自叙伝風小説⑮運動会闇鍋編

「旅行、ですか?」
「ええ、せっかく仲良くなれたんですし一緒にいかがですか?」
いつも二人で会う個室の居酒屋。そこで不意に投げられたその言葉に舞い上がって僕は頷きかけたのだが、淡い期待は彼女の気遣いの言葉によって逆に壊されてしまう。
「ああ!安心してください!二人きりじゃなくて、グループで行こうかと思ってて」
二人だと不安ですよね、と言われて僕は苦笑いしながらとりあえず頷いた。別に二人でも問題ない、むしろ二人が良いとは言えず彼女の言葉を待った。
「私のお友達とかと一緒に大晦日那須高原に行こうって言う話なんです。アカヤギさんの話をしたら面白そうだから一緒に遊べたら、なんて勝手に盛り上がっちゃって」
恥ずかしそうに言う彼女に気遣わせたくなくて僕は今度こそ頷いた。
「全然大丈夫ですよ!暇してましたし・・・ミカコさんのお知り合いなら僕も楽しそうです」
「まぁ、本当ですか?ありがとうございます!」
両手の指先を軽く合わせながら破顔する彼女はより一層綺麗で、僕は頷いてよかったと信じて疑わなかった。
「多分十人か・・・もう少し増えるかもですけど、じゃあ参加って伝えてもいいですか?」
「はい、こちらこそお邪魔させていただきますので、お願いします!」
「いえいえ、こちらこそ、です!」
嬉しそうに笑う彼女が差し出したグラスに、僕はグラスを合わせた。
それから他愛もない話をしながらいつもどおりの時間を過ごし、その日も別れた。そうしていよいよ約束の大晦日。
僕は、ドキドキとワクワクが合わさったような感情を抱きながら一人那須高原、正確にいえば那須塩原の駅に一人向かっていた。現地に着いたらミカコさんと合流し、そのままみんなで移動しましょう、とのことだった。どんな友人がいるのかは聞いてもはっきりとした答えが返ってこなかったが、面白い人がいるといいなぁ、と考えながら僕は新幹線に揺られていた。
それにしても大晦日だと言うのに、新幹線にはかなりの人数が乗っていた。いや、大晦日だから、なのか?那須高原は有名だが、あえて大晦日にいくようなところだろうか。メッカというわけでもないし、勝手に自分たちとあと一握りの人数しかいないはずだと思っていた。
意外とこの方面に乗る人も多いんだな、なんて呑気に考えていたら、新幹線特有のよく通る女性の声が響いた。
「次は那須塩原、那須塩原です」
繰り返しの後に流れる英語を聞きながら僕は荷物を確認して、先にデッキに向かおうと立ち上がった。すると周りは自分と同じように降りる準備をしはじめて騒がしくなっている。どうやら方面だけでなく降りる駅も同じ。本当に那須塩原、というか那須高原に行くのだろう。
「もしかしたら僕が知らないだけで那須高原で大晦日を過ごすのが流行ってるのかなぁ」
何かそんな流れになるようなドラマでも流行っただろうか、なんて考えていると新幹線は止まり、僕は一歩外に踏み出した。
と同時に少しだけ違和感を感じる。
僕が想像していたよりも駅のホームには人がごった返していたのだ。
いや、それだけならまだ良い。大晦日に那須高原が流行っているんだな、と面白く考えるだけだ。
だが、今いるのは駅のホーム、新幹線が止まっている目の前だ。そして人混みは荷物を抱えながらも新幹線に乗り込もうとはしない。まるで皆が皆だれかを待っているかのようだった。
一斉帰郷にしては、あまりにも多い。そんな風に首を捻っていると、遠くからミカコさんが手を振ってかけてくるのが見えた。
(そうだ、変なこと考えてる場合じゃない、楽しまなきゃな)
いつもの笑顔で安心しながら僕は軽く手をあげた。
「アカヤギさん!こんばんは!」
「こんばんは、お待たせしました」
栃木の地は楽しい気分にさせてくれそうだ、いや。ミカコさんがいるからだろうが。
「なんか流行ってるんですかね?結構な人数でびっくりしちゃいましたよ」
「あ、それ私たちのせいかもですね・・・なんか友人が友人を呼ぶって流れになっちゃって」
「・・・?」
僕はその言葉の意味をしっかり理解できなくてくるりと一回転して辺りを見回した。
「え?それだけでこんな人混みになります?」
「んー、とりあえず点呼とるのでちょっと待っててくださいね」
曖昧に返事しつつ語尾には音符マークが見えそうなほど軽い言葉に、初めて僕は不信感というか、一体なんだろう、という戸惑いが生まれはじめていたのだった。

「おおおおっつ!」
「いけいけいけっ!」
