついた空気の中でゆっくりとポーカーは進んでいく。
そしてそれがしばらく続いた時、マイクの雑音が響いて、一気に空気が弛緩した。
「おめでとうございます!今いる方がインザマネーになります!」
その言葉の後、会場全体に完成と拍手が響いた。
今まで真剣に戦ってきたテーブルの彼らもはしゃいで手を叩き、嬉しそうだった。
インザマネー、その言葉の通りだ。残っているのが20人になり、今プレイしている人間が賞金の範囲内になったのだ。
だからこそ皆安心して喜んでいるのだろう。
僕はというともちろん嬉しかったが初めてのトーナメントで疲れているのもあるし、ここまでインマネに喜んで盛り上がるのか、という空気感も知らなかった。
だが、この時ばかりはそれがよかったのかもしれない。
テーブルの皆はもう賞金が確定して参加費以上もらえることで安心したり気が大きくなったりしたのだろう。ちょっとしたミスが増えていたり、気を大きくして大きく勝負してくれることが多くなった。
そのおかげもあって僕は順調にチップを増やしていく。
そして完全に陽が落ちた後、僕はアナウンスがあってテーブルを離れ、指定されたテーブルに移動していた。
そこには僕と同じかそれ以上に大量のチップを持った人たちがいて、10人のテーブルだったようだ。席の異動にしては他のテーブルがポーカーをする気配がなく、人が帰ったりしていたり、周りに集まって僕たちのプレイを見学するつもりの人間がやけに多く感じられる。
トーナメントの仕組みをわかっていない僕はとりあえず席に座ってチップを重ねる。すると程なくしてアナウンスが流れた。
「それでは、ファイナルテーブルに揃いましたので始めたいと思います」
そう言われて初めて僕が今置かれている状況を理解した。
ファイナルテーブルとはその名の通りで、今これから僕がプレイするテーブルが最後なのだろう。そう、今僕はT O P10に入ることができたのだ。
そりゃみんなチップを持っているわけだ。
理解しながら僕は頷いた。これから戦う彼らは勝ち上がってきた人たちだ。運ももちろんだが実力のある人たちなのだろう。それにここまでくるとよくわからなかった優勝が手の届くところにある気がしてきた。
「それでは」
そう言っていつも通りカードが配られていく。
やれることは全部やって、できるだけ上に。あわよくば優勝も狙ってみよう。
僕は気合を一層入れてカードを確認するのだった。

よろしければサポートお願いします!いただいたサポートはすべて他のクリエイターの記事の購入とサポートに宛てさせていただきます。