点呼を取られ、誘導に従うがままにくると、何だかよくわからないまま司会のような人間が話しはじめ、気がつけば目の前では人混みで熱狂の渦が巻き起こっていた。
背伸びをしてやっと見えるくらいの人の壁の向こうでは、男性が三人で一人の女性を抱え、頭につけた鉢巻きを取り合っていた。
騎馬戦。学生ならまだしもこの年齢になってみるとは思わなかった。
しかも学生の時より何倍も盛り上がっている。
この騎馬戦の前に行われた玉入れや障害物競走も盛り上がっていたし。これではただの運動会だ。
いや、嫌いなわけじゃない。もともと地元のお祭りは嫌だったがそれは参加者の性格や考え方によるものだ。それに僕も大人になってきているし、しっかりと考え方を持った今みんなと楽しむこの空気を既に楽しみ始めていた。
その後も大人として楽しむ運動会は続き、終わる頃には僕も名前も知らない大量の参加者も皆汗だくで必死に楽しんでいた。
「お疲れ様でした!この後は食事なので皆さんに渡してあるカードに従ってそれぞれの場所に向かってください!」
また司会の人物が声をかける。最初と同じようなよく通る明るい声だったが、最初と違うのは周りの反応だろう。最初は僕と同じようにあまりに多い人数に戸惑っていた空気だったのだが、今はもう会場一体となっておりただの指示にも運動会の熱気を引きずったままのように明るい空気となっていた。
僕も人のことは言えず、最初は不安だったけれど今はもう食事をただ楽しみにしていた。
最初にもらった青いカードを見るとホテルの一室の番号が書かれており、僕は足取り軽くそこに向かった。
部屋に着くと既に何人か集まっており、ホスト側の人間が手際良く何やら準備をしていた。
これだけのことでも僕はもう段取りがいい人たちなんだなぁとしか思わず、集まっていた他の人と話し始めた。名前も知らないが自己紹介すらせず、先ほどの運動会を思い出して話に花が咲く。この大人っぽい関係性が楽しく感じていた。
「さ、みなさんお集まりですね」
準備をしてくれていた女性が手を叩くと皆が生徒のように注目する。
「えっとカードが赤の人は今日のために色々用意してきてますよね?」
僕は赤だったのでそうなのか?と周りに確認すると赤いカードを持っている人はうなずいていた。
「せっかく集まって食事するだけなのも寂しいので、今日のメニューは闇鍋です!」
「・・・闇鍋っ?」
僕はあまりに想像の斜め上だったので素っ頓狂な声を上げてしまう。同じく赤いカードではない人たちは目を開いて笑っていた。
「赤カードの人が普段ふぅ鍋に入れないような食材をたくさん持ってきてもらったので、各自何を入れるか選んでくださいねー!わかってるとは思いますけどわかったら面白くないので順番に、ですよー?」
幼稚園の先生のような言い方だったが、僕らはそんなこと気にせず笑顔でクーラーボックスに集まっていた。
中には普通の野菜や肉などはなく、グミや駄菓子、フルーツにスイーツもある。流石に食べ物以外のものはない、がどれも決して美味しそうとは思えないものばかりだった。
楽しいことには変わりないがせっかくなら美味しく食べたい気持ちもある。
ボケに行きたい気持ちもとても強くあるのだが。
「あ、次貴方ですよ」
声をかけられて僕は皆には見えないようにクーラーボックスの中を吟味し始めた。
パイナップルは合わないだろうが自分だけで言えば箸の感触でわかるだろう。逆にショートケーキなんかは誰かが入れた時点で溶けて自分に味が行くだろうからどうしようもない。グミも溶けそうだしなんだかインパクトが足りない。
「むむ・・・」
いつの間にか腕を組んで真剣に考えている僕がいた。
そして僕は一つの駄菓子に手を伸ばした。それは誰もが見たことあるし食べたこともあるだろう、うまい棒だ。味は明太子。
これだったら意外と味はいいかもしれない。明太子の鍋だってあるのだから。
一人笑いながらガサガサと音を立ててうまい棒を自分の器に隠した。
「おい、既に食べ物じゃない音してるぞっ!」
周りから言われて僕も吹き出してしまう。たったこれだけのことでも部屋は笑い声に包まれる。こういうイベントは始めてだが面白いものだ。
実際に部屋を暗くしてまた順番に食材を入れていくのだが、これがまたスリルがあって面白かった。明らかに肉や野菜ではしないような音がするし、僕なんて包装を開ける音でまた笑い声が生まれたくらいだった。
これが大人の友人というものなのかもしれない。名前も知らない人が多いし、どんな仕事をしていてどんな交友関係があるのかもわからない。なのに同じ時間を過ごすことでこんなにも一体になって仲良く、楽しく過ごせるのだ。
そしてそれはきっと皆も同じように感じているのだろう。これを企画してくれた人たちやミカコさんには心の底から感謝してもしきれない。
このイベントはまだまだ続くのだが既に十二分に満足しているのだった。

食事というのは美味しいか美味しくないか、それだけじゃないと思い知った「楽しい」闇鍋会のあと、それぞれお酒を飲みながら残り数時間しかない年をくだらない話をしながら過ごしていた。0時を過ぎたら全員で餅つき大会をする、と言われていたので寝ないようにお酒を押さえながら、だ。
すると、その中の一人の男性が徐に目を潤ませて話し始めた。
「・・・私は昔から仕事一筋でね。こうやって他人と食卓を囲んだり話に花を咲かせることを下らないとさえ思っていたんだ」
「・・・・」
明らかに茶化せる内容でもトーンでもなかったので、周りは押し黙ってただ言葉の先を持った。
「でも、運動会なんていい歳こいてやるものかと思ったけれど楽しかった。それに、こうやって話すのも悪くないもんだね」
「・・・それをいうなら、俺だって」
つられたように他の人間も静かなトーンで話し始めた。
「俺、彼女に振られてさ・・・。しかも親友に寝取られるっていう最悪のオチで。なんか人生つまんないって思っていた時このイベントに誘われてさ。楽しむ気はなかったんだけど気が紛れるかなって」
でも、もうそんなこと気になってない、と影のない笑顔を見せる彼も、僕や最初に話した彼と同じで心から子にベントを楽しんでいるのだろう。
「もともとさ、俺医者の卵なんだよ。でも忙しくてなかなか彼女に会えなくて、それで振られたんだけど!今思ったら、彼女と昔からの夢である医者どっちが大切かって話だよな」
「おお、医者か!それは将来有望だろ!きっともっといい女と出会えるってことだ!プラスに考えようぜ!」
部屋に一人いるというホスト側の人間、彼は司会の時と同じようなよく通る声で笑った。
「それにあんたも。仕事を頑張れない人間もいるのに一筋にやってきたのはすごいことだと思うけどな!友人なんていつでも作れるだろ、今みたいにな!」
豪放磊落な笑い声で酒を煽った彼を見ながら僕も口を開いた。
麻雀のプロとして上京してきたこと、でも思っていた世界とは違って退いたこと。
笑われたり馬鹿にされるかもしれないかと一瞬よぎったが、そんなことはなかった。むしろ、それに食いついてきてくれさえしたのだ。
「麻雀ですか、ああいう人との対戦苦手なんですよね。理論で全部なんとかできることならいいんですけど。運もあると俺はどうしても」
「いやいや、医者になれるくらいの頭なら多少勉強したらできるんじゃないか?」
「・・・私も昔はそういう何かのプロということに憧れていたよ。今では少しでも上の役職に行くことしか考えてないが」
「それも立派な夢だと思うけどな!」
そうだ、とホスト側の彼は手をうった。
「皆んなこれから先の人生の夢とか、ないのか?俺そういう話大好きでさ!」
空気が一気に明るくなり、皆が自然と順番に夢を語り始める。
「俺はやっぱりいい医者、だな。漠然としてるけどさ。患者がどんな病気でも治して、安心できるようにしてやりたいんだ」
「僕はまだ20なんですけど、大人っぽくなりたいなって。学歴もないし何か得意なことがあるわけじゃないけど・・・欲しいものがきちんと買えて金持ちってほどじゃなくても良い生活はしたい」
「私は先ほども言ったがもういい歳だしね。家族もいないから仕事に打ち込むだけだ。夢と言うよりは目標に近いが幹部になること、かな」
順番に人それぞれの夢を聞くと僕は少しだけ心の中で悩んでしまう。
ちょうどそう言った夢も何もなく日々が退屈でここにきたのだ、今更話すようなことが思いつかなかった。
だが皆が話してくれたのに自分が何も言わないとはいかがなものだろうか。
「んー・・・」
「どした、次はお前さんだぞ!」
いつの間にか僕の前の人も話し終えていたらしい。僕は急かされて慌てて口を開いた。
「僕は、さっき言ったようにプロの雀士でした、昔はそれが夢だと言えるのかもしれません。でも今は・・・今は」
今は、なんだろう。
僕は、何がしたかったんだっけ。
その後僕が何を話したのかは覚えていない。気がついたらいつの間にかそんなことも忘れて餅つきの時間を迎えたのだった。

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